「トランプ余波・逮捕・手術」でも試行錯誤で前進「米ゴルフ界」 風の向こう側(87)
いろいろな意味で混乱や混迷が続いている米国の揺れの余波なのだろうか。米ゴルフ界も何かと揺れていることは、先日もお伝えした通りであり、残念ながら、その後もさまざまな揺れが起こっている。
ドナルド・トランプ前大統領支持者たちによる米連邦議会議事堂突入の暴動が起こった翌日、ゴルフ界のレジェンド、ゲーリー・プレーヤー(85、南アフリカ)とアニカ・ソレンスタム(50、スウェーデン)はホワイトハウスへ出向き、大統領自由勲章の授賞式に参加したことで、一部の米メディアなどから「トランプ寄りだ」と批判された(2021年1月18日『消えない「人種差別」闘い挑む米ゴルフ界のアクション』)。
「PGAオブ・アメリカ」は2022年のメジャー「全米プロゴルフ選手権」の舞台となるはずだった「トランプ・ナショナル・ゴルフクラブ・ベッドミンスター」(ニュージャージー州)を開催地から急きょ除外し、代替コースの検討を開始している。
そして続けて、トランプ所有のゴルフ関連施設が次々に各方面から「縁切り状」を突きつけられている。
ニューヨーク市は「トランプ・オーガナイゼーション」とのビジネス契約をすべて解消することを発表。これにより、同社はニューヨークや近隣に住むゴルファーたちに2015年の開場時から愛されてきた「フェリーポイントGC」やセントラル・パークにある2つのスケートリンクの経営権を失うことになる。
トランプ前大統領の次男で同社副社長のエリックは「契約違反だ。逆差別だ」と反論し、訴訟も辞さない構えを見せているが、ニューヨーク市と同様の動きはフロリダ州でも見られ、同州のパームビーチ郡は「トランプ・ナショナル・ゴルフクラブ・ジュピター」を擁する広大な土地のリース契約の解消を検討中と言われている。
衝撃と失望
そんな混沌とした状況下で起こったのが、世界ランキング3位のジャスティン・トーマス(27、米国)による不適切発言の騒動だった。
2021年の新年初戦、「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」の3日目のラウンド中、ショートパットを外して苛立ったトーマスは同性愛(者)に対する侮蔑的な言葉を思わず発し、それがテレビ中継用の集音マイクに拾われて大騒動になった。
トーマスはラウンド後にすぐに謝罪。翌日も最終ラウンド終了後に「言い訳の言葉もない」「大人として、社会人として恥ずべき行為だった」とあらためて謝罪した。
だが、2013年のプロ入り以来、トーマスをサポートしてきたウェア契約先の「ラルフローレン」は「もはやブランド・アンバサダーとして、ふさわしくない」と判断し、トーマスとのスポンサー契約を解消する厳しい処置を取った。
そして欧州からは、2007年「全米オープン」と2009年「マスターズ」を制したメジャー2勝のアンヘル・カブレラ(51、アルゼンチン)が逮捕されたという驚きのニュースが飛び込んできた。
カブレラは妻など3人の女性に対する暴力や窃盗など複数の罪でインターポール(国際刑事警察機構)から国際手配され、今月14日(米国時間)にブラジルで逮捕された。
カブレラといえば、2007年全米オープンでタイガー・ウッズ(45)とジム・フューリック(50)を1打差で抑えて勝利した「オークモントCC」(ペンシルベニア州)での熱戦が思い出される。米ツアーで活躍する「強い外国人選手」の筆頭だったカブレラの逮捕の一報は、ゴルフ界に衝撃と失望をもたらした。
嬉しくないニュースは、さらに続いた。ウッズが5度目の腰の手術を受けていたこと、そのため2021年のキックオフ戦となるはずだった「ファーマーズ・インシュランス・オープン」と自身が大会ホストを務める「ジェネシス招待」を欠場することが発表されるやいなや、再びゴルフ界に衝撃が走った。
ウッズは昨年12月に長男チャーリーくんとともに「PNCチャンピオンシップ」に出場し、元気そうな姿を見せていたが(2020年12月24日『「ウッズ父子」に見る「技術」だけではない教育の意義』)、実際はプレー中に腰に激しい痛みを覚えていたそうで、同月23日に生涯5度目となる腰の手術を受けたという。
大がかりな手術だった4度目と比べれば、今回は「日帰りできる小規模なもの」だそうで、医師団によれば「フル・リカバリーが望める」とのこと。しかし、手術を5度も重ねてきた45歳のウッズの肉体のアスリートとしての回復度は、神のみぞ知るというところかもしれず、心配の声が上がっている。
苦肉のプロアマ戦
そんなふうに暗いニュースが続いている米ゴルフ界だが、落ち込んでばかりいるわけにはいかない。
ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は、「ここはニューヨークだ!」という言葉を掲げて奇跡的と思えるほどのコロナ対策を次々に敢行しているが、同様に「ここはアメリカだ!」というプライドや気概は米ゴルフ界や米ツアーにも見られ、なんとかして苦難を乗り越え、盛り立てていこうという必死の努力が続けられている。
本戦を3つのコースでプロアマ形式で行うことが最大の特徴だった新年第3戦の「ジ・アメリカン・エキスプレス」は、コロナ禍の今年は感染防止と試合開催を最優先してプロアマ形式を断念し、通常の大会同様、プロのみで2コースに絞って戦うスタイルに変更した。
逆に通常の大会は、大きな収入源となる開幕前のプロアマ戦をできる限り効率的に開催することを目指し、試行錯誤の末、多くの大会が「9&9」方式を採用することを検討中だそうだ。
「9&9」とは、プロアマ戦の前半9ホールと後半9ホールを異なるプロがプレーする形式のこと。米ツアーでは2018年から試験的にこの形式が採用され、なかなかの好評を博してきた。そのかいあって今季は、すでに18の大会が「9&9」形式でプロアマ戦を開くことを希望している。
この形式なら、1人のプロがプロアマ戦に費やす時間は従来の6時間ほどから3時間ほどへ短縮されるため、感染防止対策としても接触時間が少なくて済み、そのぶん練習やトレーニングに打ち込むことが可能になる。アマチュアは1度のプロアマ戦で2人のプロと回ることができるため、「2度おいしい」という旨味が得られる。
「ここはアメリカ!」
さらに米ツアーでは、長年の懸案であるプレーペースの向上を目指し、2021年1月からはスロープレーを取り締まる新規定が施行されている。
2020年4月からの施行予定がコロナ禍の混乱で延期されていたのだが、今年から施行することで、米ツアーは前進する姿勢を示しているのだと考えていい。
新規定の最大の特徴は、これまでの「組」対象を「個人」対象に変更し、共同責任ではなく選手個人の責任を問う形に変わった点だ。
ペナルティも厳罰化され、従来は1ラウンドに警告2回で1罰打だったが、新規定では1試合に警告2回で1罰打が科され、そのぶんスロープレー常習者には厳しいものとなっている。
罰金も厳しくなり、2度目の警告で1罰打が科されると同時に5万ドルの罰金、3度目の警告でさらに2万ドル。別の試合で再度同じように2度以上の警告を受けて1罰打を科されたら、さらに2万ドルの罰金となる。
ちなみに、これらによる「罰金収入」は米ツアーの財源確保ではなく、チャリティ寄金に回されるとのことで、こんなところでも社会貢献を欠かさないあたりは、なるほど、「ここはアメリカ!」である。
そしてもう1つ、「ここはアメリカ!」を感じさせられること、それは米ツアーと米国のギャンブル業界との距離がどんどん縮まっていることだ。
2018年に米国でスポーツ・ギャンブルが合法化されるやいなや、米ツアーは独自のデータ収集システムである「ショットリンク」で得られた選手や大会に関する豊富な情報をラスベガスのブックメーカーなどを通して提供するライセンスを獲得。米ツアーとギャンブル業界の歩み寄りにより、米ゴルフ界では選手や大会を賭けの対象として楽しむファンが増加している。
その傾向、その現象は、ひいては米ツアーの収益増につながるからこその歩み寄りだ。しかし、ギャンブル依存が引き起こしかねない社会問題に対しては、十分な注意と配慮が求められる。
そんな中、米ツアーは今月19日、米国のカジノ事業者の業界団体「全米ゲーミング協会」(AGA)とパートナーシップを結び、ギャンブルを楽しむゴルフファンに「正しく安全に賭けをしてもらうための教育」「ギャンブルでも、適切にレイアップする方法」を解説していくという。
興行ビジネスゆえに、利益追求や財源確保は大切なれど、社会貢献や人々の安全で平和な生活を守ることはもっと大切であることを、米ツアーや米ゴルフ界が忘れることは決してない。
若手の台頭
そうした試行錯誤と前進を続ける米ツアーだが、何よりの明るいニュースは、「若い力」が次々に台頭していることではないだろうか。
昨年の全米プロを制したコリン・モリカワ(23、米国)を筆頭に、ティレル・ハットン(29、英国)、ビクトル・ホブラン(23、ノルウェイ)、マシュー・ウルフ(21、米国)、イム・ソンジェ(22、韓国)、ホアキン・ニーマン(22、チリ)など、すでに勝利を挙げて活躍している若手選手たちが世界ランキングの上位にひしめいている。
将来有望なヤング・プレーヤーたちの存在こそが、米ツアーや米ゴルフ界の何よりの財産であり、本当の意味での「財源」である。
願わくば、政治や外交、社会問題などに影響されることなく、こうした選手たちが着実に成長し、本領を発揮でき、ファンが心から楽しめるプロゴルフ界であってほしい。