仕手戦乱舞の中で覗いた超金融緩和「爛熟の大混乱」

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「気をつけるがよい、3月15日を(Beware the Ides of March.)」(シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』第1幕第2場/新潮文庫版)

 2月末の世界の金融・株式市場を襲った突然の春の嵐。前日の米国株安に引っ張られて、2月26日の東京市場で日経平均株価は1200円あまり下落した。4年8カ月ぶりの下げ幅に、30年半ぶりの3万円回復を寿いでいた空気は、冷水を浴びせられた。

 突然の、と挨拶代わりに記したが、実は突然でも何でもない。シーザー暗殺の3月15日を本人に警告した占師のようなシグナルは、繰り返し発せられていた。年明け以降、2月末までの世界の市場の雰囲気はあたかもシェイクスピア劇のようだった。

 シーザー「3月15日が来たな」

 占師「はい。でも、まだ終りはいたしませぬ」(第3幕第1場)

 しからば占師とは誰か。ジェローム・パウエル議長の率いる米連邦準備理事会(FRB)だったのである。というと、パウエル議長はジャネット・イエレン米財務長官と組んで、金融緩和の長期化をうたっていたはずではないか、との反論が返ってこよう。

 だが、金融緩和の長期化の誓いは、株式など資産価格が天井知らずで上昇することに対するお墨付きではない。論より証拠。1月26~27日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、FRBスタッフは金融市場と金融システムについて、こんな評価を披露している。

「米金融システムの脆弱性が著しい(notable)」

「資産評価の圧力が高まった(elevated)」

不穏な長期金利上昇と「バブルの芽」

 コロナ禍対策としての空前の財政支出と金融緩和が合わさって、至る所にバブルの芽が広がり、金融システムにとって時限爆弾になりかねない。警戒感が如実に表れている。具体的には社債の利回りが低下し、株式のリスク感覚が鈍化し、不動産価格が上昇している。

 1月27日時点のニューヨーク・ダウ工業株30種平均は3万303ドルと、3万ドルの大台に乗せている。その後も株価はじりじりと上昇を続け、2月24日には3万1961ドルの最高値を更新している。

 その後を追うように日経平均も上昇し、2月15日には3万84円と、30年半ぶりに3万円の大台を回復した。ニューヨーク・ダウの3万ドルが日経平均の3万円の先導役であるかのように、米国を起点に世界的に資産評価の圧力が一段と高まったのである。

 株価ばかりでない。ビットコインに代表される暗号資産(仮想通貨)も乱舞した。1月27日には3万404ドルと、不思議な3万つながりとなっていたビットコインは、2月22日には5万7433ドルまで上昇した。6万ドルが指呼の間となっていた。

 FOMCの議事要旨が公開されたのは2月17日。世界の市場参加者たちは、FRBスタッフの懸念など見て見ぬフリをするかのように、カネ余りという流動性の宴を楽しんでいたことになる。だが債券市場だけは信号を無視するかのような宴に冷水を浴びせた。

 これまた米国を起点にした長期金利の上昇である。10年物米国債の流通利回りをみてみよう。国債は政府による借金の証文であり、毎年金利の支払いを約束する。国債の利回りは預金や住宅ローン、企業の借り入れや社債発行など、世の中の金利の基準になる。

 昨年、中国から世界中に広がったコロナ禍が、この国債利回りを空前の水準まで押し下げた。ロックダウン(都市封鎖)で各国の経済活動がマヒ状態となり、経済がマイナス成長、物価もマイナスとなるなか、体力と体温の低下を映すかのように、金利がゼロないしマイナスとなった。

 金利がマイナスとなるのは、おカネを貸しても利息が入ってこないどころか、貸し手から借り手に追い銭を払うような状態である。不況でおカネの借り手がいなくなり、事態を放置すれば大量の倒産と失業が、人々を奈落の底に落としかねないところだった。ロックダウン・リセッションである。

 そうした事態を食い止めようと、米国を筆頭に各国が打ち出したのは、積極財政と金融緩和だった。当然、財政赤字は膨らみ、借金の証文である国債の発行は増える。その国債を青天井で買い支えたのは、FRBなど中央銀行である。かくして世界経済は土俵際で踏みとどまった。

