中国が宇宙を支配するという恐怖のシナリオ

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 中国の脅威という言葉から日本人が連想するのは、尖閣周辺の領海侵犯に代表される、日本近隣での動向だろう。ただし、彼らの脅威はそこに留まらない。サイバーや宇宙といった先端分野でも、すでに米国を追い抜きつつある。

 内閣府宇宙政策委員会委員の青木節子氏(慶應義塾大学大学院教授)の新著『中国が宇宙を支配する日―宇宙安保の現代史―』をもとに、ここでは宇宙の領域で彼らが何を成し遂げているかを見てみよう(以下、引用は同書より)。

宇宙開発技術でロシア、欧州、日本を抜き去った中国

 アメリカが大きな衝撃を受けた事件が起きたのは、2016年のことだ。かつてソ連が世界初の人工衛星スプートニク号の打ち上げに成功した際にアメリカが受けた衝撃の通称「スクープトニク・ショック」になぞらえて、この時のことは「21世紀のスクープトニク・ショック」と表現された。

 アメリカが衝撃を受けたのは、中国が「量子科学衛星」というこれまで打ち上げられたことのなかったタイプの衛星打ち上げに成功したからだ。

「量子科学衛星とは、量子暗号通信技術を搭載した人工衛星のことです。この通信技術は、光子(光の粒子)の性質を利用したもので、いかなる計算機でも解読できず、原理的に盗聴・傍受が不可能とされる最先端通信システムとされています(略)

 量子通信は、軍事、金融市場など秘匿性の高い情報のやり取りが死活的に重要な分野での覇権を左右しかねない技術ですが、地上の光ファイバーを用いた通信では、光の減衰が起こるため、伝搬損失が激しく約300キロメートルしか伝送できないという欠点があります。そのため、たとえば日本全国をカバーする量子通信網をつくるためには、3千から5千の地上局を置いてつないでいく必要があるともいわれています。しかし、衛星は真空を航行するため、光が損耗することがないという利点があり、全世界をカバーする広域量子暗号網を構築することが可能となります。そこで、中国はいちはやく量子科学衛星を打ち上げたのです」

 2016年以降、中国は着実にこの衛星を用いた通信の技術を進化させている。当初は地上の2地点間の秘匿通信の距離は144キロメートルだったが、年々この距離を伸ばしてきた。

 2021年1月7日には4600キロメートル離れた2つの量子衛星地上ステーション間の秘匿通信を成功させている。

 問題は、この分野では中国の独走状態だという点だろう。2020年末の時点で、宇宙空間に浮かんで、地上と量子暗号のやり取りをする衛星は他に存在していないのだ。

迎え撃つ覇者・米国の不気味なほどの“沈黙”

「少なくとも表面上、米国は沈黙を守っています。1950年代の人工衛星打ち上げ成功のときのような華やかさに乏しく、科学的に込み入った説明が必要なこともあってか、スプートニクのように大衆レベルでショックが広がった形跡もありませんでした。しかし、量子科学衛星の重要性を知る米国の宇宙・防衛関係者の不気味なほどの沈黙は、むしろいかに大きなショックであったかを雄弁に物語っているのではないかと思えます」

 ロケットの打ち上げ回数でもすでに中国はアメリカを抜いている。また、2000年以降に発表している同国の「宇宙白書」に記された計画を次々前倒しで実現に成功している。

世界中に張り巡らされた中国の「ネットワーク」

 さらに見逃してはならないのは、こうした宇宙での展開に協力するネットワークを世界中に張り巡らせている点だろう。

 量子科学衛星「墨子」が量子暗号をやり取りする地上局は、中国の領域外にも存在している。

「通信実験に限っていうと、オーストリア、イタリアの科学者がそれぞれの国から『墨子』にアクセスし、実験を成功させています。(略)

 遠くアフリカやラテンアメリカ諸国においても、地上局を使っています。それはどうして可能だったのでしょうか。

 通信衛星や、リモートセンシング衛星、特に大型で技術的にも資金的にもハードルの高い静止衛星を、中国が他国のために製造し、打ち上げ、管理も引き受ける。そのプロジェクトの一環として、各国に地上局が建設されるからです。

 静止衛星とは、赤道上空約3万6千キロの軌道上にあり、地球の自転と同じ周回周期を持つ人工衛星のことです」

 気象衛星や通信衛星、放送衛星などの多くがこの静止衛星である。中国はこれを安価に提供している。

アルゼンチンでは50年間の土地貸与

「さらに、中国はラテンアメリカやアフリカに、宇宙にある物体の位置や軌道を観測する宇宙状況監視(SSA)局も増やしています。これは、米国とその同盟国の構築するSSAネットワークに対抗する意思の表明です」

 2014年、アルゼンチンは中国と宇宙協力協定を締結した。その協定内容は驚くべきものだった。アルゼンチン国内に建設された天体観測施設に加え、周囲200ヘクタールの土地も、50年間中国に貸与されることになっていただけではなく、敷地内で中国の労働法に従って勤務する中国人労働者に関するすべての税が免除されていたのだ。

「敷地内はまるでアルゼンチンの主権が及ばないかのようです。天体観測施設は中国衛星発射測控系統部(CLTC)が運営しますが、CLTCは人民解放軍の戦略支援軍に業務報告を行っており、事実上、人民解放軍の支配下にある点も特徴的です」

 アルゼンチンでは協定を結んだ後に政権交代が実現したこともあり、この協定を見直そうという動きもあった。しかし、借款など中国からの経済支配を受けていることから、結局、見直しは実現しなかったという。

「宇宙と地球」の覇者となる意図を隠さなくなった中国

 こうした中国の動きは、何を見据えてのものなのか。

「大英帝国は、アジア進出において、コロンボ、シンガポール、上海と、港湾を押えていきました。いまの中国が進める宇宙政策は、その再来ということがいえるのではないでしょうか。地球上のさまざまな地点に置いた地上局へのアクセスを抜きにして、『宇宙覇権』を狙うことはできません。そのことを、中国はよく分かっているということなのです」

 もちろん、どこが主導権を握ろうが、「開かれた宇宙空間」が実現するのであれば問題はないのだろう。しかし楽観的な見方ができないのは、地球上での中国の振る舞いを見れば明らかだろう。青木教授はこう危惧する。

「次の50年に地球―月の間の経済圏が確立すると予想されています。これは、多種多様な軌道や月・小惑星に国や企業が基地を設置し、人間とロボットが協働する世界が実現するということです。このとき、地球社会の安全と繁栄は、宇宙を支配する者に握られることになるでしょう。地球-月経済圏を構築する原理が、普通の市民の自由と平等を保障する民主主義なのか、一部のエリートの圧政(全体主義)となるのか、われわれの子ども世代にとっての正念場が訪れているのではないでしょうか」

デイリー新潮編集部

2021年4月2日掲載

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