北朝鮮が盗み中国ロシアでは“大量洗浄”「ビットコイン」急騰下の闇経済

国際

  • ブックマーク

 最近、仮想通貨「ビットコイン」の急騰が続いている。

 2020年3月中旬をそこにじわじわと価格が上がっていた背景には、新型コロナ下で世界的に投資家が仮想通貨に目を向けたことや、国からの給付金などで個人の投資が増えたことがある。

 それに加え、決済大手「マスターカード」が2021年中に暗号資産での決済を行える機能を提供すると発表したり、米金融大手「バンク・オブ・ニューヨーク・メロン」が仮想通貨の資産管理サービスを立ち上げると発表したりするなど、好意的なニュースが続いたこともある。

 そんな状況で、最近さらに価格を急騰させたのが、米電気自動車メーカー大手「テスラ」の創業者であるイーロン・マスクである。

 ツイッターで4699万人のフォロワーがいるほど絶大な影響力を持つマスクがビットコインに肯定的な発言をするたびに価格が跳ね上がってきたが、2月8日にはテスラが年次報告書の中で15億ドルをビットコインに投資したことが判明し、価格が25%も高騰。最高値を記録している。

 そんなビットコインだが、仮想の“通貨”とは言っても、基本的に決算には向いていない。端的に言うと、値動きが激しすぎることと、利用に手数料がかかってしまうことが、主な理由に挙げられる。つまり現在のところ、金などと同じく投機の商品という扱いの傾向が強い。

 ただ一方で、その匿名性ゆえに、地下(アングラ)経済ではビットコインが積極的に活用、あるいは悪用されており、かなりの盛況具合になっている現実がある。

 そこで価格上昇が続いているこの通貨について、“地下”で何が起きているのか探ってみたい。

時価総額が1兆ドルを超えた

 まずは、簡単に仮想通貨について今一度おさらいする。

 仮想通貨とは、インターネットなどの仮想化された通信手段で利用できるデジタル通貨のことで、紙幣や通貨のように実体は存在しない。やり取りはパソコンやスマートフォンなどで行われる。

 ビットコインの誕生以降、いろいろな種類の仮想通貨が登場し、ビットコイン以外は「アルトコイン」(alternative coin=「ビットコインの代替コイン」の略)と呼ばれ、現在その数は4000種類に上る。これらの仮想通貨全体の時価総額は、2021年1月7日に史上初めて1兆ドルを超えた。

 ビットコインはそうした数ある仮想通貨のなかでもシェアが7割ほどになるため、この記事で言う「仮想通貨」とは、基本的にビットコインのことを表していると理解していただいていい。

 ビットコインは、2009年「サトシ・ナカモト」を名乗る謎の人物によって作られ、ブロックチェーンという技術によって取引が記録される。ブロックチェーンでは取引の記録が複数のコンピューターによって承認されるため、原則として記録の改竄などはない。銀行は不必要で、政府・中央銀行の管理や政策などの影響も受けない。

 もともと、ビットコインなどは国が発行する法定通貨と同じように経済活動で使うことを目指して作られたが、現在ビットコインが支払いで頻繁に使われている現場は、主に“地下”にある。たとえばダーク(闇)ウェブだ。

ダークウェブでの支払いに使用

 特定のソフトウェア(ブラウザ)をインストールしないとたどり着けないダークウェブでは、違法な商品が数多く販売されている。違法・合法薬物から銃などの武器、偽パスポート、最近では新型コロナの偽ワクチンまで様々だ。サイバー攻撃などで盗まれた個人情報も取引されている。

 米麻薬取締局(DEA)は年次リポートで、米国内と国際的な麻薬取引ではビットコインによる支払いが顕著になっていると報告している。

 ダークウェブの奥深くに入っていくと、会員制の部屋などが存在する。そこではサイバー攻撃を行うハッカーらが集って攻撃の準備をしたり、攻撃に使うツールを売買していたりもする。世界的なセキュリティ企業や情報機関などは、そこにも潜入して監視を行ったりしている。

