金で外交を動かした男「シェルドン・アデルソン」の死

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 1月11日、シェルドン・アデルソンが非ホジキンリンパ腫の合併症で亡くなった。享年87。カジノ王で資産総額約300億ドル(約3兆1600億円)、世界の大富豪リストの常連であり、「アメリカンドリーム」を体現した米実業家だ。

 アデルソンはドナルド・トランプ米前大統領の最大のパトロンであり、テルアビブにあった米大使館をエルサレムに移転させるなど、トランプ政権の際立つ親イスラエル政策の原動力でもある。

 それにしても、カジノ王がなぜ米国の中東外交を動かせたのか。その人生を探ると、金が徹底的に政治を左右する今の米国システムのゆがみが浮き彫りになる。

ストリートファイター

 アデルソンは文字通り街頭で叩き上げられた実業家だ。

 小柄だががっしりした体格、赤茶色の髪でどこにいても目立つ。

 1933年にボストンの下町に生まれた。父親はリトアニア系ユダヤ人移民のタクシー運転手、母親は縫製の仕事をしていた。12歳の時には新聞を街で売り、16歳でキャンディー販売のビジネスを始めた。

 その後法廷筆記人など50以上の仕事に就いたというが、転機は、1970年代に商機が始まったコンピューターに目を付けたことだ。専門情報誌を皮切りに、79年にはラスベガスでコンピューター見本市「コムデックス」を開始。世界から参加者が詰めかけるコムデックスは、世界最大のコンピューター展示企業となった。アデルソンは参加者のためのホテル、そしてカジノをつくり儲けを膨らませた。

 アデルソンは1995年、コムデックスを孫正義が率いるソフトバンクグループに売却した。その額は約8億ドル(約844億3155万円)である。孫は大金をはたいて米IT業界に進出し、2016年12月には大統領当選直後のトランプとニューヨークで会った。コムデックス買収を通じて、トランプのパトロンであるアデルソンの友人となるなど、米国で名の知られる投資家になったことが功を奏したのだった。

 アデルソンはラスベガスのカジノビジネスに主戦場を移し、99年には15億ドル(約1583億円)をかけて、2つの野球場が入る規模のカジノホールと部屋数7000というホテルをオープンした。マカオなどアジアにも進出し、ギャンブル好きの中国人ビジネスマンらを相手に事業を広げた。アデルソンは、

「アジアにはラスベガスの5倍、あるいは10倍のカジノの客がいる」

 とインタビューで語っている。日本の統合型リゾート(IR)事業進出も一時は熱心で、安倍晋三政権に働きかけていた。

 3棟のビルの上に船を渡したようなシンガポールの「マリーナベイ・サンズ」は、彼の絶頂を象徴する。1時間ごとに増える資産が100万ドル(約1億500万円)とも200万ドル(約2億1000万円)とも言われた。

金も出すが指示も出す

 アデルソンは儲けた金を政治につぎ込んだ。その結果、もっとも露骨に米国の外交を動かす民間人となった。「金も口も出す」だ。トランプ時代は「口」は「指示」にもなった。

 ウォールストリート・ジャーナルによると、大統領選と議会選挙・地方選挙が行われた2020年は、総計で70億ドル(約7389億円)近い政治献金があったが、アデルソンは1億8300万ドル(約193億1700万円)を支出してトップである。その対象はトランプと共和党候補者たちだ。16年の選挙でもトランプと共和党に8000万ドル(約84億円)を出している。

 政治との接点は、ラスベガスでのビジネスをスムーズに進めるための地元政治家への寄付で始まったが、1991年にイスラエル生まれでホロコースト生存者の親を持つ医師のミリアム夫人と結婚してからは、親イスラエル政策を進める共和党政治家に寄付は絞られた。

 民主党嫌いも徹底しており、バラク・オバマ大統領が再選された2012年の大統領選には、「オバマを倒すため」と公言し、元下院議長のニュート・ギングリッチや上院議員のミット・ロムニーら、共和党の大統領候補や議会選候補に合計1億ドル(約105億5600万円)超を寄付した。

 イスラエルに若い米政治家を訪問させる計画も始めたが、この頃イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフの熱烈な支持者ともなった。

トランプとの出会い

 アデルソンの金を当てにして、共和党政治家たちのラスベガス詣でが始まったが、アデルソンは勝てる候補になかなか出会えなかった。2016年大統領選でも、最初はフロリダ州選出の上院議員マルコ・ルビオを推したが、ルビオは脱落した。

 そんなアデルソンが最後にほれ込んだのが、ドナルド・トランプだった。トランプはアデルソンと2016年5月に会談。娘婿のジャレッド・クシュナーが正統派のユダヤ教徒であり、娘のイバンカがクシュナーとの結婚でユダヤ教徒に改宗したこと、アデルソンに気に入られた。

 アデルソンはこの選挙で親イスラエル政策の実現を託し、トランプにふんだんに金をつぎ込んだ。2016年の選挙でトランプが当選した後は就任式用として500万ドル(約5億2700万円)を寄付し、就任式で特等席を用意された。2020年選挙でもトランプに莫大な献金をしたことは先述した通りだ。

 トランプはこの頃、

「私は個人資産を持っているから、他の候補者とは違って人の金は要らない。支持してくれるだけでいい」

 とよく言っていたが、現実は違ったのである。

 加えてアデルソンとの接近は、トランプに資金だけでなくキリスト教右派の膨大な票ももたらした。イスラエルを無条件で支持するキリスト教右派は、今の共和党で最大の勢力である。

