11年ぶりキリンが首位 大株主の英ファンドとケンカしても貫いた「経営戦略」とは
「アサヒのようにやれ」
IFPの要求と主張はおおむね以下に集約される。
・キリンが株式の過半数を保有する協和キリン(バイオテクノロジー、抗体医薬)の株式を売却せよ
・キリンが株式の33%を保有するファンケル(スキンケア)の株式を売却せよ
・協和キリンとファンケルの株式の売却益を元手に6000億円の自社株買いをせよ
・キリン経営陣は株主を軽視している。株主還元にもっと力を入れよ
協和キリンとファンケルの株式を売却すればビール事業に専念できる、そうすれば株価も上がり株主還元となる――これがIFPの主張で、こうした経営を実践している良い例としてIFPが挙げていた会社が、アサヒだった。IFPはキリンに「アサヒのようにやれ」と迫ったのだ。だが、キリン経営陣は首を縦にはふらなかった。その理由が以下だ。
・ビール事業の一本足打法はリスキー。ビールとは別の成長柱が必要で、そのために多角化を進めてきた
・キリンの多角化は独自の技術に基づく。100年以上前に発酵・バイオの技術でビール造りを始め、40年前には同じ技術で医薬分野にも進出した。今はヘルスサイエンス領域に歩を進めている。株主のためだけではなく「世のため人のため」を追求している
・株主軽視と言われるが、増配や自社株買いも18年12月期から2期連続で1000億円ずつ実施した。日本の食品メーカーでは高い水準の株主還元をしている
両者の主張は真っ向から対立し、本件はプロキシーファイト(議決権の争奪戦)にもつれこんだが、同年3月の株主総会でIFPの提案は否決。キリンは従来の「分散・自律」の経営を維持していけることになった。コロナが襲来したのは、まさにそんな時だった。
「スーパードライ一本に寄りかかったアサヒは大打撃を被り、発泡酒や第3のビールにも分散投資してきたキリンは最悪の事態を乗り切りました。IFPに切り離しを求められた医薬事業も20年12月期の事業利益に占める割合は28%に達し、ビール・スピリッツ事業に次ぐ規模にまで成長した姿を見せたのです。
もちろん20年1月の時点で、コロナがここまで長期的に猛威を振るうことになるとは、IFPもキリン経営陣も予想できていなかったと思います。ですが、株価に重きを置く効率重視の“選択と集中”経営が、未曾有の危機下で脆弱さを晒したことは間違いありません」
しかし、アサヒも脱皮を遂げようと奮闘している。20年9月には社内に「新価値創造推進部」を立ち上げ、ローアルコール、ノンアルコールのニーズ訴求に向けて動き出した。この3月末には、アルコール度数0・5%の微アルコールビール「ビアリー」を市場に投入する。アルコール摂取を抑えながら、「飲み応え」「うまみ」を追求する新戦略だが、ここには、スーパードライによって染みついた「外で働く男たちのビール」というイメージを払拭する狙いも垣間見える。
2度目の緊急事態宣言が解除されたが、人々の意識や生活様式は既に変わっている。日暮れ時、密集した居酒屋でジョッキグラスを傾けるシーンは当面戻らないか、戻ってもコロナ前の水準には至らないだろう。「健康」「家飲み」という消費者目線と「分散・自律」という投資戦略。ビール業界に定着しつつある潮流は、業界の外にも通ずる経営の羅針盤となるかもしれない。
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