なぜ若い女性が「赤線地帯」に興味を持つのか 「カストリ書房」店主が明かす
人類最古の職業である“売春”は、戦後も「赤線」として半ば公認されてきた。が、自民党は1956年、夏の第4回参院選に向けて女性票を取り込むべく、売春防止法の成立を推進した。法案は5月に国会に提出され、同月下旬に可決。翌年4月1日には施行されたのだが“浮世の徒花”となった赤線地帯はその後、どんな変遷をたどったのであろうか。
(「週刊新潮」創刊65周年企画「65年目の証言者」より)
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56年5月8日号の本誌(「週刊新潮」)には、売春防止法の成立に反対する業者組織が、道ゆく人々にビラを撒いたという記事が掲載されている。そのビラの内容は切実であり、記事から引用すると、
〈赤線女性に同情して下さい。赤線で働く私達の救済は空念仏より現実に。社会から白眼視されている私達女性は全国で十万人。私達が抱えている扶養家族は五十万。戦争未亡人の二〇%が遺児をかかえて、私達の中にいます。この不幸な私達女性を一片の法律でマッ殺するとは、余りに血も涙もない。正しく生きる道を保証して下さい〉
当時の厚生省のデータによれば、全国に赤線は1176カ所あったという。その名称は、戦後の売春宿を警察が地図上に赤い線で囲ったことに由来するといわれる。
風俗文化研究家で東京・吉原の「カストリ書房」店主の渡辺豪氏によれば、赤線は、その成り立ちから2種類に大別されるという。
「戦前に遊郭といわれていた公娼街と、非合法だったけれど黙認されていた私娼街です。この二つが戦後に赤線としてひとくくりにされたのです」
公娼街は明治の中頃以降、風紀の問題で都市の中心部から切り離され、当時の郊外に置かれるようになった。そのため売春防止法の施行以降は、多くが住宅街に転じていったという。
「吉原や大阪の飛田新地、あるいは名古屋の中村など、大きくて有名だった赤線は今も風俗街として残っていますが、これらはごく一部の例外です。一方、私娼街から赤線になった場所は、人の流れが多いエリアにあったため、売春防止法の施行以後は繁華街となり、都市に埋没していきました」
いまや「観光資源」に
渡辺氏によれば、赤線はその後も“裏風俗”という呼び名の性風俗店として、2000年くらいまでは全国各地にその名残が点在していたといい、
「北九州の小倉や若松では、かつての赤線が仕舞屋(しもたや)で売春営業をしていました。夜になると建物の外にやり手婆が座って声をかけてくる。都内でも数年前までは、吉原にパンマと呼ばれる裏風俗が残っていました。パンパンとマッサージを足して略した言葉で、古い旅館に入ると“マッサージさんを呼びましょうか”と聞かれるのです。お願いすると女性が現れ、買春をする流れになっていたのですが、今はそんな裏風俗もなくなってしまいました」
それでも、かつての“名残”を留める場所はあるという。都内では、永井荷風の『墨東綺譚』にも登場する、戦前は私娼街で戦後に赤線となった玉の井(墨田区・東向島)。駅から離れた住宅街にスナックが飛び石状に点在し、賑やかだった頃の名残が微かに感じられる。あるいは京都のかつての色街である五条楽園。遊郭から赤線となり、売春防止法の施行以降は、お茶屋で芸者遊びをするという建前で風俗営業を続けていたのだが、10年の摘発で売春街としての歴史に終止符が打たれた。
「ここは現在、ゲストハウス街になっていて、コロナ禍以前は、何も知らない外国人観光客で賑わっていました。五条楽園に限らず、ここ数年の現象として、かつて妓楼だったレトロな建物が各地で改装され、観光資源として注目を集めるようになっています」
渡辺氏が経営する遊郭専門の書店「カストリ書房」の客には、20~30代の若い女性が多いという。65年以上も前の風俗が関心を集めるのはなぜなのか。
「一つは“勢いや豊かさへの憧れ”があるのだと思います。赤線の外観を見ると、洋風の場合は看板にギラギラした派手なネオンが灯り、和風の場合は妓楼らしい木造建築。いずれもお金をかけた造り、いまの時代にはない勢いや豊かさを感じます。もう一つは、女性が自らの身体や性をどう取り扱ったらいいのかを、意識的に考えなくてはならない時代になったことでしょう。とすれば日本の性風俗の歴史に突き当たり、赤線や遊郭に興味を持つのは当然の流れだと思います」
が、往時とは打って変わって、今や売春産業は無店舗型が主流となり、街の中で“見えないもの”となりつつある。渡辺氏は、
「将来的には、インターネットを通じて個人間で行われるようになっていくのではないでしょうか」
かつての娼街は、ネットへと移行するというのだ。