 こうした“地下”でのビジネスでの重要な支払いツールになっているのが、ビットコインなどの仮想通貨である。

 既存の銀行や送金システムを使う必要がないことも犯罪者にとっては利点の1つだが、公開された台帳に取引の記録が残るとはいえ、所有者や使用者の個人情報がすぐにはわからないこともメリットのようだ。

 そもそもダークウェブは匿名通信なので、犯罪に関与している人たちを特定するのも至難の業となる。

 仮想通貨はサイバー犯罪にも使われる。

 最近、世界的に猛威を奮っている「ランサムウェア(身代金要求型ウィルス)」では、ほとんどのケースで身代金の支払いにビットコインが指定される。

 ランサムウェアは、メールの添付ファイルを実行したり、メールにあるリンクをクリックしたりすると感染し、一度感染すると、システム内がすべて勝手に暗号化されてしまう。「暗号を解除して元通りにパソコンを使いたいなら身代金○○をビットコインで払え」というメッセージが現れ、支払いを行わない限りデータは二度と使えないし、支払ったとしても元通りになる保証はない、という質の悪い攻撃だ。

「仮想通貨盗み」の手口とは……

 世界的に規制が行き届いていない仮想通貨の世界だけに、北朝鮮のような「ならず者」国家も、そこに目をつけて悪用している。

 2021年2月、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルは、北朝鮮が2019年から2020年にかけて、仮想通貨の取引業者などからサイバー攻撃で3億ドル以上を奪ったと明らかにし、そうした資金で核開発などを行っていると指摘した。

 筆者も北朝鮮の元政府系ハッカーらへの取材で、経済制裁で外貨を得られずに苦しんでいる北朝鮮が、サイバー攻撃を重要な政策の1つとしていると聞いた。取材の中で、2017年頃にも韓国の仮想通貨を次々と盗んでいたことが分かっている。

 元政府系ハッカーによれば、攻撃を行うハッカーは生活面でかなり優遇され、理系の若者の多くがハッカー部隊に採用されることを夢見ているという。北朝鮮は仮想通貨を狙ったサイバー攻撃の常習犯なのである。

 では、こうした国家犯罪にも使われるビットコインは、どのように洗浄されているのだろうか。

 例えば、北朝鮮のケースでは、北朝鮮政府関係者らが世界に散らばり、偽の名前を使って仮想通貨取引のアカウントを大量に作るなどしてビットコインなどを転がす。国家が協力すれば別の人物になりすますのも容易なのは想像に難くない。

 そして別の仮想通貨に買い替えたり、別のアカウントに送金したりすることを繰り返して、足のつきにくいカネに変えるのだ。

 北朝鮮の場合は、他の金融犯罪でも、協力者を使って東南アジアのカジノなどで現金の引き出しや換金を行っていることが確認されているので、最終的にはそうした手法も織り交ぜてビットコインを現金化していると見られる。

中国地下銀行の違法送金に駆使されて

 米セキュリティ企業「サイファートレース」によれば、犯罪に使われ、仮想通貨取引所を介して移動されるビットコインは、97%が途上国や新興国などの規制の弱い国の取引所に送られているという。

 最近の犯罪組織は、違法な手段で得たカネをビットコインなどの仮想通貨に替え、規制の弱い国の仮想通貨取引所に作られた口座を介して現金化する。

 その間に取引所をいくつか介す場合もあれば、ビットコインから別の種類の仮想通貨を買うなどして、形跡を消すといったことも行われる。

 専門家らの間で有名なのが、中国の地下銀行システムだ。

 中国では海外送金の上限が年間5万ドルに規制されているため、海外移住に向けた蓄財などで上限以上の送金をするための地下銀行がある。いま、このシステムでは、違法な送金にビットコインも駆使されているのだ。

