大麻取締法の改正論議ですっぽり抜け落ちている「栽培農家」の視点

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なぜ研修生の受け入れや県外への精麻供給が許されないのか

 こうした厚労省の意を体して、自治体の栽培農家への締め付けも厳しくなっている。例えば栃木県の場合、数年前から、栽培農家で研修生を受け入れる際、たとえば法人化した農家の場合は正式な社員にしなければ認められなくなった。過去には技術を学ぼうと県外からも研修生が学びに来ていたが、これも不可能になった。子どもたちによる収穫時の見学会も中止を余儀なくされている。また、栽培する畑に「写真撮影」を禁止する看板を立てることも義務づけられた。

 また、三重県伊勢市では同時期に、神社や農協、大学などの関係者に経済人なども加わって「伊勢麻振興協会(代表理事、小串和夫皇學館理事長)」を立ち上げ、国産の精麻を全国の神社などに安定的に供給することをめざして平成30年(2018)4月に免許を取得。現在は振興協会の監督指導の下、農業生産法人の「株式会社伊勢麻」(谷川原健・代表取締役社長)が栽培と加工を行っている。ただし、24時間監視の防犯カメラの設置や栽培地に高さ2m超の堅固な柵を設置するなどの条件が付いている。現在は供給先が県内の神社に限られ、県境を越えての供給が認められていないため、現実問題として農業として続けていくことは困難になりつつある。「他県の神社にまで提供する社会的有用性は低い」(薬務感染症対策課)というのが三重県側の言い分だが、農業法人側は県の担当者から「厚労省がどうしてもだめだと言っている」と聞かされたという。

 かつて大麻取締法の運用をめぐって国会で審議が行われた際、麻薬局麻薬課(当時)の里見卓郎課長はこう述べている。「(中略)取締りが嚴重に過ぎて栽培ができないとか、あるいはまた報告を出すとかいう点でやつかいであるから栽培しないというような方もあるかと思います。しかしながらできるだけそういう面を越えまして、希望される方には、栽培できるように、私どもも努力するつもりでおります。どうぞひとつ栽培県におかれましても、そういうような事態がありましたならば、御指導を願って、あるいは私どもも、県の取締りの係員等にも、この点を十分伝えておきます。将来の取締りについては、十分御意思に沿うような考慮をいたすつもりでおります」(昭和25年3月13日衆議院厚生委員会議録)

 こうした状況下で、栃木県県那須町高久にある「大麻博物館」は大麻に関する正確な知識をひろめようと全国に向けて発信している。日本民俗学会員でもある高安淳一(57)さんが平成13年(2001)にオープンさせたもので、麻の歴史や実際に農家で行われている栽培や製麻の過程を知ることができる。館内には国産の黄金色の精麻が実際に展示してあり、麻糸で作った飾りなどの販売や麻の実が入ったピザなども味わうことができる。麻に関する著書も多い高安さんは「人々が日本の伝統文化である麻ととともに、どのように生きてきたかを知って欲しい。麻が農作物であるという視点が忘れられている」と話す。

椎谷哲夫(しいたに・てつお)
昭和30(1955)年宮崎県都城市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、中日新聞東京本社(東京新聞)編集局で警視庁、宮内庁などを担当。宮内庁では5年余にわたり昭和天皇崩御や皇太子ご成婚などを取材。休職して米国コロラド州で地方紙記者研修後、警視庁キャップ、社会部デスク、警察庁担当。在職中に早大大学院社会科学研究科修士課程修了。総務局、販売局、関連会社役員を経て昨年9月末、編集局編集委員を最後に退職。現在、ジャーナリスト(日本記者クラブ会員)として活動。著書に『皇室入門』(幻冬舎新書)など。

デイリー新潮取材班編集

2021年2月19日掲載

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