新型コロナ「特措法・感染症法」改正を骨抜きにする「国の不作為」 医療崩壊(46)

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   新型コロナウイルス(以下コロナ)の流行が続く中、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、特措法)と感染症法、検疫法の改正が行われた。緊急事態宣言の前段階として「まん延防止等重点措置」が設けられたことほか、改正内容の概説は他に譲る。

   本稿では法改正の背後で相変わらず続いている、国の責任放棄というテーマを中心に考えたい。

最終判断は知事任せ

   まずは改正特措法だ。

   都道府県知事が事業者に休業や営業時間短縮を要請した際、正当な理由なく応じない場合には命令し、従わない事業者に罰則を科せるようにすること。および命令に従った事業者を財政的に支援すること。これが改正のポイントとされるが、これだけでは問題は解決しない。

   最大の問題は、指揮系統が相変わらず一本化されていないことだ。改正特措法でも国の直接執行の法定化は見送られた。つまり、国は「指示」はできるが、最終判断は知事任せとなる。

   これでは、現場の混乱は避けられない。首都圏でコロナが蔓延した今回のような場合、都道府県間の調整に手間取るし、小池百合子東京都知事のようにあえて国の意向に反対する知事がいる場合には収拾がつかなくなる。これから致死率が高い変異株が流行すれば、緊急に断固とした措置が必要だが、多くの知事はためらうだろう。このような時には国がリードするしかない。国民の生命と財産を守ることは、国家の最大の責務だ。

   同じように国民の生命と財産が危機にさらされる事態としては武力攻撃が挙げられるが、武力攻撃事態国民保護法は第56条で、「都道府県知事により行われないとき」や「国民の生命、身体若しくは財産の保護を図るため特に必要があると認める場合であって事態に照らして緊急を要すると認めるとき」に、総理大臣による直接の避難の指示を認めている。

   また、改正特措法は細部も穴だらけと言えるだろう。たとえば休業や営業時間短縮を命令する対象だが、特措法45条2項の「多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者」という規定は改正されていない。この規定には「多数の者が利用する施設」というハコモノの縛りがあるだけで、旅行業者などは規制できない。つまり、コロナ感染を国内に蔓延させたGotoキャンペーンのような活動は、今後も緊急事態宣言下ですら実行可能なのである。

   経済支援もいい加減と言わざるを得ない。罰則を科してまで事業を停止させ、一部の事業者にのみ強い法的義務を課すのだから、これによって生じた財産権の侵害にあたる経済的損失は補償しなければならない。ところが、政府は「個別補償は手間がかかるし、財政負担が大きい」と主張し、協力金の支払いで済ませてしまった。

   もちろん、これも詭弁だ。基準を定め、合理的な算定方式を作り出すことは可能で、予算措置に過ぎない協力金では、事業者の権利は保障されず、金額としても不十分となる。このままでは行政訴訟や国家賠償訴訟が提起される可能性も高いはずだ。

   このような法の恣意的運用は容易に利権に結びつく。『選択』2月号に掲載された『《日本のサンクチュアリ》 緊急事態宣言――税金浪費で「効果なし」』によると、今回の緊急事態宣言では当初、休業要請の対象として、遊興施設、宿泊施設、生活必需品以外の小売店などの業界も入っていたが、その後の政治判断で飲食店だけが残ったと言う。「十分な補償がない状態での休業が、大きな経済的損失を生み出すことを恐れた業界団体からの陳情で方向転換した(与党議員)」(同記事)。

“関与”から逃げ続ける厚労省

   改正感染症法も問題だらけだ。

   都道府県任せで国が責任を回避している構造は特措法と同じ。「厚生労働大臣は、当該都道府県知事に対して、必要な指示をすることができる」というのが基本構造で、国の直接執行は盛り込まれていない。

   さらに、感染症法では特措法以上に頓珍漢な改正が目につく。例えば今回新たに法定化される、軽症・無症状者が自宅や宿泊施設での療養に応じない場合は、入院勧告の対象に加える――という部分。当初案では、従わない場合には刑事罰で「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」としていたが、与野党協議により、最終的に行政罰の過料ということで落ち着いた。これも論理破綻している。

