欧米から見た松山マスターズ制覇の「わからないけどわかる」ポイント 風の向こう側(92)

国際

  • ブックマーク

 松山英樹(29)が日本人初、アジア人初の「マスターズ」優勝を目指して戦っていた最終日、米国のTV中継局である『CBS』は、驚いたことに、優勝争いの真っ只中で「日本語の会話」を数秒間、流した。

 それは、日本で大会を中継していた『TBS』の小笠原亘アナウンサーと解説者の中嶋常幸プロ(66)の会話だった。彼らの日本語の肉声を、そのまま挟み込んで米国の視聴者に紹介したのだ。

 松山がピンそばに付け、「来ました! バーディチャンス!」という具合に小笠原アナが声を張り上げると、中嶋プロも興奮気味に呼応し、逆に松山がミスしたときはどちらも痛恨の声を上げて意気消沈。そんな生々しいやり取りを、断片的ではあったが、アメリカの中継の中でそのまま流した。

 その場で翻訳されたわけではないから、その日本語の内容は、在米の日本人など視聴者全体のわずかしか理解できなかったと思う。

 しかし、CBSはそれを承知の上で日本の肉声をあえて挟み込み、流し終えたところで、解説者のマスターズ3勝ニック・ファルド(63)とアナウンサーのジム・ナンツが「通訳してよ」「いや、わからないけど」と、ちょっぴり苦笑。そして「とにかく、すごく喜んでいます」「ショックを受けてますね」と、会話の内容を想像しながら米国の視聴者に紹介していた。

 日本語はわからなくても、松山を見守る日本人の気持ちはわかる。あの「日本語の挟み込み」は、言葉がなくても心は通じ合えることを示してくれるCBSの粋な計らいだった。

 松山の優勝が決まった後、キャディの早藤将太が、18番のピンフラッグの旗の部分を手に取って竿をカップに戻したあと、コースに向かって一礼したことが欧米では大反響を呼んだ。SNS上で話題になったばかりではなく、ゴルフの聖地「セント・アンドリュース」で砂の上に描かれたサンドアートには松山のみならず早藤キャディの名前も刻まれ、一礼している姿をデザインしたTシャツがすぐさま通販サイトに登場したほどだった。

 欧米人にはお辞儀をする習慣はなく、日ごろから彼らの目には日本人、アジア人のお辞儀がちょっぴり不思議な儀礼方法に映っている。そんな「よくわからないけど、きっと深い意味があるであろうアジアの習慣」を、マスターズ制覇という偉業達成の直後に、しかも勝者を傍で支え続けたキャディが、ひっそりと、とても自然に行った姿が「よくわからないけど、そこに秘められた深い想いが伝わった」。だからこそ、欧米の人々の胸に響いたのだろう。

 表彰式で松山が口にした英語は、2度の「サンキュー」だけだった。もちろん、あの場では通訳のボブ・ターナー氏が松山の日本語の挨拶を英語に置き換えて伝えてはいたが、ともあれ、松山の笑顔と「サンキュー」で、彼の喜びは欧米の人々にも伝わった。言葉はわからなくても、言葉は少なくても、想いはわかってもらえたことだろう。

 翌日。アトランタ空港で搭乗を待つチーム松山の一団が目撃され、数点の写真がツイッターに投稿されて瞬く間に世界中へ拡散されていった。

 上着に皺が寄らないよう腕にかけて持つこと自体は、服装に気を遣うお洒落な人々にしてみれば、別段、特別なことではない。だが、スマホを覗きながら歩くときもグリーンジャケットを丁寧に形を保って腕にかけ、しかも体に密着させて落とさないようにしていた松山の姿は、米国の人々の目には「礼儀正しいんだな」「グリーンジャケットを大事に扱っているんだな」「それはマスターズや『オーガスタ・ナショナル』に対するリスペクトの表れなのだな」「ものすごく嬉しいんだろうな」という具合に想像を膨らませるものだったのだろう。

 松山のマスターズ制覇は、日本人初、アジア人初の快挙だからこそ、欧米のゴルフファンにとっては、言葉にしても習慣にしても、わからないことが多々あった。

 だが、それは「わからないけど、わかる」ものであり、「わからないけど、わかってあげたい」ものでもある。

 そんなムードが溢れていることは、ゴルフ界のみならず、日本にとっても世界にとっても、平和と平等への大きな前進につながりそうな予感がする。

「統計からは発見できない」

 ゴルフの祭典が終わった後のいつもの余韻と言えば、勝敗を分けたのは「あの1打だ」「あの1ホールだ」と取り沙汰され、「運命のショット」「運命のパット」が話題になることが常である。