テルアビブの大使公邸を買う

 アデルソンは生前、イスラエルへの格別の思いを語っている。

 1988年に初めてイスラエルを訪れた時に、父親の靴を履いて飛行機から降りた。老いた父親はイスラエルを訪れることができなかった。自分が代わって父の思いを果たした、というのだ。

 こうした心情を持つアデルソンは、“ユダヤ人のための国家イスラエル”を絶対的に支持する。パレスチナ国家は認めず、2国家共存論を否定する。占領地へのユダヤ人入植活動も支持し、自らイスラエルで暮らすことも考えた。

 テルアビブにあった米大使公邸を住宅価格としてはイスラエル史上最高額で買い、自分の家にした。エルサレムに移った米大使館を2度とテルアビブに戻させないため、という。

 アデルソンの寄付もあって大統領に就任したトランプは、2017年1月の就任直後に2国家共存にこだわらないと発言。18年5月には、イスラエル建国70周年に合わせてテルアビブにあった米大使館をエルサレムに移転させた。

 さらにはワシントンにあるパレスチナ代表部の閉鎖、ゴラン高原に対するイスラエルの主権承認、ヨルダン川西岸へのユダヤ人入植拡大を容認、イスラエルに圧倒的に有利となる中東和平案も発表した。ネタニヤフの主張通り、イランを脅威と断言し、軍事力と金融制裁の「最大限の圧力」もかけた。

 これらはいずれも、それまでの歴代米政権が積み上げた中東政策を180度変えるものであり、米国の外交エスタブリッシュメントや世界を驚かせた。また、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)などアラブ諸国との国交正常化の橋渡しも行った。

 トランプは2018年11月にはミリアム夫人に文民としては最高位の「大統領自由勲章」を授けている。これもアデルソンへの恩返しの一つだろう。

「言論の自由」が保障する献金

 アデルソンはなぜ金で外交を動かせたのだろうか。

 大きなインパクトを与えたのが、2010年1月の米最高裁判決である。

 この判決は、政治家への寄付は政治信条の表明であって、憲法が「言論の自由」として保障しているとの判決を出し、政治的発信を目的とする献金については制限を撤廃した。それまでは1971年の選挙運動法以来、過剰な政治献金は腐敗を招くとして一定の制限を設けていたのだが、それを覆したのである。

 判決を機に、特定候補への応援や中傷キャンペーンなどのテレビ広告を行う特別政治活動委員会(スーパーPAC)へ、膨大な寄付金が流れ込むようになった。米国の選挙ではテレビ広告に大量の資金が必要なため、この判決は政治とカネの関係を変えることになった。

 訴訟を起こしたのは、民主党政治家のヒラリー・クリントンに敵対する保守派団体「団結する市民」である。企業や富裕層を支持者に持つ共和党を応援する狙いは明らかで、同党は大歓迎し、大統領だった民主党のバラク・オバマは「金が政治を動かす」と批判したのだが、後の祭りである。

 アデルソンは2012年大統領選から大口の選挙資金の寄付を始めており、最高裁判決を最大限活用したことになる。

 もちろん、金で政治を動かすのはアデルソンだけではない。

 米国では、大口寄付者の意向が政策に反映されてきた。自分が望む政策を実現してくれる政治家や政治組織に寄付をするのは、当然視された。それは党派で違いはない。保守派を応援するチャールズとデビッドのコーク兄弟(巨大複合企業コーク・インダストリーズの創業者一族)が有名だし、リベラルでは投資家ジョージ・ソロスが思いつく。ワクチンの途上国普及など、新型コロナ対策で多額の資金をつぎ込むビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)も資産を使って世界を改善しようとする一例と言える。

崩せない遺産

 アデルソンの特徴は外交、それも対イスラエル関係という限定した分野に金をつぎ込んだことにある。

 それまでの献金者は、おもに人工妊娠中絶や銃規制、減税など内政に焦点を絞ってきた。だがアデルソンは、

「ビジネスを大事にする政治を望むが、社会的にはリベラル」

 と自身を語り、米国を分断する人種や中絶問題などには関心がない。だが唯一イスラエル政策を標的とし、トランプという大統領を擁することで、それまでの米国の方針を真逆に変えてしまった。

 外交と言えば、党派対立から超越するものであったため、政治献金が動かせる余地は小さかった。イスラエルや台湾、あるいはアルメニア・ロビーなどがあったものの、トランプ時代のような決定的な効果を生み出せなかった。だが、アデルソンはその殻を破った。

 新大統領に就任したジョー・バイデンは伝統的外交への復帰をうたう。しかし、トランプが進めたイスラエルとの関係緊密化を反故にするだけの力はないし、イスラエルとアラブ諸国の国交正常化に至っては歓迎している。アデルソンの築いた地歩は引き継がれる。

 そして金で外交を動かすアデルソン流も最後になることはなく、いずれ「第2のアデルソン」が出てくることになるだろう。(敬称略)

杉田弘毅
共同通信社特別編集委員。1957年生まれ。一橋大学法学部を卒業後、共同通信社に入社。テヘラン支局長、ワシントン特派員、ワシントン支局長、編集委員室長、論説委員長などを経て現職。安倍ジャーナリスト・フェローシップ選考委員、東京-北京フォーラム実行委員、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科講師なども務める。著書に『検証 非核の選択』(岩波書店)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書)、『入門 トランプ政権』(共同通信社)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書)、『アメリカの制裁外交』(岩波新書)など。

Foresight 2021年2月8日掲載

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