蠢動はじめたポスト・プーチン「ジリノフスキーのリスト」
ロシアの極右政党・自由民主党のウラジーミル・ジリノフスキー党首が昨年12月末、国営テレビの討論番組で、2024年の次回大統領選でウラジーミル・プーチン大統領の後継者が決まる可能性があると唐突に述べ、有力候補9人の名前を挙げた。ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、
「仮定の話で、噂にすぎない」
とコメントしたが、ベテラン政治家のジリノフスキー氏はしばしば政局を先取りする言動がみられる。
政権担当21年になるプーチン大統領は、昨年の憲法改正で2036年までの続投が可能になったが、ロシア社会は新型コロナ禍や経済停滞で閉塞感が高まる。昨年後半は大統領の健康不安説もネットメディアで報じられた。今年9月の下院選が大統領選の前哨戦となり、時代は「プーチン後」へ徐々に動き出すかもしれない。
9人の有力候補
ジリノフスキー氏は、
「2024年に新しい大統領が誕生する可能性がある。もしプーチン氏が出馬しなければ、別の候補が出てくる」
とし、以下の9人の名前を挙げた。
(1)ミハイル・ミシュスティン首相(54)
(2)ドミトリー・メドベージェフ安保会議副議長(55)
(3)セルゲイ・ショイグ国防相(65)
(4)セルゲイ・ソビャーニン・モスクワ市長(62)
(5)ワレンチナ・マトビエンコ上院議長(71)
(6)セルゲイ・ナルイシキン対外情報庁長官(66)
(7)ビャチェスラフ・ボロジン下院議長(56)
(8)アレクセイ・デューミン・トゥーラ州知事(48)
(9)アレクセイ・クドリン会計検査院長・元蔵相(60)
同氏は、
「むろん、現職大統領が出馬するかもしれない。その場合、2023年末までには意思を表明しよう。私も出馬するだろう」
と逃げを打ったが、後継者レースを煽るような口ぶりだった。
プーチン氏の後継問題はネットメディアではよく取り上げられるが、視聴者の多い国営テレビの夜の番組では異例だ。だから報道官が火消しに追われたようだ。発言をめぐり、
「プーチンは高齢化し、後継問題が今後切迫していく。後継者がはっきりした方がビジネスはしやすくなるが、このリストは政治エリートの序列にすぎない」(政治評論家のエブゲニー・ワルヤエフ氏)
などと新年から論議を呼んだ。
デューミン氏がダークホース
ただし、リスト自体にあまり新味はない。シンクタンク「ペテルブルク政治基金」が3年前に策定した「2024年大統領選有力候補20人」のリストとも多くが重複する。
長年のナンバー2でリスト2番目のメドベージェフ前首相は、反政府活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏らによって汚職・腐敗を告発され、人気が低く、大統領復帰はまず考えられない。ショイグ、ソビャーニン両氏は高齢で、ともに少数民族出身だけに、国家元首は難しい。71歳の女性、マトビエンコ氏も考えられない。
9人の中で最も若いデューミン氏は、プーチン氏の元ボディーガードで、シベリアで休暇中のプーチン氏を熊の襲撃から救ったエピソードを持つ。2014年のウクライナ危機で活躍したことがメディアで取り上げられ、プーチン氏の「意中の候補」と注目された。
プーチン氏は2016年以降、デューミン氏ら連邦警護局(FSO)の幹部4人を立て続けに地方知事代行に任命し、後継者養成に向けた帝王学と注目された。
しかし、選挙で当選したデューミン氏を除く3人は「家庭の事情」や「記者会見忌避」で早々に退陣した。行政や経済政策の経験がないボディーガードには知事ポストは荷が重く、まして大統領職は無理だろう。ただし、デューミン氏は「ダークホース」として踏みとどまっている。
対外スパイ組織トップのナルイシキン氏はサンクトペテルブルク出身で、旧ソ連国家保安委員会(KGB)で大統領の後輩。下院議長時代は日露関係の窓口役を務め、文化交流行事で何度も来日した親日家。自民党に人脈を持ち、日本側にはナルイシキン氏の外相起用を期待する向きがある。
ミシュスティン株が急上昇
「ジリノフスキーのリスト」で要注意は、真っ先に挙げたミシュスティン首相だろう。首相はナンバー2ポストで、大統領に有事が起きて退陣した場合、「大統領代行」を務め、3カ月後の大統領選を統括する。無名のプーチン氏もそうして大統領の座を射止めた。
