経産省と「幹部の過半数」に見切られた東芝・車谷社長「男子の本懐」
3月下旬、車谷氏は密かに経産省へ根回しを開始。一方、4月7日のCVC買収報道で激怒した指名委員会は、すぐさま「解職」に動き出す。後ろ盾になってきた嶋田隆・元経産事務次官と今井尚哉・元首相秘書官の助力も得られず、14日の臨時取締役会に提出される議案を察知した車谷氏は……。
「今年1月の東証1部復帰で東芝再生のミッションがすべて完了した。まさに男子の本懐だ」。
東芝は14日、車谷暢昭社長兼最高経営責任者(CEO)が同日付で退任すると発表した。後任には車谷氏の前任社長を務めた綱川智会長が復帰する。冒頭の言は東芝が同日公表した、車谷氏の退任にあたってのコメントである。東芝再建の区切りを迎えたことによる清々しい「円満退任」が強調されているが、真実は真逆だ。きっかけはわずか一週間前に明らかになった英投資ファンドによる東芝への買収提案。このディールを自ら仕掛けて保身に走った車谷氏が孤立無援となり、事実上「クビ」となったという話が本当のところだ。
そもそも車谷氏はすでに窮地に立たされていた。東芝は近年、「物言う株主」として知られるシンガポールの投資ファンドで、筆頭株主のエフィッシモ・キャピタル・マネジメントと対立してきた。昨年7月の株主総会では、エフィッシモが提出した同ファンド創業者の今井陽一郎氏らを取締役とする株主提案は否決された一方、車谷社長の再任案の賛成率も約57%どまり。さらに昨年の総会での議決権集計方法に問題があるとして、今年3月に開かれた臨時株主総会では、外部の弁護士3人を選任するとのエフィッシモの提案が可決していた。「車谷氏とでは対話ができない」。アクティビストの圧力は高まっていた。
一度は「会長」案も検討されたが
社内でも車谷氏への逆風が吹いていた。今春に東芝の指名委員会が実施した調査によると、過半数の幹部が車谷氏への「不信任」を表明していた。そうした事実に東芝の指名委員会にとっても、車谷氏の処遇は避けて通れぬ問題になっていた。だが、社内外で車谷氏の社長留任は難しいとの共通認識が醸成される一方で、指名委員会では、車谷氏を経営陣に残す案が検討されたこともある。関係者は「綱川氏を社長に戻し、車谷氏は会長に置くという人事案はあった」と話す。
こうした議論をすべて吹き飛ばしたのが、英投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズによる買収提案である。CVCは、政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)や事業会社とともに2兆円超を投じ、東芝を非公開化するというものだ。
だが、買収提案が明らかになった時点で、社内では「アクティビスト対策の非公開化は車谷氏の保身のためだ」との冷めた見方が広がった。初期提案のなかに「マネジメント」の維持という項目があったためだ。利益相反の疑いもそれに輪をかけた。車谷氏は東芝社長の就任直前にCVC日本法人の会長兼共同代表の座にあった。東芝社外取締役の藤森義明氏(LIXILグループ元社長)は、CVC日本法人の最高顧問だ。これも社内で車谷氏への逆風を急速に強めた。そして、とどめとなったのが社内への根回し不足だ。別の関係者はこう話す。「車谷氏は3月下旬ごろから経済産業省にCVC案件の根回しを進める一方、東芝幹部にはまったく伝えていなかった」。しかも、買収提案が報道された4月7日は、まさに指名委員会の当日。車谷氏のガバナンスを無視した振る舞いに堪忍袋の緒が切れた指名委員会の一部の委員は、すぐに解職に向けて根回しを始めることになる。
だが、車谷氏が頼りとした経産省の動きも今回は鈍かった。もともと三井住友フィナンシャルグループでトップの座を逃し、CVCに転じていた車谷氏を東芝に迎え入れたのが、元経産事務次官の嶋田隆氏と、同じく経産省出身で安倍晋三前首相の補佐官兼秘書官を務めた今井尚哉氏とされる。だが、両者とも車谷氏を支援するのは難しかった。梶山弘志経産相も9日の記者会見で、買収提案に関連し「当該事業を継続し、発展させることのできる体制が構築されるか多大な関心を持って注視する」と述べるにとどめた。早くも先週末には経産省内にも「車谷氏の退任やむなし」の空気が広がった。
関係者によると、今週に入って東芝は臨時取締役会を14日に定め、車谷氏の解職と綱川氏の社長就任の議案を用意していた。だが、事態は急変する。この動きを直前に察知した車谷氏が、解職を避けるために先手を打って辞任を申し出たのだ。14日の記者会見で永山治取締役会議長は、車谷氏の「最後の意向」を汲むかたちで、「再生に向けた使命が完了したとして14日に辞任の申し出があり、受理した」と説明した。
KKRの提示は2兆円を上回るとも
今後、東芝にとって爆弾になりかねないのが、車谷氏の「置き土産」ともいえるCVCの買収提案である。永山氏は「CVCの提案は初期のものでまだ内容が乏しい」として慎重に対応する考えを示した。だが、今回のCVCの買収提案は新たな提案の呼び水となっている。すでに、米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)やカナダ系資産運用会社のブルックフィールド・アセット・マネジメントなど大手ファンドが東芝買収に関心を示しているとされる。特にKKRの案はCVCが提示した約2兆円超の買収案を上回る可能性が高い。
今回社長に返り咲いた綱川氏は、株主総会に向けたアクティビストとの対話が一つの大きなミッションとなる。2016年に社長に就いた綱川氏は、海外投資家を引受先とする6000億円の第三者割当増資を実施するなど「物言う株主」とのパイプ役には適しているとみられ、14日の会見でも「株主とコミュニケーションをとり企業価値を上げたい」と抱負を述べた。
だが、アクティビストといってもそれぞれ立場は異なる。あるファンド関係者は「経営に関与していくスタイルのエフィッシモと異なり、長期投資を考えていないファンドもある」と話す。今後の東芝には、こうしたスタンスの異なる複数のアクティビストと対峙しながら収提案の検討を迫られるという、さらに厳しい局面が待っている。