「クレイジー クラシエ」で挑戦する社内風土を作る――岩倉昌弘(クラシエホールディングス代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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知育菓子は日本文化

佐藤 柱である三つの事業のうち、実は私の周りには、いつもクラシエの食品があるんです。

岩倉 どの商品でしょう。

佐藤 チェリー味の「チュッパチャプス」です。欧米ではチェリー味のキャンディがどこでも売られていますが、日本には少ない。だから昔の外国暮らしを思い出す味なんです。

岩倉 ありがとうございます。

佐藤 もう一つ、甘栗もです。私はダイエットしていますが、完全にお菓子抜きだとキツいので、栄養士と相談して甘栗だけ許してもらっています。甘いけれど、カロリーは低い。

岩倉 「甘栗むいちゃいました」ですね。食物繊維も豊富ですし、無着色、無加糖、保存料不使用ですからヘルシーですよ。

佐藤 それといま、子供たちに持って行って喜ばれるのが、知育菓子ですね。「ポッピンクッキン」シリーズの「たのしいおすしやさん」や「ハンバーガー」など、幼稚園から小学3年生くらいまでには、抜群の人気です。単にプレゼントするだけでなくて、一緒に作るんです。共同作業になって親しくなれます。

岩倉 自分で作るのは楽しいですよね。水を入れて練ると膨らむ「ねるねるねるね」は、小学校の理科の授業でも使っていただいています。

佐藤 これらは独自の生態系を作り出していて、いまや日本文化の一つだと思いませんか。

岩倉 そうかもしれません。実は、外務省が日本文化を海外に紹介するビデオを作った際、そこに取り上げていただいているんです。またコロナの前はインバウンド需要がありました。日本観光に来て、知育菓子を買って帰国した方が、作っているところを YouTube に上げたことがありました。これによって海外に一気に広がりました。コロナの巣ごもり需要で国内の売り上げもすごく伸びています。

佐藤 知育菓子はいつ売り出したのですか。

岩倉 「ねるねるねるね」は86年の発売です。ある研究員が、子供が公園の砂場で砂遊びをしているところを見て、お菓子にできないかと思ったのが始まりです。基本は子供のお菓子ですから、どうやって楽しんでもらえるか、ということです。

佐藤 薬品は漢方薬ですね。ドラッグストアでは、トップシェアの4割と資料にありました。

岩倉 漢方薬はまだまだ未知の部分があって、科学的な解明はこれからですが、西洋薬にはない効果も出ます。また、漢方薬メーカーによって、同じ処方でも中身が少し違うものがありますが、それぞれ効果の出方が違います。だから漢方薬は奥が深くて面白い。

佐藤 ロシア人は非常に東洋医学に興味を持っています。外務省時代、私がエリツィン大統領の側近医師団と親しくなったのは、日本の気功の先生のところに人を送りたいから至急ビザを出してほしいと頼まれたことがきっかけでした。モスクワのフランス大使館の前には、レニングラードの長寿研究所のモスクワ支部があって、そこで漢方や鍼を研究していました。ロシア進出するなら、漢方薬が足掛かりになると思います。

岩倉 海外はなかなか難しく、欧米ではまだ漢方薬はハーブという扱いで、薬品としての認可がおりないんですよ。一方、本場の中国の方々は日本でたくさん漢方薬を買っていかれますね。

佐藤 中国にある漢方薬より日本の漢方薬を信用している。

岩倉 そうかもしれないですね。特に冬場は「葛根湯」がよく売れます。

佐藤 いまは日用品と薬品、食品のそれぞれ特徴ある商品でうまく回っているのですね。

岩倉 三つの事業、すべての業績が悪いということはありません。だいたい二つがうまくいって、一つが悪い。それが3年サイクルくらいで替わっていって、悪い分野をうまくカバーしている感じです。

佐藤 経営的には安定した。

岩倉 問題は、新規事業が生まれてこないことです。再建にあたって最初の10年の目標は、前任の石橋康哉(やすや)社長が「普通の会社」という言葉で発信しました。「普通」が何かといえば、朝起きて新聞を見ても、悪いことで会社が載っていないということです。それに加えて給料をきちんと払うこと。そしてボーナスを出すこと。まずこの三つがきちんとできる会社を目標にしました。

佐藤 老舗会社で過去の業績もありますから、ある意味で、更地から会社を作るより大変だったでしょう。

岩倉 そういう面もありますね。この「普通の会社」という言葉は社員にすごく響きました。ようやく普通の会社になれる、とみんなが一つにまとまった。だから10年で達成できたのだと思います。