 中国の地下銀行業者は、中国の規制を避けて海外に送金したい中国人から送金分の現金を預かり、ビットコインに替えて送金。その一方で、アメリカや欧州、オーストラリアなどで稼いだ麻薬密売業者のマネーロンダリングにも手を貸している。

 2020年2月、アメリカや中南米に広がる麻薬カルテルの資金洗浄グループが米DEAに逮捕された。

 このケースでは、ビットコインと通貨を保管しておくアカウントである「ウォレット」(要するに財布のこと)をいくつも使ってビットコインを出し入れすることで、資金洗浄が行われたと指摘されている。

 カルテル側はアメリカや欧州、中南米での麻薬取引などから得た現金を元手にして、地下銀行業者から直接、ビットコインを購入。

 その際、業者は中国国内の仮想通貨取引所にいくつも持っているアカウントからカルテル側のアカウントにビットコインを送金する。

 カルテル側から得た現金もビットコインに替えて、偽アカウントを含むいくつものアカウントを経由させたり、様々な仮想通貨に替えたりして、最終的に再び現金化。それを今度はアメリカで現金が必要な顧客のためにビットコインと引き換えに渡す――といったようなことをしていた。

 この取引では、中国の業者は「Binance(バイナンス)」や「Huobi(フォビ)」といった中国の大手仮想通貨取引所のアカウントも使っていた。このような大きな取引所なら国外に向けて多額の仮想通貨の取引ができる。また、ロシアなどの身元確認がゆるい仮想通貨取引所を途中で介したり、「モネロ」や「ダッシュ」といったビットコインよりも匿名性の高い仮想通貨を経由することもあった。

押収分で「仮想通貨長者」になった国々

 このように犯罪の温床になっているビットコインだが、価格高騰によってその資産価値もどんどん高まっている。

 興味深いのが、世界のビットコイン保有数のランキングである。ただし、これはあくまでも公になっている分をカウントしたものであって、これが必ずしも正確なランキングということではない。

 世界でいま、もっとも多くのビットコインを所有しているのは、ビットコインの生みの親で、正体がわからないままの「サトシ・ナカモト」である。一説には110万ビットコインをもっているという。その時価総額は、567億ドルにも達する。

 次いで機関投資家向けのビットコイン投資ファンドである「グレイスケール・ビットコイン・トラスト」。64万8467ビットコインを所有しているらしい。

 3位は中国政府。2020年11月、2019年9月に発覚したネズミ講詐欺事件で押収された19万4775ビットコインを保有していることが判明した。つまり国が、犯罪に使われたビットコインの押収分で「仮想通貨長者」になっているのである。

 その後、4〜6位までは民間企業が占めているが、7位にまた国が入っている。アメリカ政府だ。こちらも中国と同じで、押収した7万124ビットコインを保有している。

 米FBI(連邦捜査局)は以前、2013年にダークウェブで違法商品を扱っていたオンラインショッピングサイト「シルクロード」を摘発し、14万4000ビットコインを押収しているが、すでにオークションで売却している。

 11位には冒頭で触れた「テスラ」が入っており、38位にはカナダのオンタリオ州政府が入っている。オンタリオ州はダークウェブなどで暗躍していた麻薬の売人から押収した281ビットコインを所有している。

 国家が犯罪絡みで押収したビットコインの数を見ると、いかにビットコインが地下で大量に出回っているかが分かる。これがビットコインとアングラ経済との関係を如実に表していると言える。

 今年もさらにビットコインの価格が上昇しそうだと見る向きがある。それに合わせて、地下で出回る仮想通貨も増えていくことになるだろう。

山田敏弘
国際ジャーナリスト、ノンフィクション作家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィークなどを経て、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のフルブライト研究員として国際情勢やサイバー安全保障の研究・取材活動に従事。帰国後の2016年からフリーとして、国際情勢全般、サイバー安全保障、テロリズム、米政治・外交・カルチャーなどについて取材し、連載など多数。テレビやラジオでも解説を行う。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文芸春秋)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)。近著に、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本』(講談社)。

Foresight 2021年2月19日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。