「差別」「アンフェア」撲滅に動く米ゴルフ界の姿勢 風の向こう側(89)

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 渋野日向子(22)が2019年の「全英女子オープン」で勝利を挙げた翌年。2020年の同メジャーを制したのは、ドイツ出身のソフィア・ポポフ(28)だった。

 渋野と同様、ポポフも同大会以前は世界の舞台においては無名だったため、欧米メディアは「2年連続でシンデレラ誕生」と謳い、大いに話題になった。

 しかし、その後のポポフは続けざまに辛い現実に直面することになってしまった。

 と言うのも、栄えあるメジャー・チャンピオンになったにもかかわらず、彼女は翌週の「米女子ツアー」(米LPGA)の大会にも、そのあとに開催されたメジャー大会「ANAインスピレーション」にも、シーズン最終戦の「ツアー選手権」にも出場することが許されなかったのだ。

 なぜなら、全英女子オープンで優勝したときのポポフは米LPGAからシード落ちして下部ツアー「シメトラツアー」のメンバーだったため、米LPGAの規定上は「ノンメンバー扱い」。そのため、全英女子オープンの優勝賞金やポイントが米LPGAでは「アンオフィシャル扱い」となり、同ツアーのランキングには加算されなかったからだ。

 もちろん、全英女子オープンで挙げた勝利そのものは「オフィシャルな優勝」であり、ポポフはその資格で翌年、つまり2021年のメジャー大会等々へは出ることはできる。

 だが、昨年はコロナ禍で米LPGAやメジャー大会のスケジュールが例年とは大幅に異なっていたため、従来なら春に開催されているANAインスピレーションが全英女子オープンのあとに開催された。つまり、ポポフが直面した「メジャー・チャンプがメジャーに出場できない事態」は、そんな変則日程ゆえに起こった事態だったのだが、何であれ「あまりにもアンフェア」という声が米メディアやゴルフ界からも上がった。

 それでも米LPGAは、昨年のシーズン中は規定を変更しなかった。だが、「フェアではない」という声が上がることに対しては前向きに、そして積極的に対応していこうという気運が高まったようで、昨年末から規定の見直しが行われ、今年2月に発表された。

 今後は、米LPGAのノンメンバーが優勝した場合、その優勝者は翌週のツアー競技への出場権を即座に得られる。そして「私、メンバーになります」と宣言すれば、賞金やポイントは「オフィシャル扱い」となって加算されることになり、メジャー優勝の場合は従来の2年シードが5年シードに延長されることになった。

 欧米メディアは、この規定変更をすでに「ポポフ・ルール」と呼んでいる。少々時間を遡って考えれば、これまでの規定は「まさか、いきなりメジャーで優勝するノンメンバーなど、いるはずがない」という前提で定められていたのだが、渋野やポポフがその「まさか」をやってのけたことで、旧規定と現実とのギャップが浮き彫りになった。そして、そのギャップが早々に改善され、この「ポポフ・ルール」が定められたというわけだ。

 ゴルフ界から、また1つアンフェアが消え、フェアが増えた意義はとても大きい。

「僕らの人生はようやく救われた」

 米男子の「PGAツアー」に目をやれば、こちらもフェアなゴルフ界を作り出すことに尽力している。とりわけ2021年は、年明けから「APGA」というツアーとその選手たちにスポットライトが当たり、話題になっている。

 APGAとは「アドボケイツ・プロ・ゴルフ・アソシエーション」のこと。経済的に厳しい状況にある黒人選手やマイノリティと呼ばれる選手たちに、戦う場と機会を提供しようという目的で2010年に創設されたプロゴルフツアーだ。

 そのAPGAツアーの成績優秀選手、カマイウ・ジョンソン(27)は、今年1月の「ファーマーズ・インシュランス・オープン」に招待出場するはずだった。しかし、開幕前のPCR検査で陽性となり、泣く泣く欠場。ジョンソンの代わりに出場することになったのは、やはりAPGA出身のウィリー・マックⅢ(32)だった。

 米ツアーの舞台に立つことを夢見ていたジョンソンは、その夢が目前で崩れ去ったにもかかわらず、自分の代わりにプレーすることになったマックに「僕が最大の応援団になってエールを送る」と語った。

 そんなジョンソンの見事なスポーツマンシップにほだされて、米ツアーの「ホンダ・クラシック」、さらには「AT&Tペブルビーチ・プロアマ」もジョンソンに招待出場をオファーした。

 聞けば、ジョンソンもマックも「リッチな白人のスポーツであるゴルフを、なぜ黒人がやる?」と批判されながらゴルフを続けてきたという。なんとかプロになり、ゴルフの費用を捻出するために車上生活を1年も2年も続けてお金を節約し、ファーストフード店で働いてわずかながらもお金を稼ぎ、それでも経済的に困窮し、試合で戦うチャンスはなかなか得られず、四苦八苦してきたそうだ。

 そんな2人は昨年、ファーマーズ・インシュランス・オープンの舞台「トーリー・パインズGC」(カリフォルニア州)で、たまたま大会の主催会社である米保険大手「ファーマーズ・インシュランス」のジェフ・デイリーCEO(最高経営責任者)とプロアマ戦で知り合い、2人の窮状を知ったデイリーCEOが「彼らを支援していこう」と動き出した。

