重大鉄道事故で浮上した台湾鉄道網の構造的欠陥

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死者50名、負傷者200名超という深刻な被害を生んだ台湾鉄道事故。すでに交通行政の責任者で政権党・民進党の次世代ホープ、林佳龍・交通部長(交通相)が辞意を表明したが、蔡英文政権の責任を問う声がさらに強まるかどうか注目される。

 台湾の東部・花蓮で4月2日に起きた特急列車の事故は、日本でもトップニュースで報じられるなど、大きな衝撃を与えた。乗客だった日本人2人が怪我を負い、車両も日立製の輸出車両だったことから、日本とも無関係ではない。

事故原因はクレーンつき工事車両

 台湾の重大列車事故としては2018年のプユマ(普悠瑪)号に続くもので、今回も同じ台湾鉄道の東部路線で起きている。台湾鉄道の安全性を問う声も上がりそうだが、運転手のミスによる過速度が原因とされたプユマ号の事故に対し、大勢の乗客を乗せた高速運行中の列車の前に大型工事車両が滑落するという今回のケースは、世界の鉄道事故でも類似例がほとんどない珍しいものだ。

 今回事故を起こしたタロコ(太魯閣)号の408号は、プユマ号と並んで台湾鉄道の主力列車だ。そのなかでも408号は北回り線と呼ばれる路線を走り、台北と台東をおよそ3時間半で結ぶ。

 2日午前7時に新北市の樹林駅を出発し、板橋駅、台北駅など主要駅を経由してから東海岸に入り、花蓮駅などを経て午前11時10分に目的地の台東駅に到着するはずだった。ところが、花蓮県の交通の難所・清水断崖を抜けるトンネルの入り口で事故は起きた。

 すでに報じられているように、工事用のクレーンつきトラックが線路脇の斜面を滑落し、タイミング悪く滑落の1分後に通りかかったタロコ号とぶつかったのである。「もらい事故」であり、プユマ号とは事故原因が基本的に違う。

急ブレーキを試みた形跡

 今回の事故はいくつかの巡り合わせで不運が重なった。

 2日は台湾のお盆にあたる「清明節」の連休初日で、いわゆる帰省ラッシュのピークにあたった。台湾東部は交通の便があまりよくないため、タロコ号やプユマ号の座席は、帰省客や観光客で奪い合いになる。そのため、台湾鉄道では購入客を実名制にして、台東や花蓮の出身者に優先して購入させる特別な制度を使った列車だった。ただ、実名制の座席372人に加えて、122人の立ち席(日本の自由席)を販売しており、こちらは実名制ではなかった。

 前のトンネルを抜けてカーブを曲がったところで、前方にクレーン付きトラックを発見した運転士(正副運転士とも死亡)は急ブレーキを試みた形跡がある。当時、タロコ号の速度は130キロに達していたとみられる。台湾メディアによれば、衝突後、そのまま600メートル走りつづけても不思議ではなかったが、200メートル進んだところで止まったのは、ブレーキによる速度減が作用した可能性がある。その結果、タロコ号8両編成のうち5車両はトンネルのなかに入り、残りの3両はトンネルの外に残った形になった。

 498人の乗客・乗員のうち、死者51人・負傷者202人で収まったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。車両の先頭に近いほど損傷が激しく、前方の4両に死者・負傷者が集中したため、トンネル内での救助活動もかなりの困難に直面したが、5日時点では乗客全員の安否は確認されているという。

「サイドブレーキはかけた」と供述

 問題は、なぜ線路にクレーン付きトラックが落ちてしまったのか、という点だ。

 当時、トンネル付近では台湾鉄道が発注した別のトンネル工事が進行中だった。その工事の孫請けである「義祥工業社」という工務店の経営者で、トラックの運転手でもある男性は事故当日、トラックを工事現場事務所前の臨時道路の斜面で前向きに停め、現場事務所で休憩していた。その間にトラックは斜面を20メートルほど下り、さらに線路ののり面の草地滑り落ち、線路の半分以上を覆う形になってしまった。

