バイデン政権「米キューバ関係正常化」への遠い道のり

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 1月20日のジョー・バイデン政権発足後、ホワイトハウスのホームページに「LA CASA BLANCA」と題するスペイン語バージョンが加わった。ターゲット層は国内のヒスパニックと中南米諸国。ドナルド・トランプ政権の中南米軽視から一変した新政権の姿勢を象徴する企画と言える。

 バイデン政権の対中南米政策で注目される国がキューバである。半世紀にわたる確執の後、バラク・オバマ政権はキューバとの外交関係を再開し、経済制裁を一部緩和するなど、両国の関係は雪解けを迎えた。

 しかし後を継いだトランプ政権はこれを覆し、キューバ軍関連企業との取引禁止、キューバへの送金制限、渡航制限、両国を結ぶ商業便の縮小、テロ支援国家への再指定など、次々に制裁強化措置を打ち出し、両国関係を再び険悪化させてしまった。外交関係を持つ国の間で、国連安全保障理事会の制裁決議を経ずにこれだけの制裁を科しているのは、極めて異例である。

 これに対してバイデン大統領は選挙期間中から、トランプ政権のキューバ敵視政策はキューバ国民に害を及ぼし、民主主義と人権の促進に貢献しない失策であった、キューバへの経済制裁は有効ではなかったとして、関与(engagement)政策への復帰を唱えてきた。

 キューバ側では、ミゲル・ディアスカネル大統領が米大統領選挙後、米国と建設的な関係を維持する可能性を信じているとツイッターに投稿して秋波を送り、関係改善に期待をにじませている。

 米国外交政策上も、キューバ、米国、米州だけでなく世界の安全と安定のためにも、両国の関係正常化が望ましいことは、米国・キューバ関係を岡目八目で観察できる識者の一致するところである。果たして両国関係がオバマ時代のように、あるいはそれ以上に改善し、それを通じて米州や世界の安保環境は好転するのであろうか。

両国の間に横たわる解決困難な懸案

 両国の間には、キューバ革命以来の長きにわたる、そして解決困難な懸案が横たわっている。これら懸案の解決に向けた動きが、抜本的な関係改善の前提条件であると言える。

 米国にとっての主な懸案は、以下の通りだ。

(1)キューバ革命時に接収された米国資産の補償(約80億ドル)

(2)キューバにおける民主主義・人権の進展

(3)キューバの経済改革・開放

(4)新たに生じた在キューバ米大使館員健康被害問題の解決

 米大使館員の健康被害は、2017年以降、キューバに駐在する米国とカナダの外交官や家族多数が聴覚障害や記憶喪失等の症状を訴える事例が発生し、これがキューバあるいは第三国(ロシア、中国、イラン等)の加害行為によるものではないかと疑われている事件で、米国はキューバに真相解明を求めているが、キューバは関与を全面否定し、膠着状態にある。

 これに対してキューバから米国への主要な要求は、以下の通り。

(1)経済制裁の撤廃及び制裁による損害への補償

(2)グアンタナモにある米海軍基地の返還

(3)反キューバ政府プロパガンダの停止

 バイデン政権もキューバ政府も関係改善に意欲を示しているように見えるが、これらの懸案について双方とも柔軟な姿勢を示し、再度の雪解けに向かうかと言うと、実は双方に簡単に歩み寄れない事情がある。 

議会に根強い「反キューバ」感情

 バイデン政権が対キューバ関係政策を見直すことは間違いないだろうが、米国が両国関係の正常化に向けて大胆なイニシアティヴを取るためのハードルは低くない。

 バイデン政権にとって最大の課題は新型コロナ対策であり経済回復である。対外関係に目を転じても、中国、ロシア、北朝鮮、中東の諸問題、同盟諸国との関係回復、気候変動や多国間外交の立て直しなど、優先課題が山積している。その中で、以下に見るように、内政上コストがかかり、かつ早急な成果が見出しにくい対キューバ政策のプライオリティーは高くないだろう。

 バイデン大統領は、トランプ政権の対キューバ政策がキューバの人権状況改善に全く役立たなかったと強調してきた。共産党主導体制を国是とするキューバが、体制の基本原則を揺るがすような民主化要求に応じる訳にいかない以上、キューバの民主化を唱えるバイデン政権が、一方的に大きく歩み寄るのは難しいだろう。

 昨年の大統領選挙で、バイデン候補は最大のスイングステートであるフロリダ州でトランプに敗れた。同州で発言力の高いキューバ系米国人は、共産主義キューバを逃れてきた人たちで、その過半数がキューバ現体制に厳しいトランプに票を投じたのである。

 連邦議会でも下院(民主221議席、共和211議席)の民主党優位は僅差で、上院は50議席対50議席という拮抗状態にある。一般に政権与党が票を減らすことの多い中間選挙(2022年)、2024年の大統領選挙への影響を考えざるを得ないバイデン政権としては、キューバ系米国人の動向を無視してキューバとの関係改善を進める訳にはいかない。

 連邦議会には、声高なキューバ系議員が10人いる(上院3名、下院7名)。うち民主党2名、共和党8名であるが、彼らは党派を超えてキューバの現体制に厳しい立場であり、議会全体に反キューバ感を醸成している。

 民主党のロバート・メネンデス上院議員、共和党のマルコ・ルビオ上院議員、テッド・クルス上院議員の3名はいずれも、米国外交に大きな影響力を持つ上院外交委員会のメンバーで、メネンデス議員は同委員会の委員長だ。ルビオはトランプ政権下で対キューバ強硬策を主導してきた助言者で、ルビオとクルスは2024年の大統領選を狙っていると言われる。

