「橋本崇載」八段インタビュー「なぜ“連れ去り”で将棋を引退したのか、全てお話します」

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弁護士から届いた一通の書類

 その一回の言い争いが”決定打”になったというのだ。喧嘩した2日後の7月18日、橋本氏が対局から帰ると「一緒に暮らしたくない」という書き置きだけが残されていた。妻は息子を連れて、実家へ帰ってしまったのだった。

「その後、妻の両親を呼び出し、話し合いを求めましたが、埒があきません。しばらくして妻とようやく話し合いの場を設け、息子とも会えたのですが、妻は話し合いの途中で息子を抱きかかえて出ていってしまいました」

 すると、翌日、妻の弁護士から書面が届いた。

「婚姻関係が破綻した理由は、私が一方的に何時間にもわたって責め続ける態度が原因である。慰謝料を払えと。全く身に覚えのない話でした。ちなみに、私は妻に暴力を振るったことも、浮気をしたこともありません。すぐに弁護士に連絡して詳しい説明を求めましたが、話になりませんでした。息子に会わせてほしいとお願いしても、“1カ月に3、4時間程度、母親の監視付き”という受け入れがたい条件を提示してくる。そこで、私のほうも弁護士を立てて争うことにしたのです」

子供の写真立てを叩き割った日

 橋本氏は「監護者指定」と「子の引き渡し」を家庭裁判所に申し立てたが、いずれも認められなかった。

「ろくに調べてもらえないまま却下されました。裁判官は、別居に至るまでの経緯なんてまったく見てくれない。“シングルマザーはかわいそう”という視点ありきなのです。彼らは司法の常識に毒され、一般的な感覚を持ち合わせていない。

 裁判官同様に悪いのは、離婚をビジネスにしている一部の弁護士たちです。彼らは財産分与や婚姻費用などから成功報酬を得ています。だから、話し合いで夫婦仲を修復しようとしないどころか、あえて引き裂こうとする。私は妻というよりは、『連れ去り』を画策し、容認している弁護士や裁判官が許せないのです」

 離婚調停は不調に終わり、いまは離婚訴訟中だ。1年7カ月もの間、息子と会えない日々が続いてきた。

「スーパーや公園を通りがかると、幸せそうな親子連れとすれ違います。その度に動悸が激しくなり、吐き気が止まらなくなる。死にたいと思ったことも一度や二度ではありません。

 一番辛かったのは、家庭裁判所から『監護者指定』の審判書が届いた時でした。私の精神に不安定な面が見受けられるなどと、人格を否定する文面があった。厳しい現実を知り、もう息子に会えないんだなって思った瞬間、部屋に置いてあった子供の写真立てに手が伸びて、叩き割っていました」

将棋を指す姿を息子に見せたかった

 とても将棋など指せる状態ではなかったという。精神科で「心身疾患と鬱病」と診断され、昨年10月には休場せざるを得なくなった。

「外国では『連れ去り』は犯罪とみなされ、母親であろうとも逮捕されます。しかし日本では、被害者が加害者のように扱われてしまうのです。向こうには親子揃った家庭が維持され、こっちは一人ぼっち。さらには婚姻費用やら養育費を請求され、あたかもATMです。こんな不条理が許されていいはずがありません。

 私が息子と過ごせた時間は、たった4カ月です。ハイハイを始め、つかまり立ちして、歩き出す。子供の成長は一生に一度しか見られない瞬間ですよね。私はそんな親として本来得られる喜びをすべて奪われ、このコロナ禍でたった一人で耐え続けたのです」

 最後は将棋人生に、自ら終止符を打たなければならない状況まで追い込まれた。

「本当はNHKに映る、私が勝つかっこいい姿を息子に見せたかった。ただ、もともとファンに無様な姿を見せてまでも将棋を続けていくつもりはありませんでした。もちろん30年続けてきた将棋から離れるのは寂しいですが、いまはそんな感傷に浸るような気持ちではありません」

 とにかく、怒りがこみ上げて仕方がないというのだ。実際、彼のYouTube動画には、裁判官などに対して、感情丸出しの過激な発言が散見される。

「それだけの絶望を経験してきましたから。息子といつ再会できるかどうかはわかりません。彼が成長して会いたいと訪ねてきても、その時、私は生きているかどうかはわからない。けど、たとえ息子が取り戻せなくても、この体験を社会に広め、二度とこのような悲劇が起きない世の中にしたい」

政界進出も視野に

 連れ去りを防止するために必要なのは、夫婦関係に関わる民法の見直しである。今年2月に上川法務大臣は法制審議会に対し、離婚後の養育をめぐる課題解消に向けた制度見直しを諮問した。現在、議論が積み重ねられている最中だ。

「何としても、上川大臣に私たちのこの怒りを届けて、法を変えてもらいたい。もしそれが難しいならば、私自身が政治家になって法律を変えるくらいの覚悟でやっていく所存です」

 むろん、夫婦間の問題である限り、妻側の言い分もあるであろう。だが、はっきり言えるのは、この問題の最大の被害者は子供たちであるということだ。彼らはある日突然、夫婦の諍いに巻き込まれ、父や母を失ってしまうのである。橋本氏の“怒り”は社会を動かせるのか。今後の活動に注目していきたい。

デイリー新潮取材班

2021年4月12日掲載

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