大杉漣 時代劇でも名バイプレイヤー 趣味は手裏剣 全国8位の謎

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 ペリー荻野が出会った時代劇の100人。第6回は、大杉漣(1951~2018年)だ。

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 善人から極悪人まで幅広い役柄を演じたことから「300の顔を持つ男」「カメレオン俳優」と称された大杉漣。2021年、松重豊、遠藤憲一ら名脇役たちを集めたテレビ東京のドラマ「バイプレイヤーズ」の新シリーズの放送が始まったとき、そこに大杉さんの姿がないのは、やっぱりさびしかった。

 あまり時代劇俳優のイメージはないかもしれないが、亡くなる少し前に出演した作品のひとつが、時代劇専門チャンネルのオリジナル時代劇「雨の首ふり坂」であった。

 昭和26(1951)年、徳島県に生まれた大杉漣は、大学進学のため上京。23歳に劇団に入り、“沈黙劇”という前衛劇で活躍する。劇団解散後、40代に入るとオーディションを経て、北野武映画「ソナチネ」(93年・松竹)などで注目を集め、多くの映画、ドラマ、バラエティで活躍。名脇役が集合した話題作、テレビ東京「バイプレイヤーズ」のリーダー役で出演中、66歳で急逝した。お別れの会には1700人もの関係者、共演者が集まり、各局のニュースでも報道された。

 改めて出演作を見てみると、時代劇ではクセ者の役が多い。

 96年の大河ドラマ「秀吉」(主演:竹中直人)では、謀反を起こす荒木村重、98年の「新選組血風録」(主演:渡哲也・テレビ朝日)では、不逞浪士の情報だけでなく、同僚である新選組の隊士の行動も密かに探る山崎烝、01年「忠臣蔵1/47」(主演:木村拓哉・フジテレビ)では、将軍・徳川綱吉の成り上がり側近・柳沢吉保を演じている。

 2000年代はジャニーズ事務所の面々が出演した時代劇と縁が深く、05年、岡田准一が藤原鎌足を演じた「大化改新」(NHK)では、鎌足の育ての親である中臣国子、同年、滝沢秀明主演の大河ドラマ「義経」では、平家と源氏を渡り歩く腹黒武将の源行家、同じく滝沢主演の08年「雪之丞変化」(NHK)では、雪之丞の復讐の相手のひとり悪徳商人の松浦屋、09年、東山紀之主演の「必殺仕事人」シリーズ(テレビ朝日・朝日放送)では、庶民を苦しめる悪医師役だった。

 印象的だったのが、米アカデミー賞「外国語映画賞」にもノミネートされて話題になった映画「たそがれ清兵衛」(02年・松竹)の甲田豊太郎役。主人公の井口清兵衛(真田広之)の親友の妹・朋江(宮沢りえ)の暴力夫で、離縁されたことを逆恨みした豊太郎は、清兵衛と果し合いをすることに。居合の達人である豊太郎は、貧しく薄汚れた清兵衛に「平侍の分際で生意気な」と、とにかく感じが悪い。だが、知る人ぞ知る剣の遣い手である清兵衛は、短い木刀一本で豊太郎を見事打ち負かすのだ。

 瞬時に技を決めてみせる居合は、ただでさえ俳優にとっては大変なのに、ベテラン山田洋次監督がこだわり抜いた初時代劇、しかも相手が殺陣の名手・真田広之。殺陣師のもとでかなり練習を重ねたという。聞けば、もともと居合の達人という設定ではなかったそうで、その上、ひとつのことを極めるために稽古を積むのがあまり好きではない性格。そのため精密な殺陣を要求される時代劇は「避けて通って来た」ともいう。「行き当たりばったりが好きなんですよ」というところが、後年の気ままな散歩番組で見せた素顔に通じている気もするが、それだけにこの役は苦労したようだ。

 もうひとつインパクトがあったのは、06年に放送された「鬼平犯科帳スペシャル 兇賊」(フジテレビ)。鬼平こと長谷川平蔵(中村吉右衛門)に深い恨みを抱く兇賊・網切の甚五郎(大杉)一味が、江戸で残忍な盗みを繰り返し、平蔵を騙して呼び出し、命を狙う。京都・太秦の松竹撮影所の一番大きなステージ(スタジオ)の中に池まで掘って造られた大がかりな料亭のセット。その一番奥の部屋で鬼平を待っていたのが、甚五郎であった。シリーズ屈指の悪役である。飛び道具まで使う甚五郎一味と平蔵との死闘は、名場面のひとつだ。

 実は、私にはどうしてもご本人に聞いてみたいことがあった。「特技が手裏剣」という話だ。しかも、日本第8位の実力だという。私が知る限り、本物の手裏剣を得意とする俳優は藤岡弘、しかいない。いったいどういういきさつで手裏剣と出会ったのか?

 そんなわけでインタビューの場でちらっとその話を持ち出すと、「えっ? それを聞きに来たの?」と驚かれた。

「本当は取材の主題はそれではなく、出演される番組についてなんですけど、どうしてもお聞きしたくて……すいません」

「あ、そうですか。まあ、手裏剣をやったのは偶然なんですけどね」

 いつもの雰囲気で、にこにこと応えてくれた。手裏剣の道場に通ったのは劇団の先輩の影響で、手裏剣の全国大会もふたを開けてみたらいつもの道場の面々の集まりで、参加者は8人だったという。それで8位ってことは、あらら。手裏剣の技があんまり役に立ったことはないが、出演者がダーツで希望商品を狙うゲームに挑戦する番組「東京フレンドパーク」(TBS)では、見事、大型車まで獲得したというから、腕は確かだったのだろう。「忍者の親玉の役など、ぜひやってください!」と、思わず言ってしまったが、かなわなかった。

 楽しい人柄、そしてもちろんその演技が、多くの監督に愛された。時代劇の遺作となった「雨の首ふり坂」は、前述した「忠臣蔵1/47」を手がけたフジテレビの河毛俊作監督が「この役は大杉さんじゃないと」とオファーした作品だった。

 その役とは、凄腕の渡世人・源七(中村梅雀)とともに容赦なく人を殺し、報酬を得てきた半蔵。ある事件から27年後、静かに堅気の暮らしを送る源七と、裏街道で生き続けた半蔵は、敵味方に分かれて再会する。原作は、池波正太郎の傑作戯曲。脚本は「精霊の守り人」(16~18年・NHK)の大森寿美男。作品公開前に大杉さんが急逝し、初共演ながら息が合ったという梅雀は、「源七と半蔵は目が合っただけで分かり合う、年を重ねたバディ。ふたりだからこそできる壮絶な場面をぜひ見てほしい」と語った。監督は池波も愛したフランスのギャング映画を意識し、主人公らに深い黒の衣装を特注、全体に暗い雨を降らせた。

 すーっとその世界に溶け込んでいた半蔵。もっともっと時代劇に出てほしかった。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

週刊新潮WEB取材班編集

2021年1月25日掲載

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