 男性はすでに容疑者として警察の取り調べを受けているが、「サイドブレーキはかけた」と供述しているという。本当にサイドブレーキがかかっていたかどうかは、今後トラックの車体などを科学的に検証するなかで明確になるだろう。

 それよりも問題になるのは、休日のために工事全体が停止しており、ほとんど人気のなかった工事現場で、なぜトラックを運転し、しかも斜度が20-30度という相当の急斜面に停車をしたのかということだろう。列車の安全運行に危険を及ぼす場所で、しかも坂道に停車したという点で、過失責任が問われることは間違いない。

 また、工事現場の臨時道路と線路ののり面との間には遮蔽物が一切設けられていなかった。この点も問題視されるはずであるが、台湾鉄道は業者との契約で遮蔽物についての明文規定はなかったとしている。

民進党次世代ホープにも打撃

 工務店の男性が一義的な責任者であるが、その工事を発注した台湾鉄道、その上級組織である政府・交通部、さらには蔡英文・民進党政権に対しても、責任を問う声がいずれ上がるだろう。  この工務店に、巨額となる賠償に対応できる財務能力があるとは思えず、遺族の追及の矛先は台湾鉄道、そして政府に向かうはずだ。

 政権が一定の道義的責任を負うことは免れず、2024年に予定される総統選で民進党総統選候補の1人と目される林佳龍・交通部長の進退が焦点になる。

台湾交通網の構造的欠陥 

 今回の事故について、台湾鉄道の企業体質と絡めた批判も上がっている。

 台湾鉄道は政府・交通部が運営する国営企業で、日本統治時代の鉄道資産を引きついだ国民党政権のもとに戦後成立した。長年の放漫経営による硬直的な企業体質が、かねてから問題視されてきた。

 2007年に開業した台湾新幹線(台湾高速鉄道)が開業以来、1度も大型事故を起こしていないことと比べ、事故が相次ぐ台湾鉄道の体質改善を求める声は、プユマ号の事故によって強まった。

 今回の事故原因は工務店の運転手による過失以外に考えられないため、それを台湾鉄道の体質と決定的に結び付けられるかどうかは微妙だが、台湾鉄道の歴史上、事故の規模が最大級のものだったことは確かだ。

 被害規模は2018年のプユマ号事故(死者18人、負傷者215人)のみならず、新竹の脱線事故(死者30人、負傷者130人)と苗栗の衝突事故(死者30人、負傷者130人)も上回り、過去最大の死者を出した1948年の列車火災の事故(死者64人、負傷者76人=推定含む)に迫る。

 もっとも、日本で起きた1991年の信楽高原鉄道事故(死者42人)や2005年のJR福知山線事故(死者107人)と比べて、特別、台湾における鉄道事故の犠牲者が多いというわけではない。

 一方、台湾鉄道は脱線事故が多いという報道もなされており、確かにこの10年で90件弱の脱線事故が記録されている。ただ、脱線といっても乗客運行を行う線路での事故と、引き込み線など乗客運行に影響のない線路で起きる事故とでは、その評価はまったく変わってくる。単純に脱線が多いから危険な鉄道という判断は避けるべきだろう。

 とはいえ、台湾の東部は航空網もあるが便数が少なく、人の移動は鉄道への依存度が高い。加えて近年の国内観光ブームで、花蓮や台東など東部地域への旅行客が急増し、プユマ号やタロコ号を投入しても輸送量をカバーしきれない状況が続き、台湾鉄道の社員から過労などを訴える声が上がっていた。

 今回の事故で台湾交通網の構造的欠陥がクローズアップされる形となり、次期総統選に向けて台湾鉄道の改革を含めた交通政策が重要課題として浮上する可能性がある。

野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com。

Foresight 2021年4月7日掲載

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