成長のための条件

佐藤 その後は岩倉さんが社長となって引き継がれました。

岩倉 次は成長の時代にしようと考え、ビジョンを変えました。それが「クレイジー クラシエ」です。

佐藤 会社のトップの言葉としては刺激的ですから、これはさまざまなところで取り上げられましたね。

岩倉 弊社は、ものすごく行儀のよい、真面目な堅い会社です。だからあえて刺激的な言葉を使い、固定観念を捨てて、新しいことに挑戦してもらおうと考えたのです。

佐藤 なるほど、背景にそうした社内風土があるのですね。クレイジーな人ばかり集まっていたら、そんなことを言う必要はありませんからね。

岩倉 その通りです。

佐藤 外務省では、入省して一番強調されるのはチームワークです。それは普段、みんなが個人プレーで仕事をしているからなんですね。財務省なら、個性を出せと言われます。これも同省が同調圧力の強い役所だからです。つまり組織文化と逆のことを言う。

岩倉 まさにそれと同じです。また、これからの時代の変化には、真面目で行儀がいいだけでは対応できませんから、クレイジーであろうとすることが必要だと思うのです。

佐藤 社長直轄のCRAZY創造部も創設されていますね。ヒット商品の立役者による講演を企画したり、フィンランドへ幸福度の調査に行ったりしたそうですが、フィンランド調査は何かの事業につながりましたか。

岩倉 サウナをやろうという提案があったのですが、それは私が止めました(笑)。

佐藤 いま何人いるのですか。

岩倉 小さい部署で専任が3人です。各事業会社から1人ずつ来てもらい、だいたい2年ほどで交代します。ここで経験したことを各社に持ち帰って、そこで改革を起こせと言っているんです。また外と組むということにも挑戦しています。

佐藤 オープン・イノベーションですね。

岩倉 いままでのビジネスは自社で考え、自社で作って完結するものばかりでした。外と組めばもっと面白いことができるんじゃないかと考え、その題材をどんどん探しに行かせています。面白いところがあったら、ノーアポでもいいから行ってこい、と発破をかけているところです。

佐藤 ある日突然、まったく違う事業が誕生しそうですね。

岩倉 世の中を変えてきた人たちは、最初はみんなおかしいと言われていた人ばかりです。野球の大谷翔平選手も、二刀流なんてありえない、クレイジーだって言われたものです。でも、いまはそれに誰もが感動している。

佐藤 人類学でいうトリックスターですね。エリート集団の組織内では、ともすれば同質化現象が進んでしまいますから、ちょっと異常な、奇怪な行動をする人が出てくることで、みんなが目覚める。

岩倉 最初にその言葉を発表した時、すごく面白いと喜んでくれた社員もいたのですが、「えっ」と戸惑う社員も多く、いまに至ってもなかなか浸透していないのが悩みです。

佐藤 先の「mix juice」でも「クレイジー クラシエ」について、かつてのアンケートで5人に1人以上が「言葉だけ。変わらない」「今のままで十分」と答えたとして、「変わらなくていい理由」を尋ねていますね。

岩倉 私としては、もっといろんなことに挑戦してほしいのです。いまの若い世代は失敗を極端に嫌がります。また評価をすごく気にする。だから社長からクレイジーと発信することで、新しいことに挑戦する心理的な垣根が少しでも下がればいい。

佐藤 では今後、どんな人材が欲しいですか。

岩倉 弊社は基礎的な力を持っている人はたくさんいます。ただ、“これには秀でている”という得意分野を持つ人が少ない。だから自分の武器を持った人に来てほしいですね。それは研究分野でもいいですし、話芸でもいいのです。

佐藤 つまり一芸に秀でた人ですね。

岩倉 逆に器用貧乏みたいな人は遠慮したい。あまり努力せずに何でもできる人がいますが、最後には行き詰まるのを度々見てきました。やはり何事にも一所懸命やる人が欲しい。

佐藤 お話をうかがっていて、働きやすそうな会社だと思いました。

岩倉 「夢中になれる明日」というのが弊社のキャッチフレーズですが、仕事も「夢中」になってやってほしいですね。クレイジーには夢中の意味もあります。努力と言うと押しつけがましいですが、夢中になれば、自然と努力をするし、それが楽しくなります。これから社員がもっと夢中になれる会社にしていきたいと思っています。

岩倉昌弘(いわくらまさひろ) クラシエホールディングス代表取締役社長
1961年兵庫県生まれ。関西大学社会学部卒。85年カネボウ入社、営業、人事、新規事業部門を歩む。2005年カネボウホームプロダクツ販売社長、06年カネボウホームプロダクツ社長(翌年カネボウからクラシエに名称変更)、09年クラシエHD常務、15年専務、18年より社長を務める。

週刊新潮 2021年4月1日号掲載

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