「草笛光子」が明かす「新宿コマ劇場」伝説 「せり上がった舞台から降りられなくなって」

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 かつて“演歌の殿堂”と親しまれた「新宿コマ劇場」は2008年、52年間にわたる歴史にピリオドを打った。オープンは1956年12月で、開館の翌春には「第1回新宿コマ・ミュージカル」が上演されている。その記念すべき初舞台に出演したのは草笛光子さん(87)。現在、テレビドラマ「その女、ジルバ」(東海テレビ・フジ系)でバーのママを演じる彼女が、往時を振り返った。

(「週刊新潮」創刊65周年企画「65年目の証言者」より)

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 劇場の名は、円形の舞台が回るコマに似ていたことから名付けられた。57年4月に始まった第1回の公演は「コマ・スペクタクル 廻れ!コマ」「コマ・ミュージカル 葉室烈人(ハムレット)の恋」の2本立てで、当時の新聞広告には、

〈世界最初の円形劇場〉

〈回転昇降のコマ舞台〉

 といった惹句が並んだ。配役には榎本健一、トニー谷、益田喜頓に古川ロッパと、当代のコメディアンが揃い踏み。女優陣も草笛さんのほか宮城まり子、扇千景らが舞台を彩ったのである。ちなみに料金は「自由席150円」だった。

 草笛さんは50年にSKD(松竹歌劇団)に入団し、4年後に退団。この公演当時は映画出演を重ねており、「歌える女優」としての地歩を固めつつあった。ご本人によれば、

「珍しい形の劇場ができ、その初公演でハムレットをやることになりました。演出は菊田一夫先生で、ハムレットと(恋人役の)オフィーリアは2組が演じました。エノケンさんと宮城まり子さんのコンビと、もう一組が山田真二さんと私の組でした」

 が、何しろ初物尽くし。最初はハプニングの連続だった。

「回りながら上がっていく舞台なんて初めてだったから、いろいろなことが起きましたよ。暗転の時、大道具さんが道具を持って引っ込むのですが、その際に装置の間に足を挟んでしまったり、機械の動きとお芝居のタイミングが合わず、私が歌っている時に『痛い痛い!』って声が聞こえたこともありました。周りがざわついていたのは聞こえていましたが、上演中だし、そのまま歌わざるを得ませんでした」

 草笛さん自身も、アクシデントに巻き込まれたことがあったという。

「舞台がせり上がったまま、そこで止まったことがあって、私は上に乗ったままになってしまいました。で、いったん幕を閉め、急いで梯子を持ってきて、何とか地上に降りられたのです。手作業で幕を動かすのとはまるで違い、相手は機械ですからね。プッシュボタン一つでもタイミングを計るのは大変だったはずです」

 裏方だけでなく、出演者もまた右往左往しながら“未知の舞台”を作り上げていったというのだ。

安部公房も野間宏も

 世にも珍しい回転舞台が、世間の関心を大いに惹いたのは言うまでもない。

「初日には、安部公房さんや野間宏さんも観にいらしてくださいました。お二人とはもともと『零の会』という集まりでご一緒していたのです。芥川さん(元夫の芥川也寸志氏)や宮城(まり子)さんらとともに、月に1回ミュージカルについて語り合うお仲間だったのですが、終演後に新宿の料理屋で待っていてくださって。私は興味津々のお二人から『舞台はどうだった?』と、質問攻めにされたのです」

 さらには、

「志賀直哉さんもお見えになっていたと記憶しています。劇場側がいろいろな方をお招きしたのでしょうが、演劇を制作したり脚本を書いたりする方からすれば、それほど興味をそそられる劇場だったのだと思います」

 草笛さんはその後、64年には同劇場でブロードウェイミュージカル「努力しないで出世する方法」にも出演した。

「その頃、私はニューヨークに通って本場の舞台で音を聞いていました。現地ではマイク越しかどうか分からないほど明瞭に聞こえるのですが、コマでの音響は全然違うとすぐに分かり、これは大変だと思って音声さんに“この音を出してください”と、生声で歌って聞かせたのです。生意気だったなあと思いますが、それほどあの大きな劇場でミュージカルを演じるのは大変だった時代でしたから、つい自ら前面に立ってしまった。それもこれも、主演の九ちゃん(坂本九)と一緒に細やかな芝居をして、ブロードウェイに近づきたいと思う一心からでした」

 70年にわたりミュージカルと向き合ってきた草笛さんは、公開予定の映画「老後の資金がありません!」で浪費家の姑を演じている。

「私にしては珍しくおかしな役で、イメージが変わっちゃうと思いますよ。でも、好きなことやってさよならしたいから、気取ってなんていられませんよ」

 そう、泰然と言い切るのだった。

週刊新潮 2021年2月25日号掲載

特別記念ワイド「65年目の証言者」第3弾 より

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