「天国と地獄」、絶賛された最終回、陸はなぜ望月彩子の前から姿を消したのか

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 謎が謎を呼ぶ展開で視聴者を熱狂させたTBS「天国と地獄~サイコな2人~」。3月21日放送の最終回は世帯視聴率20・1%を記録した。今年のドラマの中で最高値だった(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。脚本を書いた森下佳子さん(50)のメッセージや狙いは何だったのか。

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「天国と地獄」は入れ替わりものだったが、放送当初はそれを批判する声もあった。子供じみているという意見だった。

 もっとも、森下さんは気にも留めなかったはず。かつて母校・東京大学の学生新聞の取材に対し、次のように答えている。

「書きたいものがたくさんの人にうけるという幸せなことが起こればいいなとは思いますね。でもうけるものを書くのも正義だと思う。『うける=みんなに喜んでもらえる』、ですよね。みんなに喜んでもらえなくて良いんだったら、じゃあ何でエンタメをやるの? っていう根源的な疑問にぶつかってしまいますよね」(東大新聞オンライン2016年4月1日)

 ドラマは大衆のもの。選ばれた人間のために存在するわけではない。どんなに立派なメッセージが盛り込まれていようが、多くの人が楽しめなくては意味がないということだ。

 その点、「天国と地獄」は入れ替わりを物語の前提と据えたことで取っつきやすくなり、出だしから高視聴率が獲得できた。エンタメ色の濃いヒューマンドラマに考察の面白さも加えられた。森下さんの骨太のメッセージもしっかり織り込まれた。TBSと森下さんにとっては理想的な展開だっただろう。

 では、森下さんがこのドラマに織り込んだメッセージとは何か。いくつかは最終回でやっと鮮明になった。まず強者が弱者から奪う社会への疑問である。

 日高陽斗(高橋一生、40)は二卵性双生児の兄・東朔也(迫田孝也、43)による3人連続殺害の罪を被ろうとした。自分が東より先に生まれていたら、それまでの過酷な半生は自分が背負うはずだったからだ。入れ替わっていた警視庁刑事・望月彩子(綾瀬はるか、35)を罪に問えないようにするためでもあった。

 日高は「3人とも自分が殺しました」と強弁する。動機は3人が東を虐げたから。「あまりに兄がみじめでかわいそうだったので」。これに対し、取り調べに当たっていた河原三雄主任刑事(北村一輝、51)は怒声を上げた。

「じゃあ、なぜまた奪う! この殺人はお兄ちゃんの『声』じゃないのか。立場の弱い人間が、いかにたやすく奪われ続けるか。そして立場の強い奴らも最後には自らこういうふうに奪われることにもなる。そんなことが言いたかったんじゃないのか!」

 日高もまた強者。弱者の東が罪を犯してまで訴えたかった怒りを、日高が奪ってしまうことが河原には許せなかった。弱肉強食社会への戒めに違いない。

 このドラマは現代の地獄というものも示した。河原が取調室で日高に向かって読み上げた東の半生を、他人事のように聞けた人はどれだけいるだろう。

 勤務先の上司だった田所仁志から強烈なパワハラを受け鬱病に。オーナー社長の息子・久米幸彦のミスを押しつけられての不当解雇。四方忠良から押しつけられた東家に負債……。

 認知症の父・貞夫(浅野和之、67)の介護もあった。現代の地獄は身近にある。

 強者への警鐘もあった。わが物顔をしようが、弱者から強い怒りをぶつけられたら、ひとたまりもない。「天国と地獄」は皮膜で隔てられているだけで簡単に逆転する。3人は東によって簡単に地獄に突き落とされた。強者は奢るべきではないという森下さんのメッセージだろう。

 ちなみに森下さんは東大では文学部宗教学科に属した。善と悪、罪と罰については考え抜いた人である。「天国と地獄」は最も得意とする物語だったはずだ。

 このドラマは東の出現により、第7話にしてタイトルがダブル・ミーニングであることが分かった。当初は第1話で入れ替わった彩子と日高の関係のみが「天国と地獄」と思われたが、双生児でありながら明暗が分かれた日高と東も「天国と地獄」であることが分かる。

 やがて東と彼を虐げた四方ら3人との関係も「天国と地獄」だったことが明らかに。実はトリプル・ミーニングだった。タイトルにここまで意味を持つドラマは珍しい。

 その上、このドラマは世界的巨匠である故・黒澤明さんの名画「天国と地獄」(1963年)へのオマージュでもあるはず。

 映画版は当時の時代に合わせ、パワハラや不当解雇ではなく、麻薬禍やインターン生の窮乏を描いた。そのインターン生の竹内(山崎努、84)が、近所の裕福な会社重役・権藤(故・三船敏郎さん)の専属運転手の子供を誘拐し、共犯者を殺害する。

 竹内は死刑になる前、権藤に犯行動機をこう語った。

「私のアパートの部屋は、冬は寒くて寝られない。夏は暑くて寝られない。その3畳間から見上げると、あなたの家は天国みたいに見えた」

 一方、ドラマの第9話で東は日高に向かって、こう叫んだ。

「やっと入れた会社で田所にいびりまわされていた時、何してた! 久米に濡れ衣着せられて、オヤジがボケて途方に暮れてた時、おまえがあの会社作ったって、便所拭いていた新聞で知ったよ!」

 行きすぎた貧困や格差は犯罪を誘発する。個人の問題で片付けられない点がある。天国を見せつけられる地獄側の人間の苦悩は計り知れない。黒澤監督、森下さんに共通するメッセージだろう。

 ドラマは謎が謎を呼ぶストーリーだったが、最終回でも謎が残された。犯行とは無関係であるものの、彩子の同居人で便利屋の陸(柄本佑、34)はなぜ消えたのか?

 おそらく、一度は日高の無実を証明するはずのSDカードを隠匿した後ろめたさからだ。陸はそのSDカードを東の遺品の中から見つけた。にもかかわらず、彩子が「SDカード見てない?」と尋ねると、「見たことないなぁ」と嘘をついた。

 陸はどうしてSDカードを隠したかというと、彩子の頭の中が日高のことでいっぱいになっていたことへの嫉妬に違いない。

 もっとも、やがて陸は自分の愚かさに気づき、「何やってんだ」とつぶやき、彩子宛に匿名でSDカードを送ったのはご存じの通り。後に彩子から「送ってくれたの、陸でしょう?」と問われたが、「違うよ」と否定し、彩子の前から永遠に去った。

 真っ直ぐな青年だった陸は自分の振る舞いを悔い、正義の人である彩子にはふさわしくないと思ったのだろう。嫉妬心は大抵の人にあるはずだが、カトリックなどが定める7つの大罪の1つだ。森下さんだから、そこまで考えたのかも……。

 このドラマは当初、愛が大きなテーマの1つになるという触れ込みだった。それはまず東と日高、日高の義父・満(木場勝己、71)らの家族愛。そして死刑になってまで彩子を助けようとした日高、何としても日高を守ろうとした彩子のアガペー(人間に対する神の愛)的な無償の愛だった。

 陸も彩子に対し、日高と同様の感情を抱き続けていたが、それが恋愛になってしまい、エゴが生じたことを恥じたのだろう。

 恋愛ドラマばかりが目立つ中、違った愛が新鮮だった。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月23日掲載

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