“国宝”なのに日本人が知らない「鳥獣戯画」の真実 「人間ばかりが描かれた巻」も

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 誰もが一度は見たことのある、あのウサギやカエル。相撲を取って投げ飛ばされたり、追いかけっこをしたり、愛らしいしぐさで親しまれているのは、《鳥獣戯画》とよばれる国宝の絵巻に登場する動物たちだ。

 じつはこの絵巻、甲・乙・丙・丁の4巻から成っていて、すべてあわせると約44メートルに及ぶ長大なもの。今に至るまでに失われた部分もあって、制作当初はもっと長かった。制作された時代は巻によって異なり、甲・乙巻が平安時代末期、丙巻は鎌倉時代初期、丁巻がそれよりやや後に描かれたとされているのだが、異論もあるとか。

主に人間を描いた巻も

 4巻は内容もバラバラ。あの有名なウサギやカエルは甲巻に登場する。国宝としての指定名称が「紙本墨画鳥獣人物戯画」というとおり、鳥獣だけではなく、主に人間を描いた巻もある。共通するのは、墨の線だけで表現されて色が着けられていないこと、そしてテキスト(詞書〈ことばがき〉)が付いていないこと。誰が何のために描いたのか、絵にどんな意味があるのか、はっきりしていない。

 要するに、謎多き作品なのである。

 その《鳥獣戯画》が、今また熱い視線を浴びている。

 4月13日から5月30日まで東京国立博物館・平成館(東京・上野)で開かれる特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」(事前予約制〈日時指定券〉)は、「展覧会史上初! 全4巻全場面、一挙公開!」と銘打って、注目を集めているのだ。

「《鳥獣戯画》の展覧会では通常、絵巻を半分ずつ画面替えをして展示することが多いのですが、このたびの展覧会のように、全巻全場面を通しで一気に展示するという機会はこれまでありませんでした」

 そう言うのは、東京国立博物館の絵画・彫刻室長で、最近刊行した『謎解き 鳥獣戯画』(新潮社)にも執筆している土屋貴裕さんだ。

 たしかに、4巻ともすべての場面を広げて並べるには、相応の長大な展示スペースが必要だろうし、さまざまな制約も多いだろう。今回それが展覧会史上、初めて実現できたというのだから、鑑賞する側にとっては貴重な機会といえよう。

前半後半では“別の人”が描いている

「全巻通しで鑑賞することで、普段では気づかないでいるようなことも見えてくることがあります」

 では、あのウサギやカエルが活躍する甲巻は、通しで見ると何が見えてくるのか、見るべきポイントをいくつか土屋さんに教えてもらった。

「2009年から13年にかけて行われた本格修理によって、この巻は前半と後半で紙質が違うことや描き方も微妙に異なることが分かりました。通しで見ると、それがはっきり実感できると思います」

――前半後半では別の人が描いているということですか。

「描き手は明らかに違います。たとえば、前半と後半のウサギやカエルで見比べてみるのもおすすめです」

 見比べてみると……前半のウサギは背中の線が一筆描きで寸胴で足が短い。かたや後半のウサギは背中の線が二筆に分けて描かれていて、スマートな印象。カエルについても、前半のは背中の模様がのっぺりした感じなのに対し、後半のは筆遣いが細やかでかなり肉感的だ。

「総じて前半の動物は着ぐるみみたいな印象があるのに対し、後半は動物の生態を観察したうえで、それを人間の動きに翻訳しているんですね」

――そのほかはどうでしょう?

「ザーッと全体を見渡してみてください。前半の方が動物の数が少ないでしょう。後半は動物が密です。さらにいうと、前半は、視点を自在に変えた描き方。カメラを引いたり、寄ったりしながら描いている。それに対して後半は、視点が少し低くて、定点カメラのように高さを変えずに舐めるように描いているのがわかります」

 動物の線の描き方だけではなく、こうした画面の構成についても、前半後半で違いがあるのがわかる、という。

 ただ、どちらの描き手もそれぞれに絵巻の手法を熟知したうえで描いていて、どちらが上手下手というわけではない、とか。

「甲巻は前半と後半でくっきりわかれているものなのだ、ということをしっかり頭に入れて、そういう目で鑑賞すると、違いがよく見えてきて面白いですよ」

「展覧会場では《鳥獣戯画 甲巻》のケースの前に“動く歩道”が設置され、“巻き広げながら”という絵巻の本来の鑑賞方法で楽しんでいただくための仕掛けが取り入れられています。また私が携わった『謎解き 鳥獣戯画』では、全巻全場面のすべてを見ることができる特大パノラマ折り込みページ(全長1m22cm)を収録しており、どんな流れになっているのかが一目でわかります。予備知識を得ておくとより楽しんでいただけるかもしれませんね」

 コロナ禍においても、安全かつスムーズに謎多き国宝の絵巻本来の世界を堪能できそうだ。

デイリー新潮編集部

2021年4月22日掲載

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