米国に対抗…中国の「デジタル人民元」構想は張り子の虎に過ぎない

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 世界で「ブロック経済化」を目指す動きが加速している。

 バイデン米大統領は3月26日のジョンソン英首相との電話会談で、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に対抗するため、民主主義国家で構成される同様の構想を提案した。中国は近年、「一帯一路」構想を掲げ、巨額の融資を通じてアジアからアフリカに至る広い地域で影響力の拡大を図ってきたが、「中国は過剰な融資で相手国を『借金漬け』にしている」との批判が高まっていた。バイデン構想の詳細は明らかになっていないが、中国の「独断専行」をこれ以上看過できないと考えた米国が、21世紀版「マーシャル・プラン」を検討している可能性がある。

 マーシャル・プランとは、旧ソ連の影響力拡大を阻止するため、米国が第二次世界大戦で深刻な被害を受けた欧州諸国の復興をさせることを目的として実行した大規模な援助計画のことである。米ソ冷戦を本格化させるきっかけの一つになったのは周知の事実である。

 米国から「挑戦状」を突きつけられ中国は、電子通貨「デジタル人民元」を確立する動きを強めている。デジタル人民元の導入に向けて6大国有銀行は26日、テスト運用への参加者の募集を開始した。中国ではこれまで一部の地方当局が少額のデジタル人民元を市民に配る形で実証試験を行ってきたが、銀行を介した形での実験は初めてである。

 中国に限らず、世界の中央銀行もデジタル通貨についての研究を進めている。

 各国・地域の中央銀行トップらが参加する国際決済銀行(BIS)のイノベーション・サミットが3月下旬に開かれた。日米欧の中央銀行は、デジタル通貨の重要性は認識しているものの、導入について慎重姿勢を崩していない。その理由はデジタル通貨の導入によって、脱税や資金洗浄(マネーロンダリング)などの違法な取引をあぶり出せる反面、通常の取引の匿名性をいかに保つかという課題を抱えているからである。既存の金融システムへの影響を考慮せざるを得ないという事情もある。

 日本銀行は26日、デジタル通貨に関する官民の連絡協議会を立ち上げ、「4月から実証試験を開始する」と発表したが、導入の具体的な時期については言及しなかった。

 これに対し中国は、「日常的な少額取引は匿名での利用は可能だ」としつつも、「人民銀行はマネーロンダリングなどの犯罪を取り締まる必要があり、デジタル人民元の完全な匿名利用は考えていない」としている(3月22日付ブルームバーグ)。権威主義体制の中国では通貨の匿名性確保の要請は弱い。「デジタル人民元の狙いは国内統制にある」との指摘すらある(2月25日付日経ビジネスオンライン)。

 しかし導入には壁もある。デジタル通貨の実証試験の参加者からは「デジタル人民元を無料配布されれば受け取るが、使い勝手はアリババのアリペイやテンセントのウィーチャットなど既存の決済アプリほど便利ではなかったことから、デジタル人民元を再び使うつもりはない」と冷ややかな声が聞かれる(2020年10月22日付ニューズウイ-ク)。

 中国政府は「デジタル人民元は、民間の決済サービスと併存する」との見通しを示している(3月26日付ブルーム-バーグ)が、統制強化の手段であるデジタル通貨導入に当たって民間の決済サービスが「目の上のたんこぶ」だろう。昨年末から始まったアリババやテンセントに対する当局の圧力強化にはこのような側面があるのではないだろうか。

 中国政府はデジタル人民元の国際化にも積極的に取り組んでいる。

 中国人民銀行は2月23日、BISが主導する「国際貿易の決済及び金融取引でデジタル通貨を使用するプロジェクト」に参加することを表明した。このプロジェクトには中国の他に香港、タイ、アラブ首長国連邦(UAE)が加わっており、これらの国々は自国が作ったデジタル通貨を利用しながら複数の通貨をリアルタイムで処理できるシステムを構築する方針である。このような動きに対し、「中国は今後利用が拡大すると見込まれるデジタル通貨市場で有利な位置を先取りし、ドル覇権に風穴を開けようとしている」との観測が出ている(2月26日付東亜日報)が、はたしてそうだろうか。

「デジタル人民元が最も早期に導入されるのは一帯一路だ」との見方があるが、肝心の一帯一路の活動がここに来て急速に低下している。一帯一路におけるインフラ投資の主役である国家開発銀行と中国輸出入銀行による2019年の融資額は39億ドルで、ピークだった2016年の750億ドルに比べて94%の大幅減となり、鳴り物入りで成立したアジアインフラ投資銀行の2019年末の融資残高もわずか22億ドルにとどまっている(アジア開発銀行の年間融資額は平均約60億ドル)。案件の採算性などを考慮しないプロジェクトからの返済が滞り、融資を受けた国からの批判も高まっているからである。

 中国政府が2014年にデジタル人民元に関する研究を開始したが、その背景にはビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)による大規模な資金流出(キャピタル・フライト)への恐れがあったことも見逃せない。コントロールしやすいデジタル通貨を一刻も早く発行しなければならないという判断があったのである(3月27日付日本経済新聞)。

 日本ではあまり知られていないが、中国政府は資本取引規制を維持したままであることから、人民元は米ドルや日本円のようなハードカレンシー(額面通りの価値が広く認められ、国際市場で他国の通貨と容易に交換が可能な通貨)の要件を満たしていない。この問題は人民元がデジタル化されても解消しない。

 このように「デジタル人民元」構想は「張り子の虎」に過ぎないが、米中主導で世界のブロック経済化が進むというワーストシナリオを想定して、日本は今後の舵取りをしていかなければならないのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年4月5日掲載

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