難解な謎解きの連続「天国と地獄」を解説 ようやく見えてきた脚本家のメッセージ
1月期の連続ドラマでダントツ人気のTBS「天国と地獄〜サイコな2人〜」(日曜午後9時)が、クライマックスを迎える。3月7日放送の第8話までは主に謎解きで見る側を楽しませたが、今後はテーマが鮮明になる。脚本を書く森下佳子さん(50)のメッセージとは何か。
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これまでは謎解きが中心だった。さらに綾瀬はるか(35)の華麗な男性役と高橋一生(40)の艶っぽい女性役が見る側を魅了した。綾瀬が演じる警視庁刑事・望月彩子と、高橋が扮する会社経営者の日高陽斗の魂が第1話で入れ替わってしまったのは知られている通り。日高には連続殺人の容疑がかかっている。
圧巻なのが脚本だ。さすがはTBS「JIN-仁-」(2009年)などの名作を書いてきた希代のストーリーテラー・森下さんである。その作品の特徴は軽快な物語にも骨太のテーマを織り込むところだ。
「天国と地獄」のテーマも重厚なものになるのは間違いないが、これまでの構成は複雑を極めた。なにしろ、やっとタイトルの意味が分かったのが第7話なのだ。
「天国と地獄」とは、彩子と日高の立場を指すと見られていたが、それだけではなかった。
むしろ日高と双子の兄・東朔也(迫田孝也、43)の関係のほうが「天国と地獄」だった。ダブル・ミーニングだったのである。
日高と東は二卵性双生児として母親・茜(徳永えり、32)から生まれた。だが、茜と兄弟の実父・東貞夫(浅野和之、67)が離婚したことから、兄弟の半生は明暗がくっきりと分かれる。
茜は日高を連れ、再婚。その相手の日高満(木場勝己、71)は働き者で血縁のない日高にも愛情を降り注いだ。お陰で日高は何不自由ない生活を送り、米国留学もさせてもらう。その後、創薬ベンチャー企業「コ・アース」を起業し、成功。天国のような半生だった。
片や実父の貞夫に育てられた東はというと、貞夫が「四方」という男に騙され、巨額の負債を背負ったため、幼いころから極貧暮らし。自分の足に合う運動靴すら買ってもらえなかった。地獄だった。
なぜ、日高は茜が引き取り、東は貞夫と暮らしたかというと、もともとは名家の東家が、跡取りとして長男を欲しがったから。兄弟は紙一重の差で運命が分かれた。
兄弟は最近になって再会。東がコ・アース社の清掃員になったからだろう。居酒屋で酒を酌み交わした。
だが、再会劇が穏やかに終わることはなかった。第8話の日高の回想シーンによると、東は日高の胸ぐらを掴み、「おまえが15分先に生まれてくりゃ、おまえの人生は俺のものだったんだよ!」と怒声を上げた。
日高は東が辛酸を舐め続けてきたことを知る。身を切られるような思いだったはずだ。子供のころに東がノートに書いた走り書きを、いまだ大切に持っていたほど兄を愛おしく思っていたのだから。
切ない物語になった。森下さんは2人を通し、肉親愛とは何かを問い掛けているのではないか。
おそらく日高は連続殺人に直接関与していない。だが、社会的地位がありながら、東の犯行を隠していたのは間違いない。それは兄に辛苦の日々を味合わせた贖罪心が理由だろうが、それより大きいのは肉親愛であるはずだ。
第1話でのパチンコ会社社長・田所仁志殺しの現場近くには日高がいた。東が作った殺人リストを持ち、犯行におよぶと知っていたからにほかならない。第3話でゴルフ場開発業者の四方忠良が殺された時もそう。東の犯行を知り、止めようとしたのだ。
はっきりしないのはここから。日高が殺害現場で証拠隠滅を行ったかどうか。2人の殺害現場はコ・アース社の特殊洗浄剤で掃除されていた。この洗剤は兄弟ともに入手可能なので、どちらが掃除したのか分からない。
