「埼玉愛犬家連続殺人」2人の子供が明かす両親の意外な素顔 「私には甘い優しい父親でした」
殺人者との結婚
遺体は風呂場で解体、骨は高温で粉に――埼玉県で平成5年、愛犬家ら4人が相次いで殺害された事件で、殺人や死体損壊遺棄などで死刑が確定した関根元・死刑囚が東京拘置所で死亡してから、4年が経った。関根には事件当時2人の幼い子供がいたが、彼らが見た両親の姿、そして事件後の人生とは。
(以下は「新潮45」2016年2月号より再掲)
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「自分では覚えてないんですけど、お袋が、お父さん欲しくない? って聞いたらしいんです。それで、自分が欲しいって答えて……」
和春(仮名)はそう言って、唇を噛んだ。母親の風間博子は、その時シングルマザーだった。和春の一言がなければ、風間は、関根元と結婚しなかったかもしれない。そうであれば、その後の不幸とは無縁。母親が、関根とともに死刑囚になってしまうこともなかったのでは……。
36歳の和春は、解体と露天商の仕事をしている。山男のような逞しい風貌の彼が、寂しそうに目を伏せる。幼き日の彼の言葉に、責任があるはずもないが。
関根は、戦後の日本で逮捕された中で、最大級の大量殺人者だ。こう書くと首を傾げられるかもしれない。1993年に関根の起こした埼玉愛犬家連続殺人事件の犠牲者は、4人。確かに、もっと多く殺している殺人者は枚挙にいとまがない。
共犯者は「殺したのは30人以上と聞かされた」
だが、脅されて死体損壊遺棄のみを行ったという共犯者の中岡洋介(仮名)は関根から、それまでに殺したのは30人を超えると聞かされたと供述している。中学卒なのに、京都大学を出たなどと、いつも嘘を吐き、ホラ元と呼ばれていた関根の言葉を、鵜呑みにはできない。
だが、「ボディを透明にする」と関根が自分で語っていた、被害者の遺体の解体方法。肉はサイコロステーキほどに細かく刻み、骨は高温で焼き粉にしてしまう。最も雄弁な証拠となる遺体をほとんど消滅させてしまう周到なやり方は、とても殺人初心者のものとは思えない。
埼玉愛犬家連続殺人事件発覚の9年前の84年。関根の関係していた3名が、行方不明になっている。埼玉県警は関根を疑い大規模な捜査を行ったが、立件には至っていない。この件で関根は、法的には無罪だ。だが、まったく証拠を残さずに人の命を奪う殺人のエキスパートだったと疑うこともできる。最初の殺人は10代の時だった、と関根は語っていたという。逮捕された時、関根は53歳。30年以上に亘って、発覚されず殺人を続けてきたことになる。
家にはライオン、虎、熊がいたことも
83年10月24日、関根と風間は結婚し、埼玉の熊谷で暮らす。風間が26歳、関根は41歳であった。関根のほうが風間姓になったが、後に離婚して関根に戻っている。混乱を避けるために、関根は関根と書くことにする。
和春は4歳で、幼稚園児だった。物心ついた時から関根がいたので、ずっと実の父親だと思っていた。
関根は、ペットの繁殖と販売を行う会社アフリカケンネルの経営を行っており、妻となった風間も参画した。
家にも犬がいて、ライオンや虎、熊がいた時期もある。ネコ科で体長が50~90cmほどもあるカラカルもいた。小学生になると、犬を毎日散歩させること、家の中の拭き掃除をすることを、和春は関根に言いつけられた。夕方は風呂の準備をしなければならなかった。
「犬の散歩は嫌いじゃなかったし、家のことをやるのも普通かなって思ってたんです。でも、友達と遊びたくて、ついついさぼって出かけちゃうと、木刀で殴りつけられる。寝坊したりして、掃除とか、やらないで行っちゃったりするじゃないですか。そうすると、学校までわざわざ迎えに来て連れ帰られて、やらされた」
「俺は、おまえの実の親父じゃねえ」
和春が6歳の時に、妹の希美(仮名)が誕生する。妹が成長するにつれて、和春の疑問が募る。妹は小学生になっても、掃除などをさせられないからだ。
希美は現在、30歳。2人の息子も含めて家族全員が死刑囚となっている大牟田4人殺害事件を除けば、実の両親がともに死刑囚となっているのは、今の日本で彼女だけだ。ずいぶん身構えて会いに行ったものだが、愛されて育ってきたと思わせる、穏やかな女性だ。
希美は確かに、自分は兄とは違う扱いを受けていたと思い起こす。
「私にも、やらなきゃいけない決まり事はあったんです。学校に行く時に電気を消す。ただボタンを押すだけ。やると1回100円お小遣いくれる。忘れても、『お前だめだね』って言われるだけでした」
和春が中学生の時、関根は告げた。
「俺は、おまえの実の親父じゃねえ」
ショックを受けた和春だが、ある疑問が氷解する。大人の男性の背に掴まって、一緒にバイクに乗っている夢を何度も見ることがあった。それは、銀行員だった実の父親との別れの場面だったのだ。
和春と希美への、関根の扱いの違いはさらに歴然としたものになってくる。
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