「もう年齢を数えるのもやめた」 戦慄の「8050問題」ルポ コロナ禍で相談件数が5倍に

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きょうだいから、「60世代」から

「会ってみた支援者の人は、無理に僕を社会に引き出すようなことはせず、僕の今を否定しなかった。『よく頑張ってきたね。もう少しひきこもりを続けるなら、どうすればいいか一緒に考えよう』。そう言われた時、気づいたんです。僕は、親の家でなんか、生きていたくないって」

 生活保護を受給し、アパートを借りた薫。週4日、5時半に起きて夕方まで遺跡発掘のアルバイトに励む。充実した日々だという。

「自分に合っている仕事だと思います。面白いし、やりがいを感じます。考古学に興味が生まれ、学芸員の資格を取ろうかと」

 父が病死して母から同居を求められたが、「同じことの繰り返しになる」と拒否。母のもとに週1回は顔を出し、自分に費やしたお金をバイト代から「返している」そう。現場仕事を終え、一杯やりながら食事をするのが、ささやかな楽しみだ。

 いずれも問題の長期化があまりに顕著なのだが、8050問題の当事者や家族の支援に携わるNPO法人「遊悠楽舎」の明石紀久男代表はこう見ている。

「家族だけの閉ざされた関係による結果のように思えます。家族で解決できないなら外へSOS信号を発しないといけないのに、これを恥とする文化がある。助けを求めるのが憚られ、親自身が困り果てて初めて外部に連絡する構図です」

 なぜかコロナ禍で相談件数が急増している。

「コロナ以前の4倍から5倍です。80代、70代の親から、そしてそのきょうだいからの相談が多いです。意外なことに60代の親からも増えています」

 コロナによる閉塞感、巣ごもりからくるストレス。これらが、80代、70代の親にいよいよ体面を捨てさせたのか。

 4倍、5倍という驚くべき数字の裏に横たわるもの。それは、現下の災禍による圧倒的な閉塞感と経済困窮を想起させてやまない。

 ひきこもりの子を抱える80代、70代の親たちは、今しもコロナ禍で蟄居を強いられ、あるいは病院通いの中止を余儀なくされ、健康を損なっているケースも多々あろう。「いつまで生きられるか」はこれまでになく、誰の脳裏にも強く意識される事柄となっている。

 80代、70代の親が亡くなった時、残されたひきこもりの子はどうなるのか。実際、明石代表のもとには親が亡くなった後、そのきょうだいからの相談も入っている。まさか自分が面倒を見ることになるとしたら。いや、冗談じゃない――。

 こうした思考が「きょうだいからの相談増」につながっているのではないか。

 また60代の親というのは「6030(ろくまるさんまる)問題」と言われるように、30代のひきこもりの子を抱える世代だ。まさに景気悪化に直撃される格好で相談を寄せているものと思われ、ある意味、ひきこもりの長期化に歯止めをかける流れにもなっている。そもそも「60世代」はその上の世代ほど子を養える経済的な余裕もない。

 私は、近著『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』で、本稿でも挙げたさまざまな家庭の事情をレポートした。ただでさえ深刻で重苦しくもあるそれぞれの状況に、もしコロナ禍が重なっていたら、家族は一体どうなっていたことだろう。崖っぷちにまで追いつめられた家族は今、私たちのすぐ傍で、息も絶え絶えに喘いでいるに違いないのだ。

黒川祥子(くろかわしょうこ)
ノンフィクション・ライター。福島県生まれ。東京女子大学卒業後、専門紙記者、タウン誌記者を経て独立。家族や子どもを主たるテーマに社会派の著作を発表し続ける。『誕生日を知らない女の子』で開高健ノンフィクション賞を受賞。

週刊新潮 2021年1月28日号掲載

特集「コロナ禍で相談件数は5倍! さらに追い詰められた親子ひきこもり『8050問題』」より

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