外需から内需へ転換 「脱米」に向かう中国――富坂 聰(拓殖大学海外事情研究所教授)【佐藤優の頂上対決】
「農村タオバオ」の成功
富坂 発展を目指す中国にとって、アリババなど巨大IT系企業の存在は不可欠です。彼らの貢献はコロナ禍でも顕著でした。中国共産党は今年結党100年を迎えますが、その前年までに「貧困ゼロ」を達成する目標があり、その最大の障壁が「貧農」問題でした。アリババは以前から、僻地の農業生産者と都市を直接結ぶネットワークづくりに熱心に取り組んでいましたが、この事業が新型コロナの感染拡大で、一気に加速しました。「農村タオバオ」と言いますが、農村でネットの使い方を教えて発信させると、これまで流通に載らなかった小ロットの農産品が都市の需要と結びつき、農村が活性化したのです。本来、持ち出しばかりになる貧困対策が、農民が収入を得ることで消費者になり、経済に貢献した。党の政策を後押しするという意味で、このアリババの役割がどれほど大きいか。
佐藤 そうなると、なかなか文句は言えないですね。
富坂 アリババは香港で反中メディアを買収しています。またアリババを含め今回のコロナで売り上げを伸ばした巨大IT系企業には、失業者の雇用が割り当てられていて、みな積極的に応じています。
佐藤 生き残るためにも、関係を強化しているわけですね。
富坂 党にも利益があるし、企業も中国社会の中で一定のポジションを得られるということで一応ウィンウィンです。しかし両者には緊張感もあり、関係を探っている感じですね。
佐藤 ネット関連では、外からの情報が遮断されるなどの規制がいつも問題となります。それについて中国人はどう考えているのでしょうか。
富坂 不自由は感じているでしょう。西側社会と比べて自分たちの言論空間が相当に狭いことも知っています。しかし完全に自由な言論空間があるとも思ってはいません。触れたら厄介な問題を避けて生きているだけのことで、それは日本のテレビに出た時、スポンサーの批判を避けることを「耐えがたい不自由」と感じないのと同じです。日本のコメンテーターが話している程度の政権批判なら中国のネットにもあふれています。伝統メディアにはありませんが。
佐藤 なるほど。香港の国家安全維持法も同じ感覚かもしれないですね。結局は、安定か混乱かといえば、安定を選択し、危ないことは避ける。
富坂 香港に関しては、日本では、若者が自由を求めて戦っている様子しか伝わりませんが、背後にある経済問題も深刻です。香港ではいま7人に1人が貧困ともいわれます。特に返還前からの香港人の収入がどんどん落ちている。一方、この10年で不動産価格も家賃も3倍になりました。大陸から来た中国人が物価を上げているのです。この問題解決のため、いま香港政府は平民用のマンションをたくさん作っています。
佐藤 あの時は、西側情報機関の動きもかなり露骨でした。
富坂 中国は最近、香港デモのドキュメンタリーを放映しました。もちろん完全に中国視点で、2回目にはその裏側に誰がいたかを描いている。これまでアメリカに遠慮をして言わなかったのですが、デモに資金援助をしているのは、だいたいNED(全米民主主義基金)です。彼らとデモの首謀者が接触している写真や、銀行口座でいくら動いたかなどを暴露しています。民主主義を広めようというNEDは、CIA(米中央情報局)の別働隊みたいなもの。これを観ると、感傷的な日本の報道は子供の使いレベルだとため息が出ます。
佐藤 もちろんCIAはその活動は把握していて、あえて黙って勝手にやらせているところがありますね。
「双循環」とは何か
富坂 私は2016年末くらいから、中国は無用の摩擦や衝突を招かない方針に転換したと見ています。中国外交は「冒険主義」とか「戦狼外交」と言われますが、その頃から「核心的利益」という言葉をほとんど使わなくなっているのです。それが2019年の制裁関税戦争で、「脱米」という選択を本格的に考え始めた。その中国の考え方をコロナと大統領選挙が加速させました。
佐藤 中国はコロナで自信を持ちました。
富坂 アメリカとやっていくのは難しいとはっきり認識したのは、昨年1月31日のウィルバー・ロス商務長官の発言だと思います。まだコロナが中国だけに蔓延して混乱している最中に「サプライチェーンを見直すチャンスだ」と語ったのですね。つまりは中国を根本から排除する。これは、発展を第一に考える中国共産党にとって、もっとも言われたくないことで強い警戒心を呼び起こした。