 長らく上院議員、上院議長(副大統領)として対議会関係の機微を知るバイデン大統領は、彼らに配慮しない訳にはいかない。

 つまり対キューバ政策は米国の内政問題なのである。

指導部に残るカストロ家の影響力

 一方のキューバ側も、次のような国内事情を抱えていて、米国の要求に歩み寄って関係改善の糸口を探るようなイニシアティヴは取りにくい状況である。

 まず経済。キューバは、経済体制ゆえの停滞に加え、コロナ禍やトランプ政権による制裁再強化もあり、苦境に喘いでいる。政府は2020年の成長率をマイナス11%としている。

 さらに、二重通貨制度の廃止措置の影響が心配される。キューバではこれまで国内で主に流通する人民ペソと、外貨と交換できる兌換ペソの2つの通貨が使用されてきたが、2021年1月から人民ペソへの統合が始まったのである。

 二重通貨制度は2つの通貨間の交換価値を恣意的に運用して事実上国営企業を補助し、外国企業に負担を強いるなど問題があった。制度の廃止自体は経済の歪みを正す措置ではあるが、経済が疲弊している中で行ったため、物価上昇と物資不足による国民生活への打撃、闇ドルレートの横行や国営企業の破綻を招いて、キューバ経済の破綻につながる恐れがある。

 このように国内に苦難を強いている一方で、対米譲歩と見られかねない政策を採れば、守旧派に政府非難の恰好の口実を与えることになる。

 また、内政面では、2021年4月の党大会で、ディアスカネル大統領がラウル・カストロから共産党第1書記の地位を禅譲される見込みである。これによりディアスカネル大統領は、60年以上党のトップにあったカストロ家に代わって党と政府の双方を抑えることになるのだが、指導部には依然カストロ兄弟の人脈が残っている以上、ディアスカネル大統領の権力基盤は未だ盤石とは言い難い。

 したがって彼の優先課題は国内での権力固めであり、党・政府・革命軍の中で対米譲歩と見られるような政策に走って足元の基盤を危うくするような軽挙は避けざるを得ない。

 当然、キューバの指導者層は共産主義と共産党指導体制を手放す気はない。中国やベトナムのように、政治体制は変えずに市場主義経済を導入し、対外開放を断行して、外国資本と技術を呼び込み経済開発を進める「社会主義市場経済」導入案は、常に指導部内守旧派の抵抗に遭い、経済改革は遅々として進んでこなかった。八方塞がり状態に至った今でも、大胆な改革を徹底的に嫌ってきたキューバ指導部の体質は直ちに変わるものではない、というのが筆者の見立てである。

 そのため、キューバ側が自ら関係改善のイニシアティヴを取ることはないだろう。何しろ、両国関係の問題は全て米国に原因があるという主張を長年続けてきた国情である。オバマ政権下で関係改善した時も、振り返ってみると米国が歩み寄っただけで、キューバは何1つ譲っていなかった。

 だが、キューバ指導部は、オバマ政権時に米国との関係改善が諸外国におけるキューバ・ブームに繋がり、観光収入の増加やホテル等の投資が実現したことを覚えている。米国の措置を見極めつつ、慎重にかつ時間をかけてそれに応じていくのだろう。

策は議会を通さぬ制裁緩和・解除のみ?

 こう見てくると、米国・キューバ関係は改善するが、完全な正常化には遠い道のりが残されていると言える。

 関係改善のためにバイデン政権側が早期に行い得る措置は、行政府限りで実施可能な各種制裁の一部解除・緩和である。

 たとえば、現在は1四半期1000ドルまでに制限されているキューバへの送金の上限撤廃、キューバ各地への商業便復活など、キューバ国民にも米国民にも裨益すると広報できるものが予想される。人的交流が再度活発になることを通じて、多少なりとも関係改善に向けての機運は高まるであろう。

 これまで臨時代理大使だった米国の在キューバ代表を本任大使にすれば、キューバ政府への積極的なメッセージになる。閣僚の任命と同様に上院の承認事項だが、キューバの民主化など米国の要求をより高いレベルで交渉するためなど、共和党の反対を和らげるような説得を行えば、民主党の賛成50票対共和党の反対50票という投票を経た上院議長裁定によらずとも、スムーズな承認に至り得るのではなかろうか。

 しかし、対キューバ経済制裁の根拠法であるヘルムズ・バートン法などの撤廃は困難だろう。これらは米国連邦議会の権限であり、キューバに対する諸政策、制裁の根本と言えるものだ。流石にキューバ側が何ら譲歩もしない中では、共和党だけでなく民主党内にも撤廃に躊躇する議員が相当いるので、実現は困難だろう。

 また、行政府の権限内であっても、対議会関係や選挙への影響などの国内政治的なコストに鑑みて、トランプ政権下の制裁を全て直ちに撤回するのも難しい。キューバ革命軍関係企業への制裁、テロ支援国家指定などは特に機微な案件で、前政権の決定を覆すには、それなりの理由と説得が必要なのである。

 外交関係は、壊すのは簡単だが築くには時間と手間がかかることを示す事例である。

渡邉優
防衛大学校教授。1956年東京都生まれ。東京大学卒業後、外務省勤務。西欧第二課長、大臣官房審議官(欧州局、中南米局、経済局、中東アフリカ局)、農畜産業振興機構理事などを歴任。在スペイン、在ブラジル、在フィリピン、在アルゼンチンの各大使館と在ジュネーブ日本政府代表部に赴任した他、在リオデジャネイロ総領事、在キューバ特命全権大使を務める。2019年4月より現職。著書『あなたもスペイン語通訳になれる』(日本スペイン協会)、『ジョークで楽しく学ぶスペイン語』(ベレ出版)、『知られざるキューバ』(ベレ出版)。作詞、劇画脚本も手がける。

Foresight 2021年2月9日掲載

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