大麻取締法の改正論議ですっぽり抜け落ちている「栽培農家」の視点

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厚労省職員の研究論文「『とちぎしろ』などの国内大麻草に幻覚作用はない」

 戦前から大麻草栽培が盛んだった鹿沼地方を中心とした栃木県では、戦後間もなく海外から流入した品種と交雑したできた大麻草が盗難被害に遭って問題になったことから栃木県農業試験場鹿沼分工場が昭和58年に、高繊維質でTHC含有量の少ない改良品種「とちぎしろ」を完成させた。佐賀県で過去に偶然発見されたTHCゼロの品種がベースになっており、葉や花に含まれるTHCの含有率は国際的な産業用大麻(ヘンプ)の基準である0・3%より低い0・2%未満で、一般に「無毒大麻」と呼ばれている。

 日本国内で栽培されている大麻のほとんどは、この「とちぎしろ」であるが、それでも栽培農家は葉っぱなどは規定に従って焼却するなどして処分している。令和元年(2019)8月には、厚労省関東信越厚生局麻薬取締部鑑定課の担当者二人が「繊維型大麻草およびその濃縮物中のカンナビノイド含有量の調査」と題する研究論文を法科学技術学会の「法科学技術」に掲載(早期公開)して注目を浴びた。ここには「結論」として「仮にとちぎしろなどの繊維型大麻草から製造したBHO(筆者注・化学溶媒を使って作る大麻濃縮物)を摂取したとしてもTHCによる幻覚作用はほとんど得られないことが推察された」と明記されている。つまり、国内の栽培農家が作っている大麻草の葉や花など(もちろん、規定によって焼却などの処分をしているが)から人工的に薬理成分を抽出しても、いわゆる「麻薬」としての“効果”はないと結論づけているのである。ただ、結論の最後に「しかしながら、薬物型大麻と同じ効果があるものと思い込み同様のBHOを作成・使用してしまう乱用者が現れるおそれもあり注意が必要である」とあるのは、ご愛敬というか、厚労省に在籍する立場として無理にでも入れざるを得なかったのかもしれない。

厚労省の栽培農家“いじめ”と通達による自治体への厳しい指導

 ところが、栽培農家に対する行政の対応を見ると、こうした無毒大麻の栽培をバックアップするどころか、廃業に向けて追い込んでいるようにさえ見えてしまう。例えば、厚生労働省は平成28年(2016)11月8日付けで全国都道府県の薬事担当部局に「大麻の管理の徹底について」とする通知を出し、(1)事前の免許審査の強化 (2)麻薬取締員(都道府県の薬事担当課から知事が任命)による定期的な立入り検査 (3)免許を受けた大麻取扱者への指導 (4)農林水産関係などの部局との連携―――を求めた。これらは、同年10月に鳥取県で「町おこし」を掲げて産業用大麻の栽培・加工をしていた会社代表の男性が、自分が栽培していた繊維型とは別品種の大麻を所持していたとして逮捕された事件がきっかけだった。以後、栽培農家を抱える自治体は、目に見える形で農家への指導を強化していった。

 厚労省自身もホームページなども使い、これまで以上に強い大麻規制キャンペーンを始めた。たとえば、ネット上にアップしている「大麻栽培でまちおこし!?」。表紙には、ベランダでの違法栽培の写真と農家の畑での栽培が何の説明もなく並べられ、「大麻栽培の現状」という頁には「大麻栽培は重労働です」「大麻を栽培する際には『麻酔い』に注意」などという見出しが掲げられている。反薬物キャンペーンと「重労働であること」に一体どういう関係があるのか。現在の「とちぎしろ」などの品種では麻酔いなどはあり得ない。栃木県鹿沼市内で7代にわたって野州(やしゅう)麻というブランド名で栽培を続けている日本麻振興会代表理事の大森由久さん(72)は「どうして、厚労省は、ここまで農家を貶めるような表現を使うのか。日本文化の宝である精麻を作るために、私自身も栽培と製麻の技術を50年以上かけて磨いてきたつもりだが、何か悪いことをしているような気分になる」と嘆く。

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