実はロシア政界では、1年前まで無名のミシュスティン氏の行政手腕が評価されており、後継候補とみなす向きも出てきた。
ミシュスティン氏は1966年、モスクワ郊外のロブニャで生まれ、父親はユダヤ系。モスクワ精密機器大学でシステムエンジニアの学位、修士号を取り、98年から連邦税務局に入局。一時退職し、投資ビジネスをしていたが、2010年に連邦税務局長官に任命された。税務局にIT(情報技術)システムを立ち上げ、徴税率をデジタル化によって引き上げた。英紙『フィナンシャル・タイムズ』(2020年1月17日)は、
「伏魔殿といわれたロシアの税務局を近代的で汚職の少ないハイテク官庁に変えたことをプーチン大統領が評価した」
と書いた。
政治的に中立であることや、手堅いテクノクラートというイメージが評価を高めている。政治評論家のアレクセイ・モシコフ氏は、(1)どの派閥にも属していない(2)政治的バックグラウンドがない(3)富裕層向けの付加価値税を導入した――ことが評価されたとし、中立性や手堅さが後継候補のトップになり得る人物と指摘した。政権内に敵が多く、経済手腕がお粗末だったメドベージェフ前首相より、格段に評価が高いようだ。
ミシュスティン首相は4月に新型コロナに感染し、1カ月間療養したが、後遺症はなさそうだ。9月には反政府デモが続くベラルーシを訪れるなど、外交にも関与している。ただし、イデオロギーを持たないテクノクラートが、「保守イデオローグ」のプーチン氏を継いでロシア最高指導者を務められるとは思えない。
ミシュスティン氏の首相抜擢は、内外のどの専門家も予測できなかった。そのことは、プーチン政治の分析が難しいことを意味し、プーチン氏は今後、全く無名の人物を突然後継者に据える可能性もある。
飛び交う「プーチン醜聞」情報
ポスト・プーチンが取りざたされること自体、大統領の権威低下を示唆している。
プーチン氏は昨年春から、モスクワ郊外の公邸に巣ごもり状態で、オンラインで執務している。この間、個人生活をめぐる醜聞や健康不安説がネットメディアで報じられた。
「テレグラム」と呼ばれる通信アプリに、情報機関を名乗るグループが「内部情報」を投稿し、プーチン氏が大腸がんやパーキンソン病を患っていると指摘。政権が過去に行った殺人のリストまで公表した。重病説については欧米のメディアがまことしやかに転電した。
「プロエクト」と称するネットサイトでは、プーチン氏が1990年代に知り合ったとされる女性との間に隠し子がいる、との疑惑が報じられた。掃除婦だったこの女性は2000年以降不動産を取得し、現在の総資産は日本円で100億円以上とされる。ナワリヌイ氏の組織もこの女性の足跡を追い、疑惑をユーチューブで報告していた。
「プロエクト」はさらに、大統領の愛人説がささやかれる元新体操選手でアテネ五輪金メダリストのアリーナ・カバエワさん(37)がこの2年、行方不明になっており、ソチの公邸で大統領と一緒に暮らしていると報じた。
カバエワさんは2015年、プーチン氏の旧友で銀行家のユーリー・コワリチュク氏が大株主を務めるメディア企業の社長に抜擢され、年収は11億円と伝えられた。3人から5人の子供の母親とされるが、父親の名は公表していない。
「プロエクト」はまた、モスクワ郊外の公邸執務室と瓜二つの執務室がソチの公邸に設置され、大統領は実際にはソチで執務していると伝えた。
プーチン大統領の私生活は最大のタブーであり、こうした暴露情報が噴出するのは異例だ。政権の一部や情報機関関係者がリークしている可能性があり、プーチン後に向けたエリート層の権力闘争をうかがわせる。
政権与党は昨年末、ネット規制の強化や反政府活動を抑え込むための10本以上の法案を下院に提出しており、クレムリンが情報漏洩に苛立ちを強めていることを示した。
プーチン氏自身は12月17日、年末恒例の内外記者会見をオンラインで4時間以上にわたって行い、相変わらずの立て板に水で、重病説を完全に吹き飛ばした。会見はモスクワ郊外の公邸で行われ、招かれた大統領番の一部記者は「大統領に会えたのは春以来だ」と話していた。しかし、会見時間が長い割に危機突破への新機軸は示されなかった。昨年は改憲と法律で、大統領経験者の終身免責が決まり、院政も可能な体制が築かれた。今年はプーチン後に向けた胎動がみられるかもしれない。