急増する「死後離婚」「配偶者居住権」の落とし穴 親族トラブルの実例を紹介
最後は喧嘩別れに…
もっとも、ひとたび他人と繋がった縁が、一通の届け出だけで断ち切られてしまうわけである。実際の人間関係において、かくも簡単にことが済むものなのか。新生活では、少なからず不具合も生じてしまうのではないか──。
「使い方によっては、家族に大きなヒビが入る“諸刃の剣”だと実感しました」
とは、自身の母親が姻族関係終了届を出したライターの大庭スミ氏である。
「私の家は父が若くして亡くなり、母がひとりで私たち子どもの面倒を見てきたのですが、母は事あるごとに同居する父方の祖母から、父の死のことで責め立てられていました。祖母はまた、勝手に怪しげな霊感グッズなどを買う癖があり、その金銭的な始末も母がみていた。そうしたトラブルの果てに、最後は祖母の部屋の扉の前に食事を置くだけの関係になっていたのです」
その祖母は2年ほど前に肺炎で入院し、そのまま亡くなったという。
「慌ただしく葬儀が営まれ、火葬場で親族たちとお墓の話になった時でした。母がポツリと『私、もう姻族関係終了届を出したから関係ない』と口にした。母は、祖母が生きているうちに手続していたのです。当然、これを知った向こうの親族とは揉めに揉め、最後は喧嘩別れのようになりました」
この届けは戸籍には記載されるものの、それが相手方の親族に通知されるわけではなく、突如切り出された関係者の驚きは察するに余りある。また、あくまで親族の関係を終わらせるものであり、相続とは無関係。よって配偶者は、届けを出した後も法定分の遺産を手にすることができる。大庭氏のケースでは、祖母の相続人である父が先に亡くなっており、大庭氏自身に「代襲相続」の権利が認められたわけだが、
「母には相続権がないので、それから3カ月の間、どうするか自分で決めなくてはなりませんでした。借金があったら怖いので、祖母と付き合いのあった銀行や信金を回って財産を確認しましたが、めぼしいものはなく、家裁に出向いて自分で相続放棄を申し出ることにしました。その間、母は全く相談に乗ってくれず、『こんな大事なことをなぜ事前に相談してくれなかったの』と、何度も衝突しました。母も『嫁姑の関係は大変なの。じゃあ最後までお祖母ちゃんの面倒を見ればよかったの?』と言い返し、泥沼の日々でした」
制度の必要性は感じながらも、大庭氏には釈然としない思いが残るという。
「母親は届け出で縁を切ることができますが、その子どもたちは血縁関係が続き、相続権も残ります。あらかじめ相談しておかないとトラブルのもとになります。現に私はそれ以後、母と離れて暮らすようになりました」
ある日突然、悩みの種だったしがらみがすべてリセットされるなどという状況は、およそ現実的ではない。「紙切れ一枚で冗談じゃない」と押しかけてくる配偶者側の親族もいるだろう。そうした時、届けを受理した役所が間に入って取りなしてくれるわけでは勿論なく、新たなトラブルが生じる危険性も大いにある。そもそも、ひとたび姻族関係を取り消せば復元はできず、万が一、亡夫の実家に頼らざるを得ない事態が生じても、互助義務が免除される反面、助けを受ける権利もまた消失してしまうのだ。
心機一転セカンドライフを迎えた矢先に、いきなり難事が転がり込んでは元も子もない。そうならないためには、くれぐれも熟慮が必要なのである。
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