「悪魔的結託」復活――トランプ・バノン「愛国者党」という悪夢

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 やはり、と思った人は多いだろう。前米大統領ドナルド・トランプの退任当日に行った元首席戦略官スティーブ・バノンの恩赦である。

 娘のイバンカを「まぬけ」と侮辱したことで、2017年夏に解任され、以後絶縁とされていたバノン。だが、トランプは敗者復活の戦いにバノンの知恵は不可欠と考えたのだろう。バノンとの「悪魔的な結託」がよみがえったことで、“トランプ運動”はどこに向かうのだろうか。

逡巡の末の決断

 バノンへの恩赦は、大統領としての最後の難しい決断だった。トランプは任期切れを前にポール・マナフォート元選対本部長、マイケル・フリン元国家安全保障問題担当大統領補佐官ら忠誠を誓った側近に、次々と恩赦を与えた。娘婿の父親のチャールズ・クシュナーも含まれた。残るは大物バノンである。

 米報道によると、トランプは最後の恩赦リストにバノンを入れるかどうか政府高官と協議を続け、1月第2週にはバノンを含めないことで決着。しかし、退任前日の19日にトランプはバノンを再び持ち出し、その結果あらためて恩赦リストから外れたという。

 だが夜になり、もう1度トランプはバノンについて語り出し、日付が変わった20日午前0時50分にその恩赦を発表した。いったん決まった方針を2回もひっくり返し、退任まで後11時間という間際の発表は、トランプがいかにバノンの扱いに悩み、最終的には見捨てることができなかったという思いを象徴している。

 バノンは、トランプのメキシコ国境の壁建設を支援する資金集め団体から100万ドル(約1億370万円)以上を流用した罪で連邦検事の捜査を受け、昨年8月に起訴された。(2020年8月25日『「バノン逮捕」があぶり出す「トランプ共和党」の亀裂と「右派ポピュリズム」の限界』)。

 500万ドル(約5億1800万円)の保釈金支払いで移動制限を課されて保釈されたが、裁判の行方次第で禁錮刑の可能性があった。

保守運動のリーダー

 ホワイトハウスが発表した、バノン恩赦の説明が面白い。

「バノン氏は保守運動のリーダーであり、政治の慧眼を持つことで知られる」――

 恩赦の理由説明にはなっていないが、トランプがバノンの保守思想イデオローグとしての力、政治センスを買っていることをあらためて示している。

 2016年大統領選で、トランプは共和党主流派の意向に逆らって、移民制限の徹底や白人の権利擁護、そして「アメリカ第一」という経済保護主義を前面に出して当選した。

 2020年選挙では落選したものの16年と変わらないメッセージで、7400万票という共和党候補としては史上最多の得票を得た。これらはバノンがぶれずに主張した選挙戦略であり、国民が何を望んでいるかを知っているのだ。恐るべき集票力である。

 トランプは退任演説で、

「我々の運動は始まったばかりであり、何らかの形で必ず戻ってくる」

 と語った。「運動」とは、バノンがよく使う保守の革命的な闘いのことだ。先述のホワイトハウスの声明にも「運動」が使われている。トランプは2024年大統領選への再出馬などが取り沙汰されるが、政治を舞台に活動するなら、バノンの知恵は欠かせない。解任の際には「あの男とは一切関係ない」と語ったトランプだが、そもそもバノンがいなければ、自分は大統領になれなかったことをよく知っているはずなのだ。

議会乱入を扇動

 バノンの方は当然恩赦を当てにしていた。

 昨年夏の起訴以降、バノンはトランプへの接近を試み、11月3日の大統領選挙に向けてトランプに逆風の選挙戦を立て直すアドバイスを与え始め、選挙戦最終盤でトランプは激しく追い上げた。2016年も夏にバノンが選対本部長となり、激烈なヒラリー・クリントン攻撃に踏み切ってからトランプの勢いが加速したのと同じだ。

 今回の選挙後は、バノンは(1)非資格者の投票(2)郵便投票の不正(3)開票機の不正――という選挙不正3点セットを「ウォールーム」と呼ぶSNSメディアで繰り広げる。これはトランプの旋律とまったく同じだ。バノンはトランプ陣営が示した「不正投票」のデータを基にし、「国家を取り戻す」とトランプと同じ言葉を叫んでいた。

 12月下旬には、バノンは50分間にわたり選挙結果を覆す方法を熱く語っている。それはジョージア、アリゾナなど接戦州で共和党議員がまずは州議会で選挙結果の確定に異を唱え、連邦下院の特別会議での投票に持ち込めば、共和党の主導権で結果を覆せると具体的であり、トランプが各州共和党に求めた内容と一致する。

