戦後日本を代表する評論家「加藤典洋」の素顔 現代に失われた「わかりづらさ」と「飾らなさ」
金ぴかの意匠と大声ばかりの現代に
ところで、加藤さんの文章は読みづらい。単語ごとに立ち止まり、考え込んでいるような文章だ。美文・名文の類でないのは間違いない。
だが、あの文章は、加藤さんの人柄そのものでもあったと思う。飾らず、衒学的なところがない。
高架の上にある冬の中央線のホームは、吹きさらしで寒かった。加藤さんと教え子たちはまだ喋っている。
電車が近づいてきたとき、ふと加藤さんが若者たちの輪を離れ、こちらにやってきた。寒さに耐える顔が深刻そうに見えたのかもしれない。
「今日はね、いいアドバイスができたと思っているんだ」
上機嫌の加藤さんは、そう言い残すと去っていった。電車に遮られていた北風が吹きつけたが、私の頬は緩んでいたかもしれない。
それが加藤さんを見た最後だったと思う。
「文は人なり」という言葉がある。その真偽はわからない。しかし、少なくとも加藤典洋に当てはまったことは間違いない。
金ぴかの意匠と大声ばかりの現代に、加藤さんのような書き手がいたことは希望ではないだろうか。我々は、必ずしも騒々しいほうに向かわなくていい。
[2/2ページ]