「具志堅用高」の強さを作った卓球と釣り 競技歴3カ月で才能が開花(小林信也)
「中学を卒業するまで、格闘技は見たことがなかった。石垣島はNHKだけ、民放テレビがなかったからね」
1955(昭和30)年に沖縄・石垣島で生まれた具志堅用高は言った。
「沖縄本島の興南高校に進んで野球部に入った。シートノックは受けたけど、『使い物にならない』って追い返された。小さかったからね。身長は160センチ、体重は50キロなかった」
野球は中学で2年間経験があった。
「ずっと補欠。野球部では声ばっかり出してた」
それでも高校でまた野球部を志したのは、お金の稼げるスポーツといえば野球だったからかもしれない。
「小学校のとき、『将来はスポーツで一番になる』って、決めたんだ。幼稚園のころから走るのが好きだった。運動会のかけっこは負けたことがない。勝つと両親が喜んでくれた。親が喜ぶ顔が見たくてねえ。普段はやんちゃで、迷惑ばっかりかけてたからさ」
小学生のころから「家の前の砂浜でダッシュを繰り返していた」。一方「深夜まで家に帰らなかった」とも言う。
「海、釣り、山……。石垣島は自然がいっぱいでさ、遊びに夢中だった。釣り道具なんかもみんな手作りで、えさをつけたら目の前の海でたくさん釣れた。スミイカ、美味しかったなあ。イカ汁にしてもらってねえ。アジやヒラメ、サヨリも獲れた。ウニ、貝、岩海苔、サンゴ礁の周りでいろんなものが穫れた。後で考えれば、自然な環境で、ボクシングに通じる要素が全部身についたんだね」
高1の9月に入部
「中学3年のとき、野球をやめて卓球部に入った。卓球は楽しかったなあ。動きが激しいからね。自分に合っていた。腰を落として、肩を回す。ほら、ボクシングの動きそのものなんだね」
具志堅が卓球のスイングをして見せた。確かに、ラケットをグローブに替えれば、卓球の動きはボクシングのフックに見える。
総合格闘家の那須川天心が具志堅に教えを乞う動画を見たことがある。フックの打ち方を習いたいという那須川に、具志堅が自ら動きを示して教えていた。
「パンチを打つときは肩を回転させる」
それはまさに卓球の動きに通じる。でもなぜ卓球を続けなかったのか?
「新しいものをやりたいと思ったから」
具志堅は曖昧に笑った。そして、友だちに誘われてボクシング部の門を叩いたのは、高1の9月だった。
「最初はジャブからストレートの練習ばっかり。その後、先輩とスパーリング。2年生は強かった。もう痛くてさ。フラフラするし、頭痛いし、鼻血も出る。でも、3カ月で目が醒めた。11月の沖縄県新人戦で決勝まで行ったんだよ」
当時、最軽量のモスキート級には50人くらい選手がいた。その激戦を競技歴わずか3カ月の具志堅が勝ち抜き、準優勝を飾った。
「試合に勝ち続けるのが面白かった。がんばれば一番になれると思った」
沖縄本島には民放の放送があった。テレビの中で、世界フライ級チャンピオンの大場政夫が輝いていた。
「大場さんの写真を切り抜いて生徒手帳にはさんでた」
ボクシングに目醒めた具志堅は、2年夏には県予選に勝ち、インターハイに出場。3年のインターハイでは全国優勝を飾った。
高卒直前、拓殖大の入学手続きで上京した時、輪島功一の防衛戦に誘われた。
「初めてプロのボクシングを生で見た。千駄ヶ谷の東京体育館。もう満員でさ、ボクシングでこんなに人が集まるんだとビックリした。輪島さんがカエル跳びを仕掛けるとワーッと喜ぶ。輪島さんのパンチはどこから出るかわからない。プロは自由でいいなあと思った。輪島、好きだった」
具志堅が夢見るような顔でつぶやいた。
「アマチュアではね、あちこち打ちたい気持ちがあるのに怖くて打てないのよ。左右のフックを打つとすぐオープンブローで注意される。アッパーでボディを打ってもオープンブローを取られる。だから、ジャブとストレートを数打ちゃいいって感じだった」
抑圧を感じていた具志堅の目の前が広がった瞬間でもあった。拓大に入るつもりで上京すると、羽田空港で待ち構えていた協栄ジムのマネジャーに強引に連れられ、プロ入りした逸話は有名だ。それも具志堅の運命だったのかもしれない。
デビューから連戦連勝。
「でもフライ級では体のハンディがあった。もう一つ階級が増えると聞いてまた目が醒めた。オレのためにできた階級だと思った」
新設されたジュニアフライ級に転向し、9戦目で世界挑戦のチャンスをもらった。
「相手がグスマンと聞かされたときは無理と思った。1ラウンドKOを何度もしている強い選手だからね」
しかし、具志堅は7回KOで勝ち、王者に就く。そして、13回の防衛を重ねた。
「7、8、9回目の防衛戦が最高だった。相手の動きがスローで見えた。パンチが全部読めるんだなあ。距離感が体でつかめる。足を踏み込めばもうパンチが入っていた。大事なのは足の親指だ。親指で踏み込む、親指で回る」
天才的な感性。具志堅の熱さは、いまも変わらない。