 また1月6日の上下両院合同会議がジョー・バイデンの当選を確定させる前日には、

「明日は大騒ぎだ」

 と発言している。トランプも6日の集会で「死ぬ気で戦おう」と演説し、その2時間後にトランプ派暴徒が議会に乱入した。

 トランプがバノンへの恩赦を一時ためらったのは、議会乱入の扇動で自身の弾劾裁判が上院でまもなく始まるというのに、「乱入扇動の共犯」とも言えるバノンを恩赦することで、共和党の上院議員の不興を買い、弾劾裁判で有罪が下るのではという心配からだ。恩赦に踏み切ったのは、「言論の自由」が確立された米国で扇動罪の立証は難しいため弾劾裁判を乗り切れる、と判断したのだろう。

 バノンは、新型コロナウイルス対策でトランプとぶつかったアンソニー・ファウチ国立アレルギー感染症研究所長の「斬首」を昨年11月に呼びかけるなど常軌を逸した言動をとっており、他のトランプ側近への恩赦供与とは意義が違う。

 それでも、政権高官や共和党政治家が潮の引くようにトランプから離れていく中で最後まで徹底的にトランプを擁護するバノンは、退任後の心強い味方と映ったのだろう。

「愛国」のトランプ思想

 トランプには、前副大統領のマイク・ペンスや上院院内総務のミッチ・マコネルら共和党指導部との不和を理由に、新たに「愛国者党」をつくり、共和党と民主党の労働者階級票を奪うという構想があるという。

 もちろん2大政党制が全土に根付く米国での新党はそのままでは成功しないが、大量の票を握れば、共和党指導部はトランプを共和党の代表として再び受け入れざるを得ないという計算であろう。

 この辺もバノンの思考と平仄があう。バノンは、11月の大統領選でトランプが白人労働者階級からなる「岩盤支持層」に加えて中南米系、黒人、アジア系などの労働者票を積み上げ、新たな政治再編を起こした、と分析している。非エリートの結集だ。

 この新たなトランプ支持層のコアとなる信念は、経済保護主義となる。労働者の職と安全を守るために、移民を制限し保護主義的な貿易政策をとる。

 不法移民など移民の急増で一番しわ寄せを受けるのは、すでに米国で暮らす労働者たちだ。その意味で白人と中南米系や黒人など少数派は、移民の流入で迷惑を受ける同じ被害者である。外国からの安価な輸入品で米国産品が売れなくなり困る人々も肌の色に関係なくたくさいんいる。だから経済保護主義こそがアメリカ人を守る、つまり愛国者の政策であり、思想信条を超えて支持を得られる、とバノンは語る。

 もう1つのバノン思想の特徴は、反中国共産党だ。2019年3月に来日した時に、私はバノンを長時間インタビューしたが、「中国共産党は自由を破壊する」と激烈な批判を繰り広げた(2019年3月22日『ポピュリズムと地政学:バノン思想の「今」を探る』)。

 最近は中国共産党がバイデン政権、IT・金融業界、共和党指導部、そして情報機関に浸透して、米国をコントロールしていると、その言い分はエスカレートしている。中国の対米浸透の実態と米側協力者を暴露するための特別検察官の設置を提唱しているほどだ。1950年代の「赤狩り」と似て過激である。

 バノンの中国叩きは、「自由対独裁」という「文明の衝突」的な使命感に基づいているが、同時に中国共産党と対立する在米の中国人実業家らの資金援助を仰いでいる、という事情が背景にある。最近は法輪功や台湾系団体との関係も深い。

 しかし、その思考はトランプの対中国政策と通じる。国務長官だったマイク・ポンペオや大統領補佐官だったピーター・ナバロらは、軍事面での拡張行動だけでなく政治経済界への中国の工作を敵視し、「中国共産党こそ悪の根源」と言っている。

 米国人の対中感情は劇的に悪化し、「ピュー・リサーチ・センター」の昨年夏実施の世論調査では73%が中国に不快な感情を抱いており、2年間で26ポイントも増えた。バノンの中国叩きは米国民の多数派の感情をつかんでいることになる。

新たな拡声器

 トランプの喫緊の課題は、11月の選挙で投票してくれた7400万の人々をどうつなぎとめるかだ。議会乱入事件の衝撃やバイデンの就任で、トランプへの支持は下降している。そのためにもバノン系の右派SNSメディアに拡声器の役割を期待せざるを得ない。

 バイデンが米国の制度的な課題である人種対立と経済格差を解決できなければ、バノンの言う経済保護主義と反中国を核とする「愛国者連合」が勢力を広げる潜在性は大きい。「悪魔的な結託」が引き続き米政界を席巻する不安が消えないのである。(文中敬称略)

杉田弘毅
共同通信社特別編集委員。1957年生まれ。一橋大学法学部を卒業後、共同通信社に入社。テヘラン支局長、ワシントン特派員、ワシントン支局長、編集委員室長、論説委員長などを経て現職。安倍ジャーナリスト・フェローシップ選考委員、東京-北京フォーラム実行委員、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科講師なども務める。著書に『検証 非核の選択』(岩波書店)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書)、『入門 トランプ政権』(共同通信社)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書)、『アメリカの制裁外交』(岩波新書)など。

Foresight 2021年1月27日掲載

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