 国債の利回りがゼロないしマイナスになるなか、大量にばらまかれたおカネが向かった先が株式市場だった。ところが景気対策の甲斐あって経済が上向きだすと、マネーの舞台が回りだす。債券の買い手はより高い金利を求めるようになり、国債の利回りにはジワジワと上昇圧力がかかる。

 10年物米国債でみると、年初には1%を下回っていた流通利回りは、2月25日には1.61%と1年ぶりの高水準となった。日本10年物国債も、金利というにはおこがましいが、流通利回りは2月26日には一時0.175%と、2016年に日銀がマイナス金利政策に踏み切る前の水準まで戻った。

 金利上昇は他の条件にして一定ならば、株式市場にとって不利に働く。それはそうだろう。国債から得られる利回りの方が、株式の配当から得られる利回りより高いなら、株式を持つより債券を持つ方が得になるからだ。もちろん株式から得られるのは配当収入(インカムゲイン)だけでなく、株価の値上がり益(キャピタルゲイン)もある。

 金利が上昇してもしばらくのうちは、株価の値上がり益を狙うマネーゲームが繰り広げられる。だがこのマネーゲームは誰かにジョーカーを引き取らせようとするババ抜きにほかならない。ゲームの参加者たちはリスクに見合った値上がり益を確保したいという衝動に駆られる。かくて日々の乱高下の幅は拡大する。

 そのマネーゲームを象徴するのが、ロビンフッダーと呼ばれる米国のスマホ投資家たちだった。株式投資のアプリであるロビンフッドを取引の舞台にすることから、その名が付いた。彼らロビンフッダーとヘッジファンドが正面からぶつかり合い、ロビンフッダーが勝利を収めた。

 決戦の舞台は斜陽となったゲーム小売販売店のゲームストップ。ゲームストップ株にロビンフッダーが集中的な買いを仕掛け、空売りしていたヘッジファンドは損切りの買い戻しを余儀なくされた。ユーチューバー、キース・ギル氏(34)が買いを煽り、昨年末には20ドルに満たなかったゲームストップ株は、1月27日には350ドルに迫った。

「ビットコイン価格変動リスク」を負うテスラ株とS&P500

 昨年の大統領選挙では、SNS(交流サイト)を使った若者たちの政治活動が、左派のバーニー・サンダース上院議員らの追い風となった。ロビンフッダーが集う米国版5ちゃんねる、レディットの書き込みも、20代から30代の若い世代が目立つ。

 両者の相似形を見て取ったアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員ら民主党左派も、ロビンフッダーの後押しをしている。ただしSNSを利用する点で新しいようにみえて、ロビンフッダーたちの投資手法は、昔ながらの仕手戦そのものである。

 業績が不振の銘柄で空売りの多いものに目をつける。資金力にモノを言わせてその銘柄に買いを「全集中」させる。空売りで売れる株には限度があるので、需給関係から買いの優位に持ち込む。空売りは買い戻しの期限があるため、株価をつり上げて売り方を締め上げる。

 ロビンフッダーたちは、劇場運営のAMCエンターテインメント・ホールディングス、携帯電話のブラックベリーなどに標的を移した。いずれも業績不振を絵に描いた銘柄で、空売りの締め上げが定番である。幽霊の正体見たり、枯れ尾花。仕手本尊の姿は見えたが、SNS仕手戦はなかなかゲームオーバーとならない。

 ひとつ興味深いのは、ゲームストップ株が急騰しロビンフッダーが勝利の美酒を味わう局面で、全体の株式相場がいったんかなりの調整に見舞われたことだ。業績の裏付けを伴わない仕手株が乱舞するのは、かなり危ういぞ。長期金利の上昇が顕著になる前から、一般投資家はそんな居心地の悪さを感じだしていたのかもしれない。

 よく似た居心地の悪さは、電気自動車のテスラの創業者、イーロン・マスク氏とビットコインの間にも感じられる。ビットコインが一時6万ドルに迫ったのも、元はといえばテスラ社がビットコインを大量に取得した、というマスク氏の「仮面の告白」がきっかけである。

 GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)と並ぶハイテク企業の雄、テスラ。株式時価総額でトヨタ自動車を遥かに凌ぐ同社のマスク氏が、ビットコインにお墨付きを与えたことで、多くの投資家が提灯買いに走った。

 さすがに英紙『フィナンシャル・タイムズ』は「テスラのビットコイン購入は投機的奇策」(2月9日)、「テスラ、暗号資産投資の愚行」との記事(2月14日)を掲げた。全く同感だったので、『日本経済新聞』(電子版)に若干のコメントを加えてみた。再掲させて頂きたい。

「ビットコインがテスラの決算に及ぼす影響が注目されます。

 ①評価額が下落した場合はその分を利益から差し引く必要がある。

 ②逆にビットコインが値上がりしても利益に繰り入れることはできない。

 ③売却して初めて売却益を計上することができる。

 記事はそう指摘しますが、その先には重要なオマケがあります。

 ④テスラをハイテク株と思って購入した投資家は、ビットコインの価格変動リスクを負うことになる。

 ⑤テスラはS&P500の人気銘柄なので、S&P500までがテスラ株を通じてビットコインの価格変動の影響を被る。

今は暗号資産ブームですが、宴の後にも思いを巡らした方がよいと思います」(2月12日)

「テスラとビットコインについていえば、ビットコインのマイニングの消費電力量が人口約2000万人の南米チリの年間消費量に等しい、との試算にビックリです。しかも環境に優しいとはいえない石炭火力を用いて、イランや新疆ウイグル自治区など人権問題を指摘される国・地域でマイニングされている、というのですから何をかいわんやです。

 そうした現実にほおかむりするように、テスラは株式市場の人気銘柄です。一方、ビットコインの価格は初の600万円乗せを果たし、時価総額は1兆ドルに達しました。ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)を唱える投資家たちの物差しは如何に?」(2月22日)

1.9兆ドルの新型コロナ対策で長期金利はどうなる?

 さて流動性の宴は2月末の株価下落でゲームオーバーとなるか? 恐らくゲームは続くだろう。イエレン財務長官が「高圧経済」を唱え、パウエル議長の率いるFRBも足並みをそろえているからだ。米経済をコロナ前の元の成長軌道に戻すためには、雇用の最大化に力点を置き、物価上昇率が一時的に物価目標の2%を上回るのも容認する――構えだからだ。

 イエレン長官は就任に際して議会公聴会で「Act Big」と強調した。「大きくやろう」、「カネに糸目をつけるな」という意味である。折しも米下院は2月27日、1.9兆ドルの追加の新型コロナ対策法案を、民主党単独で可決した。上院も3月中旬までに可決する見通し。

 景気回復局面での追加経済対策はいきおい長期金利の上昇を招くが、前FRB議長のイエレン氏はパウエル氏とツーカーの仲。米長期金利が2%台に乗せる大台替わりとなるような局面では、金利上昇抑制に動くだろう。

 仮に長期金利上昇の抑制に失敗すれば、文字通り「お前もか、ブルータス?」である。だが経済がコロナ禍の後遺症を引きずるなか、インフレが懸念だけで終わるならば、金利上昇も春の嵐で終わるはずである。こうして内外の投資家たちは、金融引き締めさえなければ、バブルは終わらないと読む。

 もちろん日本の経済や株式市場も「ふたりのビッグショー」の手のひらの上にある。

滝田洋一
1957年千葉県生れ。日本経済新聞社編集委員。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」解説キャスター。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了後、1981年日本経済新聞社入社。金融部、チューリヒ支局、経済部編集委員、米州総局編集委員などを経て現職。リーマン・ショックに伴う世界金融危機の報道で2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。複雑な世界経済、金融マーケットを平易な言葉で分かりやすく解説・分析、大胆な予想も。近著に『世界経済大乱』『世界経済 チキンゲームの罠』『コロナクライシス』など。

Foresight 2021年3月2日掲載

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