佐藤 米櫃(こめびつ)に手を突っ込んでひっくり返してやるということですからね。
富坂 そこから華春瑩(かしゅんえい)報道官が、これまで遠慮していたアメリカの裏側をどんどん暴露し始め、楊潔チ(ようけつち)政治局委員はポンペオ国務長官に「政治屋」という言葉を使い、アメリカ攻撃のリミッターを外したのです。
佐藤 もっともコロナは世界に広がって、サプライチェーンはガタガタになりました。
富坂 自国内でコロナを収束させて、さあ輸出を再開しようと思ったら、世界中がダメになっていた。中国だけ立ち直っても輸出は回復しません。そこで中国は、輸出向けのものを国内に振り替えて売り出したのです。それが7、8割売れた。
佐藤 内需で吸収できたのですね。
富坂 また4月初めに武漢封鎖を解除した中国は、5月のメーデーの長い休みに合わせ、観光も再開させました。外国からの観光客がいない中、これも7、8割の水準まで戻しました。製造業もサービス業も国内で回していけることがわかったのです。
佐藤 つまり、アメリカなしでもやれるとわかった。
富坂 そうです。4年に1度の大統領選で大きく政策が変わるような不安定要素の多い国に、中国は左右されたくない。もともと長期計画の国です。そこで昨年5月14日の政治局会議で出てきたのが「双循環」です。国内と国外の両循環が相互に促進し合う発展構造を目指すことですが、状況に即して言えば、外需中心だったメインエンジンと内需の補助エンジンを入れ替えるということです。5月時点では観測気球的なものでしたが、10月の五中全会(党中央委員会第5回全体会議)と12月の中央経済工作会議で確定したと思います。
佐藤 一帯一路で外に伸ばし過ぎた経済戦略を修正するにも、コロナはいい機会なのかもしれません。
富坂 一帯一路は、発展途上国を借金漬けにする「債務の罠」などと言われますが、実際は債務不履行で中国の方が困っている。
佐藤 中国も、これほど返済が滞るとは思ってもみなかったでしょう。
富坂 だから、一帯一路はパキスタンなど重要な場所だけに集中させるような形で、これから全体を再構築しないといけないでしょうね。
佐藤 内需拡大は順調に進みますか。
富坂 内需の中心は個人消費です。中国は2007年に労働契約法を新たに施行し、労働者の待遇を改善しました。それが後に日本での「爆買い」にもつながったのですが、いま中国には中間所得層が4億人います。ここをどんどん増やしていく。
佐藤 それだけでも、ひと昔まえの地球全体と同じくらいの人口です。
富坂 しかも中国のGDPの内訳をみると、個人消費はまだ五十数%です。先進国は64~65%くらいで、アメリカなら72~73%です。だからまだまだ伸びる余地がある。
佐藤 もう中国全土で動き出しているのですね。
富坂 中国では、政策を一つ出すと、それが一気に伝わっていきます。これまではGDPを上げるとか、海外の企業をどれだけ誘致したかが政治家の評価でしたが、これからは国民一人一人をいかに豊かにしたかに変わります。党員は末端までみな出世したいと思っていますから、一丸となって取り組みます。ただそこには4割くらい嘘が混じる。でも6割が本当なら前に進みます。
佐藤 規模を考えれば、アメリカ抜きでもやっていけるかもしれません。ただ米中対立や国際的な批判には、価値観の衝突もあります。そこはどう考えているのですか。
富坂 しょうがない、と思っていますよ。アメリカは「経済発展をしても民主化しない中国に失望した」とよく言います。でも中国側から、発展したら西側的な民主化をすると言ったことは一度もありません。むしろ何度も「西側の考える民主主義は中国には合わない」「どこにでも当てはまる千篇一律の政治制度など存在しない」と言ってきた。
佐藤 確かにそうです。
富坂 私は「パイロット型」と呼んでいますが、飛行機に乗る時、操縦士にあれこれ口出しはしません。それと同じで、中国は一部のプロフェッショナルが牽引する政治体制です。民意をどうくみ取るかは別の問題で、専門家がさまざまな会議を通じて民意を吸い上げている。少なくとも経済はこのやり方で発展してきました。だから、いま中国は自信を持ち始めていると思います。
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