「脱ガソリン車」で8400万円儲けた元経産省参与 テスラ取締役兼務、利益誘導の疑いも
クリーンな政策の裏には、生臭い欲望が渦巻いていたのか。急激な「脱ガソリン車」にシフトする菅政権。バックにはある「黒幕」のアドバイスがあるが、その人物は、一方で、巨額の「EVマネー」を得るスキームも持つという。この現代の「政商」は、果たして何者か。
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〈テスラCEOイーロンマスクよりホリデーメッセージ「テスラの成功の為にハードワークをしてくれた全ての人に感謝します。」〉
昨年12月22日、経産省の水野弘道参与(当時)のツイートである。
〈私からも、テスラチーム、そして株主の皆さん、テスラオーナーの皆さん、そして何より、イーロンに、「Many thanks for your hard works.」〉
後述するが、水野氏の政府での「ハードワーク」によって、日本でもEV(電気自動車)普及への道が一気に敷かれ、テスラ社は大きな果実を得た。そして、社外取締役である水野氏も……。それらの事実を念頭に置くと、単なる年末の挨拶と見えるやり取りが、実に示唆に富むものに読める。お互いにこの1年、“協力”し合って大きな利益を得、「thanks」と呼びかけ合う“蜜月関係”に……。
EVのリーディングカンパニー、米テスラ社。そのイーロン・マスクCEOが「世界一の富豪」になったと米誌フォーブスが報じたのは、年が明けたこの1月のこと。同社の株価の高騰によるもので、アマゾンのジェフ・べゾスやマイクロソフトのビル・ゲイツを超え、資産は実に約20兆円に上る。もっとも、テスラ社は自動車の販売台数で言えば、トヨタの30分の1ほどだ。それが今や株価ならトヨタの時価総額の3倍にも及ぶ高騰ぶり。これは世界の自動車業界が急速にEVにシフトしており、そのことへの期待感が昂じてのバブル相場ゆえである。
そして、その恩恵を享受している日本人がいる。それが冒頭の水野氏である。
「彼は昨年まで5年間、日本の年金150兆円を運用するGPIFの最高投資責任者を務めていた金融マンですが……」
と説明するのは、さる株アナリスト。
「3月の退任後、翌月にはテスラ社の社外取締役と監査委員に就任。アメリカの証券取引委員会のHPによれば、その際、計6778株のストックオプションを得ているのです」
ストックオプションとは、会社の役職者や従業員が報酬として、自社の株を、時価ではなく、ある特定の価格で入手できる権利である。株がその価格より値上がりすれば利益が生まれる。それが経営に積極的に参加するインセンティブになるという原理だ。
水野氏の場合、テスラ株の値上がりでどれだけの利益を手にしたのか。
「水野氏はこの6778株について、761ドルで購入することができる取り決めを結んでいます。さる1月8日、テスラ社の株価は過去最高の880ドルまで上がった。つまり、この時点で株の保有額にして、(880-761)×6778株=80万6582ドルの利益を得ていたことに。これは日本円にして、およそ8400万円になります」(同)
続いて水野氏は、昨年6月、更に1万6668株のストックオプションをも付与されている。この転換価格は1004ドルと決められているから、現在の株価ではまだ利益とならないが、
「テスラの株は今後、まだまだ上がると見られています。実際、昨年だけで10倍にもなっていますから、千ドル超えも時間の問題か、と」(同)
となれば、ミリオネアは確実。今後、テスラ社がアマゾン並に株価が高騰すれば、ビリオネアとなる可能性すらあるのだから、大変な資産を得たものである。
面談の後で…
世界の電気自動車産業の先頭を行くテスラ社。その取締役に就き、巨額の利益を得る日本人。それだけなら、羨望されこそすれ、非難される謂れはない。
しかし、彼が時を経ずして得た役職を知ると、まったく違った景色が見える。
水野氏はテスラ社の取締役に就任した後の昨年5月、今度は経産省の参与にも就いていたのだ。
さる経済ジャーナリストが言う。
「以来、経産省に留まらず、官邸にまで『脱ガソリン車』をプレゼンしていました。曰く、『脱炭素』がエコを進める世界の潮流。自動車もCO2を排出するガソリン車ではなく、EVに取って代わられる。その動きに乗り遅れるな、と」
そして政府は「脱ガソリン車」の方向に舵を切った。昨年12月、2030年代半ばまでに、国内での新車販売において、「電動車」の割合を100%にするとの方針を決定。菅総理が高らかに宣言した。「電動車」とは、電気のみで動くEVと、モーターとエンジンを併用するHV(ハイブリッド車)を指すが、
「政府の本音はEV。今後はEV以外への規制を敷いていくでしょう」(同)
要は、残り15年程度という短いタームで、急速なEVシフトへと舵を切ったわけである。
「この決定には、水野氏の影響が大きかった、と言われています」(同)
というのも、
「菅さんは、総裁選の際、デジタル庁や携帯値下げなどについては強調していましたが、『脱炭素』についてはほとんど触れなかった。しかし、10月、臨時国会が始まる前後から急に目玉政策とするようになったのです。何があったのか。実は9月の末、官邸で水野氏と面談し、その後に、政府内の動きが加速しているのです」(同)