もっとも、第8話で露見した警備会社社長ジュニアの久米幸彦殺しでは、現場の掃除が行われていなかった。犯行は日高が久米正彦社長宅にいた夜に起きた。だから、証拠隠滅が出来なかったのか……。もし、日高が掃除をしていたのであるなら、東の逮捕を避けたかったのだろう。
東は膵臓を患い、彩子の同居人である便利屋の陸(柄本佑、34)に「俺は余命3カ月」と打ち明けている。日高も余命が短いことを知っている。だから東の犯行を食い止め、逮捕も免れさせたいのだ。
それは第8話で日高が東の自殺を偽装したことでも分かる。彩子から偽装がバレた後のことを問われると、「大丈夫ですよ、問題なのは少しの時間なんですから」と答えている。連続殺人犯として死なせたくないのだ。
このドラマは世界的巨匠である故・黒澤明さんの名画「天国と地獄」(1963年)へのオマージュだろう。
映画を振り返ると、母子家庭に育ち、貧しい生活を送っていたインターン生(診療実施修練生)の竹内(山崎努)が、目の前の高台に立つ豪邸の住人・権藤(故・三船敏郎さん)の子供を誘拐する。権藤は靴会社の重役である。
実は子供は、住み込みの運転手の子供だったが、権藤は見殺しにすることが出来ず、身代金3000万円を払う、一方、竹内は共犯者2人を殺した後、逮捕される。
貧困が生んだ犯行だった。竹内は死刑が決まった後、権藤にこう告白する。
「私のアパートの部屋は、冬は寒くて寝られない。夏は暑くて寝られない。その3畳間から見上げると、あなたの家は天国みたいに見えた。毎日毎日見上げているうち、だんだんあなたが憎くなってきた」
インターン生は現在の研修医とは似て非なるもので、無給。これを1年経験しないと、医師国家試験を受けられなかった。酷い制度で、1960年代の学生運動を激化させる大きな理由となった。
また、当時は高度成長の恩恵にあずかれなかった人の貧困が問題化していた。深刻な格差が生まれた。生活保護の受給率は約17%に達し、未成年犯罪の約6割は経済的に困窮している少年によって起こされていた。黒澤作品は単なる娯楽作ではなかった。
高度経済成長期末期の1970年代は1億総中流の意識が高まったものの、2000年代以降は再び格差社会に。子供の7人に1人は貧困とされている。先進国で最悪だ。親から子供への貧困の連鎖も指摘されている。
森下さんは映画と同じく、格差問題にも一石を投じたいと考えたのではないか。日高と東と同じく、双子であろうが、親の収入で人生には大きな差が付くだろう。そんな社会はあまりに理不尽だ。
森下さんは「善と悪とは何か」も問い掛けている。四方忠良は東の父・貞夫を騙し、久米幸彦は自分のミスを東に押しつけた。
ともに悪だが、法では裁けない。そこで森下さんは法をくぐり抜ける悪人を殺すよう指令を出す謎の人物・ミスターXを登場させた。ただし、こちらも悪人なのは言うまでもない。
すると、東を苦しめた悪にはどう対処したら良いのか。森下さんはXが現れずに済む社会を、一人ひとりが善になることによってつくるべきだと静かに訴えるのではないか。
Xはどこに潜んでいるのか。法で裁けない悪を憎んでいるのだから、警視庁内にいるはずだ。警察は逮捕権こそあるが、検事でないと起訴できない。
Xの指示で3年前に殺されたのが、法務省官僚というのが意味深である。同省には検事たちが所属する。悪党を起訴しなかったから殺されたのか。
これまでに張られた伏線の一部がまだ回収されていないものの、最終回までに全て決着するのは間違いない。
例えば第2話で日高は、彩子と入れ替わるや「どこまでツイているんですかねぇ、私は」と喜んだ。この言葉がずっと謎だったが、既に回収された。東を庇うためには警視庁に潜り込んだほうが好都合だったのである。
第8話で久米幸彦には父親の正彦に犯罪を揉み消してもらった過去があるという伏線が新たに張られた。終盤のカギだろう。