 しかし、こうして振り返ってみると、欧米ファンが松山に向けた視線は、松山あるいは早藤キャディなどチームの面々の言動に集中しており、松山の4日間のプレーそのものに対する言及は、むしろ少ない。

 それは、なぜなのだろうと考えてみたら、そこにも欧米側の面白い反応が見て取れた。

 ある米ゴルフ専門誌は「マツヤマの勝因がスタッツ(統計)からは発見できない」という見出しで記事を書いていた。

「マツヤマがメジャー初優勝に輝いた理由は何だったのか。その手がかりをスタッツが教えてくれたのかと言えば、答えはノーだ」

 そして、スタッツを通して言える唯一の結論は、

「マツヤマは2014年にPGAツアー参戦を開始して以来、2015年を除けば、ずっと優れたアイアン・プレーヤーであり続け、パッティングもずっとベストプレーヤーであり続けてきたということだ」

 マスターズ4日間で勝利の決め手と呼べるほど特筆されるショットやパットがあったわけではないが、プレッシャーがかかった最終日、終始リードを保って勝利した松山のあの堂々たる勝ちっぷりは、すでに起こった現実。

 そのギャップを埋めた要因は「いくら統計を眺めても、よくわからない」。だが、きっと彼の長年の経験と鍛錬、メンタル面の改善や人間的な成長の賜物なのだろうと、欧米メディアも、他選手や周囲も、みな感じ取っていたのだろう。松山のプレーぶりが、そう感じさせたのだと思う。

 日本からのプレッシャーは「多大だったのだろう」「重かったに違いない」。だからこそ、タイガー・ウッズ(45)もジャック・ニクラス(81)もニック・ファルドもジョーダン・スピース(27)も「グレート」「アメイジング」と感嘆の声を挙げ、「誇りに思う」「日本の誇りだ」と賛辞を贈ったのだ。

シャウフェレの敗因

 最終日に松山とともに最終組で回ったザンダー・シャウフェレ(27)は、松山同様、出だしの1番でボギーを喫して崩れたものの、後半に息を吹き返し、12番からの4連続バーディで2打差まで迫った。

 しかし16番で池に落とし、トリプルボギーで自滅してしまったが、あの日、松山のプレーを最も間近で見続けていたシャウフェレなら、松山の勝因を明確に言い表すことができるのかもしれないと思った。だが、彼の言葉はこんな内容だった。

「ヒデキは勝者となるために求められるプレーをしていた。彼はまるでロボットみたいだった。そんな彼に僕は一時は9打も差を付けられていたけど、そこから2打差まで迫ってプレッシャーをかけた。それだけは良かったと思える」

 せっかく2打差まで迫ったというのに、パー3の16番でシャウフェレは池に落とし、池を嫌って安全にグリーン右サイドを捉えた松山は結果的にはボギーを喫したが、シャウフェレはトリプルボギーで沈んだ。

「2打差でヒデキを追う立場だった僕は8アイアンで右から左にフックをかけた。いい当たりだった。ナイスショットだった。ただ左から右の風とケンカして空中に停滞して(池に落ちて)しまった。攻めたことに後悔はない。ヒデキはアイアンで左から右に曲げるのが得意だ。僕がピンそばに付ければ、彼はきっとピンの右上を狙っていって……」

 そうやって優勝を競い合う相手である松山の攻め方をコントロールしようと目論んでしまったことが、シャウフェレのメンタル上の失敗であり、それが彼の敗因だったのだと私は思う。

 一方の松山は、シャウフェレの池ポチャを見て「自分は安全に行こう」「ザンダーのプレーは僕にはどうにもできないので、自分がいいプレーをすることだけを考えた」と、むしろ一歩引いて臨み、とにもかくにもグリーンを捉えた。

 その結果、目の前の敵は自ずと敵ではなくなっていった。

「統計からも勝因が見えてこない」と米メディアが首を傾げる中、松山の勝因を敢えて言葉にするのなら、そうやって一喜一憂することなく、淡々黙々と「自分のベストを尽くすことだけを考えていた」ことが、彼にグリーンジャケットを羽織らせたということ。

 そんな勝者の戦いにおける機微が「明確には、わからないけど、わかる」からこそ、欧米も世界も松山のマスターズ制覇を祝福しているのではないだろうか。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2021年4月15日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。