中国の「デジタル独裁」に「テクノ民主主義」で対抗:情報機関改革を目指すバイデン政権 インテリジェンス・ナウ

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「米中新冷戦」の本質は経済分野や軍事だけではない。実は「デジタル独裁」と「テクノ民主主義」の戦いなのだ。その渦中で中国は今どのような動きを見せ、これに米情報機関はどう立ち向かうのか――。

 ドナルド・トランプ前米政権下で米国の国際的リーダーシップが大きく後退したのとは対照的に、中国はコロナ禍も克服した形で、意気盛んな状況が見て取れる。

 その裏で、中国は「一帯一路」構想に沿って、「デジタル・シルクロード」(2015年発表)というプロジェクトを進めてきた。建前では、一帯一路に参加する友好国の「デジタル化」を推進するのが目的だが、真の狙いは親中のインテリジェンス網を世界に広げることだ。

 中国はこれらの諸国に、反政府活動を監視するカメラなどの機器やネット上で使う追跡アプリなどを輸出すると同時に、それぞれの国の情報機関との連携強化に努めている。

21世紀の冷戦を規定か

「デジタル冷戦」という言葉。昨年から米議会やシンクタンクなどがしばしば研究調査のテーマに取り上げ、レポートを発表している。

 西側自由主義陣営は、第2次世界大戦を「ファシズム」、東西冷戦を「共産主義」との戦いと規定した。中国が経済力と軍事力で米国に迫る21世紀半ばに向けて、「デジタル独裁」との戦いが世界を二分しそうな形勢となってきた。

 中国に加えて、ロシアはネット上で「謀略情報」を流布させるのが巧みで、両国とも「デジタル独裁」と呼ばれている。デジタル技術を利用して、市民の行動を監視、検閲、抑圧、操作して政治的管理を強化しているのだ。

 これに対して、中国によるデジタル技術の独占支配を阻止しようと、ジョー・バイデン米政権は「テクノ民主主義」で対抗するネットワークを構築する計画を検討中だ。米情報機関に情報源を持つ『ワシントン・ポスト』のコラムニスト、デービッド・イグナシアス氏が明らかにした。

 この構想は、巨大IT企業群「GAFA」の一角を成すグーグル社の元最高経営責任者(CEO)エリック・シュミット氏らが2020年に設立した「中国戦略グループ」が発案したものだ。西側自由陣営が結束して、人工知能(AI)や量子コンピューターなどのハイテク分野で中国側と競り合う。同時に、バイデン政権はトランプ政権下で士気が低下した米情報機関の改革を進める構えだ。

「ガス抜き」後はAIで検閲

 新型コロナウイルス(COVID-19)は初めて中国で人に感染し、世界でこれまでに、約1億2000万人への感染が確認され、約270万人を死亡させた。否定できない真実だが、中国情報当局は事実を隠蔽して「中国起源」を否定、逆に謀略情報を流布させて米国などに責任を押し付けている。

 新型コロナの流行を最初に警告したのは、武漢中心病院救急室主任の女医、艾芬さんだった。2019年12月末、インフルエンザに似た症状を訴える多くの患者が救急搬送され、通常の治療では回復しない病状を同僚とのグループチャットで知らせた。

 ところが病院側は動かず、武漢当局も対応せず、艾主任は「うわさを拡大した」として譴責処分を受けた。病院側は医師らに感染症対策の防具も着けさせず、艾さんが訴えた情報の共有も禁止した。

 病院の同僚で、眼科医の李文亮医師がこの情報をSNSに投稿、中国全土に新型コロナ感染拡大の情報が伝わった。李医師はネット監視当局に出頭を命じられ、一時身柄を拘束された。「社会秩序をひどく混乱させた」と認める文書に署名させられ、譴責処分を受けた。その後多くのコロナ感染患者の診察に当たり、自らも感染して、死亡した。

 李医師の死は同情を集め、表現の自由や情報公開を求める国民の要求が強まった。

 オーストラリアのシンクタンク「ローウィー研究所」によると、これに対して当局は一時的にこの問題に関するネット上の書き込みを制限しなかったという。「ガス抜き」を狙った可能性があるとみられる。

 当局はこの問題を調査した結果、李医師に対する譴責処分は不当との結論をまとめて、家族に謝罪、武漢の高官を解任して決着させた。

 しかし、これ以後当局は、「言論の自由」などを訴える書き込みをAIによる検索で徹底的に削除、当局の怠慢の記録を消した。強権によるコロナ抑え込みは「中国モデル」とも言われ、当局は「成功」を宣言した。