 そのおかげで2人は同社と契約を結び、年間4万5000ドルほどの契約金がもらえるようになり、さらには同大会出場への道も開け、「僕らの人生はようやく救われた」と喜びを噛み締めた。

 人種や国籍にかかわらず、腕を磨いてプロになった誰もが戦うためのチャンスを等しく得られる環境を作っていくことは、これからのゴルフ界に課せられている大きな課題だ。ジョンソンやマックが米ツアーの土を踏んだこと、APGAツアーの存在に陽が当たったことは、そのための大きな一歩になったのではないだろうか。

史上初の外国人ボード・メンバー

 2月16日(米国時間)、メジャー4勝を誇るローリー・マキロイ(31)が米PGAツアーの「プレーヤー・アドバイザリー・カウンシル」(PAC)のチェアマン、平たく言えば、選手会の会長に選出され、2022年から2024年までの3年間の任期を務めることになった。

 北アイルランド出身のマキロイは、欧州ツアーを経て2010年から米ツアーを主戦場としており、すでに米ツアー通算18勝を誇っている。名実ともに米欧両ツアーを熟知している選手だ。

 そんなマキロイが選手たちのリーダーに選ばれたことは、とても自然な成り行きである。そして、選手会の会長は米ツアーの「ポリシー・ボード(政策委員会)メンバー」にも加わることになり、このボードに米国人以外の外国人が加わるのは、ボードが創設された1969年以来、マキロイが初だと聞いて、たいそう驚かされた。

 実に50年以上もの長き間、世界に門戸を開いていたはずのツアーの方針や姿勢、規則等々を検討し決定していくポリシー・ボードが、米国人のみで構成されていたということになる。

 もちろん、それは外国人を締め出そうとしていたわけではなく、差別していたわけでもなかったのだと思う。気が付けば、そういう流れになっていたということなのかもしれない。

 いずれにしても、米ツアーに外国人選手が年々増えてグローバル化が進んでいる今、ポリシー・ボード・メンバーにようやく外国人選手が加わったことは、米ツアーが時代に即した変化を遂げようとしている証の1つと言っていい。

 そして、昨年暮れに戦略的提携を組む契約を交わした米欧両ツアーを、その双方を熟知しているマキロイが良き方向へ導いていく第一歩にもなるはずである。

 あらゆる「アンフェア」を「フェア」へ変え、グローバリゼーションを目指す米ツアーの将来未来に自ずと期待が膨らんでくる。

時代の趨勢

 振り返れば、今年1月、世界ランキング3位のトッププレーヤーであるジャスティン・トーマス(27)が新年初戦の「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」の3日目、短いパットを外した苛立ちから思わず発した一言がLGBTQ(の人々)を侮蔑する言葉だったため、批判の嵐が巻き起こって大騒動になった。

 トーマスはラウンド後、即座に謝罪し、翌日も最終ラウンド終了後に再び謝罪した。しかし、2013年のプロ入り以来トーマスをスポンサードしてきたウェア契約先「ラルフローレン」は、「トーマスは我がブランド・アンバサダーとして、ふさわしくない」と、すぐさま彼とのスポンサー契約を解消した(2021年1月26日『「トランプ余波・逮捕・手術」でも試行錯誤で前進「米ゴルフ界」』)。

 たった1度のたった一言が原因で、即座にスポンサー契約解消というのは、過去には例を見ないほどのきわめて厳しい処分だったが、BLM運動(ブラック・ライブズ・マター=人種差別反対運動)が米国から世界へと広がり、LGBTQの権利を訴えかける運動も世界的に広がり、スポーツのみならず政治などの世界でも、あらゆる差別の撤廃が声高に叫ばれる昨今、ラルフローレンの厳しい対応は時代に即した姿勢なのだと思う。

 そして、差別はもちろんのこと、大勢の人々が「それはフェアではない」と感じることを最大限、取り除き、フェアで明るいゴルフ界、幅広い層に楽しんでもらえるゴルフ界を築き上げていくことこそが時代の趨勢なのだとも思う。

新CEOへの期待

 折しも2月17日、米ゴルフ界と世界のゴルフ界の総本山である「USGA」(全米ゴルフ協会)の新CEOが発表された。2010年から11年間、米LPGA会長として米女子ゴルフ界を率いてきたマイク・ワン氏が、今夏からはUSGAの新CEOを務める。

 ワン氏のキャリアの出発点は、米生活用品メーカー最大手「プロクター&ギャンブル」(P&G)におけるブランド・マネージャーだった。以後、複数のゴルフ用品メーカーやホッケー界におけるビジネスを経て、米LPGA会長を務めていた。

 マーケッター、リサーチャーとしての手腕は折り紙付きだが、彼に最も期待されているのは、長年、女子ゴルフ界を盛り上げてきたワン氏が胸に抱いている女子ゴルフや女子選手に対するリスペクトだ。

「(男子メジャーの)『全米オープン』と『全米女子オープン』は同等の重みだ」と言い切るワン氏の姿勢は、プロアマ問わず、年齢を問わず、ゴルフ界におけるジェンダー・イクオリティ(男女平等)を実現し、いかなる差別もないゴルフ界へと導いてくれるはずである。

 いろいろな事件や出来事が続出し、騒々しそうであって、結果的にどれも良き方向へ変化しようとする米ゴルフ界。その姿勢は、やはりさすがである。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2021年2月19日掲載

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