   そもそも、厚労省が想定している軽症・無症状者は入院の必要がない。そんな人まで入院させれば、病床を逼迫させ、院内感染のリスクを高めるだけだ。昨年秋から続く感染拡大の第3波では、入院病床が確保できず、自宅で亡くなる人が後を絶たない。勧告に従わない軽症や無症状の感染者を罰則を科してまで強制的に入院させるなど、ありえない話だ。この辺りの厚労省の現場感覚の無さは常軌を逸している。

   パンデミックで政府に求められるのは病床確保だ。ところが、ここに手をつけるのには及び腰だった。改正感染症法では、感染症指定医療機関の病床数が不足するおそれがある時に、都道府県知事は保健所設置市長等、医療機関に対して「入院等の総合調整を行う」とあるだけだ。「総合調整」の権限は弱く、実効性は期待できない。求められるのは、医療機関への患者受け入れの「要請」である。

   緊急事態には、国は責任を持って関与しなければならない。ところが、感染症法では、様々な文言を弄して責任を回避した。例えば、当初、厚労省が作成した「法律案の概要」には、「厚生労働大臣・都道府県知事等は、緊急の必要があると認めるときは、医療関係者・民間等の検査機関に必要な協力を求めることができることとし、当該協力要請に正当な理由がなく応じなかったときは勧告することができる」というくだりがあった。

   ここでのポイントは、「勧告」の対象として想定されるのが「個人としての医師」であったこと。「医療機関」への勧告ではないのである。つまり、それではコロナ病床を増やす法的な強制力が高まる訳ではない。この点については与野党協議の結果、医療機関も勧告対象に入ることが明確化されたが、厚労省の姿勢を考える上でこの経緯は示唆に富む。

   実は、厚労省には感染症法を改正する前にやれることがある。厚労省が所管するナショナルセンターや独立行政法人に「要求」することだ。この点についても『選択』2月号の『「役立たず」のコロナ関連法改正』が興味深い。

   この記事では、国立病院機構、地域医療機能推進機構(JCHO)、国立国際医療研究センターが取り上げられている。いずれも厚労省が所管する独立行政法人だ。コロナ感染症対策分科会の尾身茂会長はJCHOの理事長である。尾身氏は元医系技官だから、独法の理事長に天下り、そして今回の要職に抜擢されたことになる。

焼け太る3つの独立行政法人

   独立行政法人には設置根拠法がある。この3つの独法に対しては、公衆衛生上の重大な危機が生じる緊急時に、厚労大臣が医療などの業務の実施を要請できることが盛り込まれている。

   『選択』記事に登場する厚労省関係者は、このような規定が盛り込まれたのは、民営化やリストラが求められたときに「緊急時の役割があるから潰すことができない」と言い訳するためだと説明している。

   国立病院機構と国立国際医療研究センターの前身は旧陸海軍病院、JCHOの前身は旧社保庁病院などだ。さもありなん。

   このような病院が、コロナ患者を受け入れていない。JCHOは都内に5つの病院を経営しているが、コロナ病床はわずかに84床だし、1月7日の時点で、国立国際医療研究センターが受け入れていた重症患者はたった1人だったという。塩崎恭久・元厚労大臣は、自身のメルマガの中で、「(筆者注:1月7日現在の)今でも法的に厚労大臣が有事の要求ができる国立国際医療研究センターが重症患者をたった一人しか受けていない状態を放置している事の方が問題だ」と批判する。

   改正感染症法の下では、国立国際医療研究センターは、感染症に関する調査・研究の中核機関として、その事務を委託される。巨額の税金とポストがつく。焼け太りだ。

   コロナの流行は国家危機だ。危機対応で国の役割は大きい。ところが、これまでその責任から逃げてきた政府は、目下準備が焦眉の急となっているワクチン接種でも、同じ姿勢を変えようとはしない。国立病院や国立施設での接種に踏み切ろうとはせずに、「市町村に丸投げ」(政府関係者)した。このあたり、特措法や感染症法改正での対応と通じるものがあるではないか。

   残念なのは、危機管理の要である国の権限行使と責任について、国会もメディアも批判しないことだ。結果、国民が問題を認識することもない。コロナ対策の迷走は、当面、収束しそうにない。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresight 2021年2月8日掲載

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