渡辺直美で振り返る“渡米芸人”たち、90年代に大成功した女性コメディアンの名前

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00年代の渡米芸人

 母親が死去したことで、彼女は強いショックを受けてしまったのだ。吉本興業が「仕事を続けられない」と判断。給料を払い続けることで、ニューヨークへの留学をバックアップしたという(末尾:註1)。

 ニューヨークでは「猿のモノマネ」のパフォーマンスが話題を呼んだとも報じられた。更にバンドを結成し、ギタリストと結婚、出産したことも話題となった。

 つい最近までは、年に1、2回のペースで帰国してテレビ出演する、“出稼ぎ”も注目されていた。

 野沢の場合は、日本での人気が持続している。実際のところ、アメリカのショービジネスで成功を収めたわけではないのだが、“渡米失敗”のイメージには乏しい。

 ならば2000年代に“渡米”が話題になった波田陽区(45)、なかやまきんに君(42)、長井秀和(51)の3人はどうだろうか。

 波田は2004年にブレイク。この頃、最高月収が2800万円だったことは有名なエピソードだ。その勢いに乗るかのように、05年にはニューヨークで単独ライブを開催した。

“筋肉留学”

 ネタは全て英語で演じ、当時のスポーツ紙は《全米デビュー》と報じた。波田も手応えを掴んだようで、「イタリアとかフランスにも行ってみたい」と意欲を燃やしていた(末尾:註2)。

 だが2010年代になると、波田の姿をテレビで見ることは激減した。16年に波田は福岡市に移り、九州を拠点として活動しているという。

 なかやまきんに君は、アメリカ留学で勉学に打ち込んだお笑い芸人としても知られている。

 デビューは1999年。2000年代後半には、かなりの人気を得ていた。そんな中、06年に“筋肉留学”と称してロサンゼルスに渡った。

 この時は短期留学だったが、08年に本格的な留学を行う。カルフォルニア州のサンタモニカ・カレッジ(2年制の公立大学)に入学を果たした。

 11年にサンタモニカ市立大学運動生理学部を卒業。好成績も報じられ、真面目に授業を受けていたことに称賛の声が集まった。

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