コロナ対策の成否とリーダーへの評価は比例せず 政治家の言葉は“呪文”か(古市憲寿)

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 他人を意のままに操る言葉。味方の防御力を上げる言葉。そして誰かを殺してしまう言葉。

 古今東西のファンタジーにはそうした言葉、つまり呪文が数多く登場する。ただその言葉を唱えるだけで世界が思い通りになるなら、そんなに楽なことはない。人々の願望を叶える意味もあって、数多くの物語には呪文が登場するのだろう。

 しかし呪文は現実世界にも存在する。もちろんハリー・ポッターの「エクスペリアームス」や、天空の城ラピュタの「バルス」のように、一単語が武装解除や滅びの呪文として機能するという意味ではない。

 新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中で、リーダーたちの言葉が注目を浴びた。特に評価が高かった一人にドイツのメルケル首相がいる。2020年3月18日に行われたテレビ演説は支持率の持ち直しにも一役買った。

 当時、ドイツは感染者の急増により、一部の州で不要不急の外出が禁止され、飲食店や理髪店も閉鎖された。さらには国境管理も強化、移動の自由も制限された。この強権的な措置に対してメルケルは、旧東ドイツ出身者として発言する。我々は旅行の自由や移動の自由を権利として勝ち取ってきた。国家による自由の制限は軽々しく実施されるべきではない。しかし命を救うために、この決断が避けられない。

 確かにスピーチを聞いてみると、「苦渋の決断」という雰囲気が嫌というほど伝わってくる。血が通った言葉とも言える。

 同様にニューヨークのクオモ州知事のスピーチも評価が高かった。外出禁止令を出した際には「私が全責任を取る。もしも他人を非難したかったり、不満や苦情があるなら、私を責めてくれ」と発言、その後も大統領候補に名前が挙がるほどの人気を集めた。

 さて、その後のドイツやニューヨーク州はコロナ対策に成功したのだろうか。ドイツでは感染者が累計約200万人、死亡者も4万人を超えた。人口が2千万人に満たないニューヨーク州でも死者は約4万人。とてもコロナ対策に成功したようには思えない。

 一方、2020年までの数字を見る限り、日本は最も高齢化が進む国でありながら、感染者も死亡者も世界的に見れば低い水準だった。しかしリーダーの評価は散々である。首相も代わった。

 もちろんコロナ対策の成否をリーダー一人に押し付けるのは間違いだ。だがそれなら、一人のリーダーの「ただの言葉」を過剰に称賛するのも、やたら翻弄されるのも間違っている。

 やはり言葉は呪文なのである。根拠がなくても、結果が伴わなくても、力強く巧みな言葉に人々は動かされてしまう。古代から、世界中のリーダーは言葉を操り、人々を戦わせてきた。その悲劇の大きさに比べれば、物語に登場する呪文など、ほとんどがかわいらしいものだ。それにしても、現代日本の政治家に卓越した呪文使いはいないことがわかった。少なくともそれは悲しむべきことではない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2021年1月28日号掲載

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