東京電力と右翼の黒幕「田中清玄」(第2回) 彼はなぜヤクザから狙撃されたのか(徳本栄一郎)

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大っぴらにできない関係

 ちょうど同時期、日発を分割して9つの電力会社に再編する議論が進み、その旗振り役が松永であった。当然、分割の対象になる日発は猛反対し、付き合いのある田中もそうだった。それが、たった一度の出会いで転向してしまったのだ。

「それで朝、小田原の松永さんの家に行くと、まだ寝ている。すると田中は、廊下でじっと正座して待ってるんですよ。一旦傾倒したら、まるで違うんでね。それから松永さんの子分の中部電力の三田さん、東京電力の木川田さんとかと付き合い始めた」

 三田民雄は後の中部電力の副社長で、三田敏雄元会長の父親である。木川田は後に東京電力の社長、会長を務め、電気事業連合会の会長も歴任した。こうして、松永との出会いが電力業界とのパイプを太くしていった。

 松永との初めての出会いで、一体どんなやり取りがあったか。すでに2人が亡くなってる以上、知る由もない。が、ここで興味深いのは、田中が生まれ育った境遇である。

 若い頃の田中が共産主義運動に熱中し、母親が息子を改心させるため自殺したのは前編で触れた。その田中は幼くして父親も亡くしている。ここから先は推測だが、彼は松永に、亡き父親の姿を重ねたのではないか。鬼のような形相で乗り込んだ田中、それを、30歳以上も年配の松永は泰然自若として迎えた。そして、言い聞かせるように電力再編の必要性を説く。その気迫に呑まれた彼は、小手先の理屈を捨て心酔してしまった。繰り返すが、これは想像に過ぎない。だが、この一度の邂逅が田中の運命を大きく変えた。

 こうして入院中、太田はボディーガードと見舞客の受付を兼ね、築地の聖路加病院に詰める。その間、一体どういう心境だったか。こう訊くと、冗談とも本気とも取れる答えが返ってきた。

「それが変な話だけど、これで、しばらく借金取りは来ないなって思ったよ。社長が生きるか死ぬかの時、やっぱり皆さん、『仕方ないな』となるでしょ」

 とすると、当時、田中にかなりの借金があったと。太田が深く頷く。

「三幸建設では、『俺の秘書をやれ』って言われたけど、『あんたの秘書なんかやったら潰されちまう。代わりに経理に入れてくれ』って言ったんです。それが、今から考えると正しかった。中に入って見ると、金繰りは非常に厳しいんです。やはり、経営者じゃないでしょ。金があれば使っちゃう。それに、電源防衛をやって会社はガタガタになった。社員の中で、優秀な奴は『第二工事』に精力を使い、だんだん仕事もいい加減になったし。赤字になって、借金も数億はあったと思うね。何しろ、共産党がデモをやるとなると、会社に棍棒を用意するんだから」

 念のために言うが、田中の三幸建設は日本各地で土木工事を請け負う、一応、れっきとした会社だ。それが時に、電力会社の依頼で共産党討伐の秘密工作、もとい第二工事を行う。また本社近くに空手道場も作り、当時の写真は、突きや蹴りの稽古に励む社員が写っている。そこで彼らは腕を磨き、社長の号令一下、棍棒を握って共産党のデモに殴りかかっていった。

 完全に事業と政治活動を混同している。これでは会社が傾かないのが不思議だ。結果として三幸建設は人手に渡り、田中は退陣、太田ら古参社員を連れて新たに田中開発工業なる会社を興す。命がけで電力会社を守った男が、自分の会社を防衛できなかった。そうした後で、狙撃事件は起きたのだった。

 入院中、はたして東京電力などの幹部が見舞いに来たかどうかは分からない。だが本来、真っ先に駆けつけるべきは、彼らだったはずだ。過激化した共産党に立ちすくんだ時、迎え撃ったのは田中で、それは最重鎮の松永も承知していたはずだ。

 その松永が1人、秘書も連れず、人目を忍ぶように病室を訪れる。そして、東京電力の社史からは田中の記述が丸々消された、これが多くを物語る。電力会社にとり、彼との関係は大っぴらにできない類のものだったのだろう。太田が続ける。

「あの時、田中はまだ虫の息に近いんだけど、松永さんが枕元に立ってね、こう言われたんだ。『憂きことのなおこの上に積もれかし限りある身の力試さん』これを2回呟いてから帰っていかれた」

 これは江戸時代の儒学者の熊沢蕃山の作とされ、困難や試練に打ち勝つため、己を叱咤激励するという歌だ。やがて奇跡的に回復した田中を、久しぶりに松永が見舞った際、ただ一言、「おい、勝ったな」と声をかけたという。

 こうして田中の体は数ヵ所の銃創が残り、左の腎臓も摘出された。そして松永との出会いが、その活動を海外へ広げる原動力になる。中東の石油権益獲得への単身乗り込みで、これが、彼に「東京タイガー」の異名を与えた。その切り札は、何と狙撃事件の傷跡だった。(続く)

徳本栄一郎(とくもと・えいいちろう)
英国ロイター通信特派員を経て、ジャーナリストとして活躍。国際政治・経済を主なテーマに取材活動を続けている。ノンフィクションの著書に『エンペラー・ファイル』(文藝春秋)、『田中角栄の悲劇』(光文社)、『1945 日本占領』(新潮社)、小説に『臨界』(新潮社)等がある。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月30日掲載

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