確かに「脱炭素」は世界の潮流。その意味では彼のプレゼンは何も問題はない。しかし、繰り返すが、その直前、水野氏はテスラ社の取締役になっており、ストックオプションを付与されている身。完全な利害関係者だ。他方で、経産省の参与という公的な立場でEV化を進めたとあっては、利益誘導の疑いあり、と言われても仕方あるまい。
「ストックオプションを与えられ、会社の株価が上昇すると利益を得られる。つまり、彼にとって経済合理的な行動は、テスラの株価を上昇させるために、日本の自動車産業を管轄する経産省参与の立場を利用することなのです」
と言うのは、シグマ・キャピタルのチーフエコノミスト、田代秀敏氏。
「その論理からして、経産省参与がテスラ社の取締役を兼任することは、モラルハザードを引き起こすリスクがあります。経済学を学んだ者なら誰でもそれを懸念するはずですが」
世間ではこれを“私腹を肥やす”と言う。
そもそも、彼らの行わんとする急速なEVシフトで、日本の未来はバラ色なのか。
モータージャーナリストの岡崎五朗氏によれば、
「まずは、雇用の問題をどう解決するのか。自動車産業は日本の基幹産業です」
メーカーから下請けまで、日本の自動車産業に関わるのは550万人と言われている。ガソリン車と違い、EVは部品が少なくて済み、前者は3万点、後者は2万点と言われる。そこで排除される人々を死地に追い立てかねない政策なのだ。
更には、
「EVの価格の高さ、充電設備をどこまで設置できるかなど、簡単にはガソリン車と置き換えられないさまざまな問題があります」(同)
そして、
「それだけのことをしても、果たして本当に“地球に優しい”のか。もちろんEVは走行中だけを考えればCO2を出しませんが、元となる電力を火力で発電している限りはその過程で大量にCO2が出る。更には、EVはバッテリーを作る過程で大量のCO2を排出します。トータルで考えてガソリン車と比べ、どこまで“地球に優しい”のかということも、きちんと問い直した上で、転換はソフトランディングしていくべきです」(同)
もともと、世界のEVシフトは、従来のガソリン車ではトヨタなど他国のメーカーに勝てない中国や、車とITの融合を狙うアメリカなどによって仕掛けられた側面もある。綿密な戦略なしに、エコの美名の下、そこにまんまと乗っかっては、彼らに富を渡すだけという悪夢にも繋がりかねないのだ。
“ブラボー”
「水野氏は岐阜県出身。大阪市立大を卒業し、住友信託銀行に入行。金融の世界では決してエリートではありませんでした」
とは、さる経産省関係者。
「その後、イギリスの投資機関に勤めた後、転機となったのが、世耕弘成・元経産大臣の知遇を得たこと。ここから政界に足場を築き、世耕さんの推しでGPIFの最高投資責任者、そしてうちの参与へと出世を遂げていきました」
その素顔は、
「ゴリゴリの欧米的な合理主義者。マスコミ嫌いで、インタビューにも応じません。アメリカのキャロライン・ケネディ元駐日大使とは直接話せる仲だとか、フランスのマクロン大統領ともホットラインがあると言われていて、真偽はともかく“大物”との像が膨らんでいるのは確か。最近では、日産の社長人事や東芝の株主総会にも口を出した、と報じられています」(同)
そんな“生臭さ”は、彼がテスラ社の社外取締役となり得た経緯についても指摘されていて、
「GPIF時代の一昨年、水野氏は投資家への貸株を停止しました」
と関係者が続ける。
「当時、テスラ社は機関投資家が株を借り、空売りをかけて株価を下げる動きに悩まされ、ピンチに陥っていた。そのタイミングで突然、GPIFが貸株の禁止を表明したものだから、これにマスクは歓喜し“ブラボー”とツイートしました」
窮地を救った守護神のごとき活躍が目に留まり、彼はマスクに迎え入れられたのか。そしてその後の急速なEV推進の流れ。海を隔てて、まるで双方の利害が連動しているかに見えるのは、気のせいだろうか……。
昨年末には、国連の環境投資関連の特使にまで異例の抜擢をされた水野氏。
利益誘導との指摘について、昨年の本誌(「週刊新潮」)の取材には、
「経産省参与として意見を述べる場合には、毎回テスラの社外取締役であることを念のため確認した後、その立場を離れて発言しております」
と回答。しかし、
「知人に日銀の政策委員会の委員を務めた方がいます」
とは、前出・田代氏。
「彼は如何なる役職との兼務も禁止であるという日銀の要請に従って、他の公職はおろか、町内会や私的な研究会の役職まで降りた。政策の公正性を保つとはそういうことなのです。それと比べると、水野氏の姿勢のほどがわかるでしょう」
菅政権では、この水野氏に限らず、パソナの竹中平蔵会長など、「政商」の跋扈が目立つ。竹中氏について考察した『市場と権力』の著者でジャーナリストの佐々木実氏も言う。
「小泉構造改革以降、オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンや、竹中氏のケースなど、政府の政策決定に関与し、特定の企業に利益を誘導した、との疑惑が指摘され続けてきた。本件もしかりで、政府がきちんとしたルールを作るべきだと思います」
改めて取材を申し込んだ1月18日、水野氏は突如、経産省参与を辞任した。国連特使との兼務解消が理由というが、内実は、EVシフトの目標を達成、参与の役職も用済みになった、ということだろうか。
エコの裏にあったのは、剥き出しのエゴ……。