V字回復の鍵は社員の「意識改革」――宮原博昭(学研ホールディングス代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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学研が開拓したサ高住

宮原 弊社の基本にあるのは、完全にお客様目線で物を作っていくことです。しかもそれをゼロから作りあげ、採算を度外視して、いいものを作ろうとする。この3点が学研らしさだと思います。

佐藤 もう一つの柱は福祉です。いつの間にか学研を支える事業になっていることに驚きました。

宮原 これは「学習」「科学」の営業チームの新規事業です。どちらも最初は学校で販売していましたが、やがて個々の家を回って販売する直販方式となり、最後は書店で売るようになりました。私もずいぶんやりましたが、毎年春になると新1年生の名簿を手に入れ、各戸を回って営業する。するとご両親は仕事でいなくて、だいたい祖父母が出てくるんですね。親しくなると「お茶でも飲んでいって」ということになる。そこで話を聞いていると「息子や娘の世話にならず、この地域で、年金で暮らしていける場所が欲しい」と相談されることが度々あったのです。

佐藤 なるほど、足で稼いで生まれた新規事業なのですね。

宮原 そこでウェルネスの部署を立ち上げ、それが弊社のサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)「ココファン」になっていきます。特養(特別養護老人ホーム)や老健(介護老人保健施設)は倍率が高く、簡単には入れません。また有料老人ホームには数千万円のお金がかかったりします。普通の高齢者が入れる施設があまりなかったのです。

佐藤 いま、どのくらい数を運営しているのですか。

宮原 ココファンは150カ所以上あります。サ高住は弊社が開拓した分野で、それは訪問販売の最後のあがきの中で見つけてきたビジネスです。「学習」「科学」は赤字になっていきますが、その人件費はここで賄えることになりました。

佐藤 訪問販売営業の人たちが担い手になっていったのですね。

宮原 赤字部門を止めても、人は残ります。その人たちを切るのは簡単ですが、私は人のつながりの中で事業を発展させていきたい。その展開においても、これまで出版事業があって、その出版物に先生をつけるという形で、学研教室ができました。それがさらにオンラインの学習システムである「Gakken ON AIR」へとつながっていきます。

佐藤 この福祉事業からも新事業へと延びている。

宮原 元気なうちはサ高住に住めますが、5人に1人以上は認知症になります。すると認知症のグループホームが必要になってくる。そこで2018年に「メディカル・ケア・サービス」をM&A(買収)しました。また、島根大学や島津製作所などと共同で、認知症の早期発見・予防法の開発を始めました。そうやって、教育という根っこからツリー状に事業を広げていくことを強く意識しています。

佐藤 それは学研のツリーであると同時に、この日本のツリーにもなりますね。教育にしても福祉にしても、日本が抱える大きな課題です。だから意図せずとも、問題解決型の企業になっていく。

宮原 常にライバルとしてあるのが、民間企業ではない学校法人や社会福祉法人などです。そこへ株式会社として事業を拡げていくことは、しんどいと言えばしんどい。でも国がすべて面倒を見たり背負ったりすることはできませんから、私たちは民間企業として、その分野を支えていく。教育なら公教育に寄り添いながら、公教育を上回る世界レベルの人材を育てられるようにしていきたいですね。

佐藤 今後はこの二つに加えて保育を第3の柱にされるそうですね。

宮原 令和元年10月からの幼稚園・保育所無償化を受けて、本格的に参入しました。昨年は小学館アカデミーの一部事業を譲渡していただきましたし、今年は全国300カ所以上で保育所・放課後児童クラブを運営するJPホールディングスの株式を30・86%取得しました。

佐藤 保育園をどう変えていきますか。

宮原 待機児童の問題は解消されていませんし、保育士の労働環境の整備なども必要です。そうした課題を解決していきつつ、児童福祉施設である保育園でも、幼稚園と遜色のない幼児教育プログラムを導入していこうと考えています。

佐藤 そこは学研の強みですね。

宮原 本来、幼児教育は義務教育化した方がいいと思っています。少なくとも年長児からはただの保育でなく、幼児教育をやっていかないと、世界に出ていくような人材が出てこない。それには絵本や出版物だけでは十分に対応できません。幼稚園や保育園で、躾(しつけ)も含め、幼児教育をしっかりやって小学校につなげるのが望ましいと考えています。

佐藤 これまで保育園は、お寺や教会などが数多く運営していました。

宮原 そうですね。あとは社会福祉法人です。カトリックの保育園などは、躾も含めて教育的な面も強かったのですが、近年、だんだんとただの保育に変わってきた印象があります。だからいまこそ保育園での幼児教育が必要だと思います。

5つの柱で1兆円企業へ

佐藤 新型コロナの影響はいかがですか。

宮原 昨年、3カ月ほど学校休校がありましたね。その時、民間の塾の上位30社が総務省に呼ばれ、塾も閉めてほしいと要請されたんです。これに応じなかった塾もありますが、弊社は休みにしました。その損失が12億円ほどに上りました。

佐藤 ものすごく大きな額ですね。

宮原 ただそれよりも怖かったのは、介護施設での感染です。手指消毒はもちろん、面会をご遠慮いただいたり、また新規募集を延期したりして、さまざまな対策を講じました。どの施設もクオリティは高いので、いまのところは他社に比べ、軽微な影響ですんでいます。

佐藤 出版物では巣ごもり需要もあったのではないですか。

宮原 はい。児童書や総復習をする小中学生向け学習参考書などは、ちょうど改訂期だったこともあり、たいへんよく売れました。

佐藤 それである程度バランスがとれた。

宮原 学校がダメなら家庭でカバーし、子供がダメなら高齢者でカバーする。こうした状況の中でも補い合うように、事業を意識して組み立てています。ただ、やりきれていないのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)と海外でのカバーですね。このコロナ禍を受けて、もう一度、これらの分野は10年前にやった以上に改革していかないといけない。

佐藤 これから10年後の会社をどんなふうにイメージされていますか。

宮原 社長になった時、社員を集めて「10年後には本社がロンドンにあって、社長は女性というような会社を目指す」という話をしたんですよ。いまだに自分が社長を続けているわけですが(笑)。

佐藤 グローバル企業化ですね。

宮原 いま社内で目標として示しているのは、5本の柱を作って、それぞれが2千億円を売り上げ、1兆円企業を目指すというものです。教育では、英語など各種資格試験のCBT(コンピュータ・ベースド・テスティング)を運営しているピアソンVUEのように、さまざまなテスト事業をアジア全域で展開したい。また福祉の方は今後、認知症患者が950万人になるという試算がありますから、その分野を伸ばしていく。新たな柱としての保育、幼児教育もどんどん進めます。そしてそれらの領域をDXとグローバル化でさらに広げていく。

佐藤 宮原さんの言葉には勢いを感じます。

宮原 あと4、5年は軽く増収増益できる準備ができています。それをさらに続けて、10年後には、この社会に絶対なくてはならない会社になりたい、と思っています。

宮原博昭(みやはらひろあき) 学研ホールディングス代表取締役社長
1959年広島県生まれ。防衛大学校卒。83年西日本貿易に入り、86年に地域限定社員として学習研究社神戸支社に入社する。98年西日本統括事務局長(学研教室統括)。2003年本社学研教室事業部長、07年執行役員、09年取締役、10年学研塾HD社長、学研エデュケーショナル社長、学研教育出版社長を歴任し、同年12月より現職。

週刊新潮 2021年3月4日号掲載

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