コロナ対策機器を独裁国に売り込む

 コロナ感染者の急速な拡大で対策に追われると、中国当局は強硬策に転じ、都市のロックダウン(封鎖)を行って感染者を強制的に隔離、その接触者をスマホで追跡した。作業員を動員した手作業と同時に、データ分析、デジタル追跡、AIの利用などによるデジタル技術も駆使した。

 注目すべきは、中国がこれらのコロナ対策機器を、反政府勢力を抑圧する独裁的統治に必要な機器としても利用していることだ。まったく同じデジタル機器が、コロナ対策にも、独裁体制強化にも利用できる、という中国にとっては一挙両得で、しかも同様の機器を世界の独裁国に輸出しているのだ。

 独裁的な管理を徹底するため、技術面では、カメラや顔認証、ドローン、GPS(衛星利用測位システム)による追跡などのデジタル技術を利用する。また、国内の反政府勢力に対して、ネット上で反対意見を探知し処罰するため、デジタル技術を利用している。

 かくして、このような統治モデルとコロナの緊急対策に必要な機器を独裁国の政府に売り込んでいるのだ。

デジタル機器を通じて情報機関同士が連携

 米上院の民主党系スタッフがまとめたレポート「新しいビッグブラザー・中国とデジタル独裁」によると、一帯一路で中国とインフラ・貿易・訓練・投資に関する連係を形成している国は60カ国以上に上る。

 中国の習近平国家主席は2017年5月の「一帯一路フォーラム」で「21世紀のデジタル・シルクロード」構築のためにビッグデータを何十億ドルもの事業に統合すると発表したという。

 このレポートは、ベネズエラやエクアドル、ジンバブエ、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスを「ケーススタディ」として取り上げ、華為技術(ファーウェイ)などがそれぞれの国に対して監視装置などを売り込んでいる実態を詳述している。

 エクアドルの首都キトでは、中国製監視カメラ800台のネットワークが設置され、同国の警察だけでなく国内情報機関「国家情報事務局」(SENAIN)にも反政府政治家らの追跡情報が提供されているという。

 また、米戦略国際問題研究所(CSIS)のデジタル独裁に関するレポートは、独裁諸国が「日常的にデジタル・スパイ工作とサイバー攻撃を繰り返している」と伝えている。それによって中国情報機関、国家安全部などとの連携強化が想定される。

米情報機関はコロナの謎を解けるか

 米国は1991年の東西冷戦終結、2001年の米中枢同時多発テロを経て、中国など独裁国に対する情報活動がおろそかにされてきた。

 特に、「ロシア疑惑」を抱えたトランプ前政権と米情報機関の関係が最悪で、米中央情報局(CIA)の士気低下も懸念されている。コロナ禍では結局、米インテリジェンス・コミュニティは目立った成果を挙げられなかった。

 中国は新型コロナウイルスの「米国由来説」や「米軍持ち込み説」といった謀略情報まで流布させ、現地調査に訪れた世界保健機関(WHO)専門家グループに十分な情報を提供せず、多くの疑問が残されたままとなっている。

 新型コロナウイルスの発生源に関しては、雲南省などで生息するコウモリから採取したコロナウイルスを武漢ウイルス研究所で研究対象として利用した際に研究員に感染したとする説もなお欧米の一部専門家の間で有力視され、マイク・ポンペオ前米国務長官がそのことに言及したが、説得力のある説明はなかった。

 中国では、武漢中心病院の近くにある「華南海鮮市場」が感染源と報道されたが、実際にはこの市場は「クラスター」発生地の可能性が大きいとみられている。

 バイデン大統領は、新しいCIA長官に国務副長官や駐露大使を歴任、インテリジェンスのプロの間で評価が高いウィリアム・バーンズ氏、国家情報長官に初の女性で議会の評価も高いアブリル・ヘインズ氏を起用して情報コミュニティの再生を図る。

 ヘインズ長官が就任してまだわずか約2カ月だが、すでにサウジアラビアの「ジャマル・カショギ記者殺害」や「2020年米大統領選挙への外国の干渉」、「国内テロ」と3件もの「インテリジェンス評価」を公表している。

 米インテリジェンス・コミュニティは、「テクノ民主主義」という新たな分野の任務を開拓して中国に対抗できるだろうか。

春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

Foresight 2021年3月23日掲載

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