「社会人」「大学」野球で活躍する“元プロ”の指導者たち、最も実績を残している人は?
イチローが部員を指導
プロ野球とは異なり、毎年選手が入れ替わる高校野球の世界で結果を残すには監督の力が必要不可欠と言われている。現役では、歴代3位となる甲子園通算55勝を誇る、大阪桐蔭・西谷浩一監督が圧倒的な実績を誇っているが、そんな高校野球の指導者の中にも新たな風潮が生まれている。
かつてNPBでプレーした経験を持つ、いわゆる“元プロ”の指導者が増えているのだ。甲子園歴代最多の68勝を誇る智弁和歌山・高嶋仁前監督の後任となった中谷仁監督(元阪神など)はその代表例だ。昨年12月にイチローが同校を訪れて、部員を指導し、大きな話題になった。今年の選抜高校野球では、常総学院・島田直也監督(元横浜など)、東海大菅生・若林弘泰監督(元中日)、天理・中村良二監督(元近鉄など)という“元プロ監督”が指揮を執り、いずれも初戦を突破している。特に、天理は優勝した東海大相模に惜敗し、決勝進出を逃したが、強豪校として甲子園で大きな存在感を示した。
こうした流れは高校野球だけではなく、大学野球や社会人野球にも着実に広がっている。西武の黄金時代を支える名脇役だった大塚光二は、2015年から母校である東北福祉大の監督に就任し、18年の全日本大学野球選手権ではチームを大学日本一に導いている。
さらに、ロッテのエースとして活躍した小宮山悟は19年から母校・早稲田大の監督となり、昨年秋のリーグ戦では早川隆久(楽天)を擁して10シーズンぶりとなる優勝を果たした。このほか、四国アイランドリーグで長く監督を務めた西田真二(元広島)は昨年、社会人野球・セガサミーの監督に就任。1年目から都市対抗野球でベスト4に進出するという手腕を発揮した。
大学野球、社会人野球で活躍する元プロの指導者の中で、最も実績を残している監督といえば、大久保秀昭(元近鉄)を忘れてはならない。06年に日本石油ENEOS(現ENEOS)の監督に就任し、08年、12年、13年と3度も都市対抗優勝を果たした。
15年からは慶応大の監督に転じると、5年間で3度のリーグ優勝を達成し、19年秋には明治神宮大会優勝を果たした。昨年から再びENEOSの監督に復帰すると、5年連続で逃していた都市対抗出場を復帰1年目で勝ち取っている。大学野球と社会人野球という異なるカテゴリーで、これだけの結果を残している指導者は数少ない。
言葉が選手に与える影響
一方、監督以外でも結果を残している元プロの指導者は存在している。その代表的な例が、日本体育大で投手コーチを務めている辻孟彦(元中日)だ。プロ生活はわずか3年と短かったが、引退した翌年の15年から母校のコーチに就任し、3年連続で、ドラフト会議で上位指名された投手を輩出している。松本航(18年西武1位)と東妻勇輔(同ロッテ2位)、吉田大喜(19年ヤクルト2位)、森博人(20年中日2位)がそれにあたるが、いずれも辻コーチの指導を受けた選手たちである。辻コーチは今年で32歳。指導者としてかなり若手の部類に入るが、教え子をプロに輩出した実績でみると、大学球界でトップクラスの指導者といえるだろう。
そんな辻コーチにプロ野球でプレーしたことが指導にどう生きているか、また、元プロの指導者が増えている流れをどう感じているかを尋ねてみた。
「野球に限らず、他のスポーツでもそうですが、その世界のトップ選手と一緒にプレーした経験を持つ人が指導者になることで競技レベルの向上には間違いなく繋がると思います。ただし、気を付けなければならないのは、『元プロ』ということで自分の言葉が選手に与える影響も大きくなるということ。いい加減なことを言ってしまったばかりに、選手が上手くいかなくなることがあります。その点は自分も気をつけています。やはり、トップの世界で成功した人、自分も含めて上手くいかなかった人を間近で見てきたということは、(学生を指導するうえで)大きなプラスだと思います」
元プロの指導者全員が結果を残しているわけではない。なかには、高い期待を受けて監督に就任しながらも、わずか数年で退任したケースもあり、現役時代の実績だけで通用するほど指導者の世界は甘くないことは確かだろう。トップの世界を知るという経験を指導の現場に上手く生かすことができれば、野球界全体のレベルアップに繋がる可能性が高いこともまた事実である。
かつてはプロとアマチュアの間には大きな溝があり、元プロ野球選手がアマチュア選手の指導者になるためには長い年月が必要だったが、現在は数日の研修を受講するだけで可能となった。こうした流れは球界全体にとっても喜ばしいことだ。プロとアマチュア間の交流が進み、野球界全体の発展に繋がっていくことを期待したい。