海千山千のシングルマザーから逃れられない48歳男性 すでに狂い始めたエリート人生
ハタと目が覚めたが…
それ以来、コウジさんはときどき彼女と会った。愛情なのか同情なのか、あるいは欲望にとらわれているのか自分でもわからなかったが、会わずにはいられなかった。
「建設的な話ができるわけでもないし、彼女のどこかだらしない感じが嫌でした。だけど引きずられるように会ってしまう。子どもが保育園に行っていて、彼女のバイトが休みのときに家に行ったこともあります。散らかっていたので片づけたら、『ごめんね。ちゃんと片づけるようにする』と言う。そういうときのヤヨイは本当にかわいいんです。だけど次に行くとまた散らかっている。ああ、自分がいないとヤヨイはきちんと生きていけないんだと思うようになっていったんです」
頼られる心地よさ、自分でなければ彼女をきちんとさせられないだろう、自分がいないと彼女はダメになる。そんなふうに感じて、コウジさんはヤヨイさんに溺れていく。
「直接、お金をあげることもありましたが、一緒にスーパーに行って買い物をするほうが多かったですね。炊飯器を買ったこともあります。とにかく子どものためにも食生活をきちんとしてほしくて、料理を作ったりもしました」
そんなとき彼女は涙を見せた。ちゃんと育ってこなかったから、ごめんねという言葉とともに。気づけば月に3万、5万と使っていた。彼が月に自由になるお金は5万に満たない。そのすべてをつぎ込んでいたが、彼女は控えめな言い方ながら、さまざまなものをねだるようになる。
「冷蔵庫が壊れたとか掃除機がないとか。半年ほどたったとき、アパートから立ち退くよう連絡があった、と。シングルで定職もない彼女だから、僕の名義で次のアパートを契約しました。一応、内縁関係ということにして」
そこまでして大丈夫なのだろうかとは考えなかった。彼女を救いたかったのだというが、実際には彼女の魅力に取り憑かれていたのだろう。ヤヨイさんの息子は、いつしか彼を「パパ」と呼ぶようになっていた。それなのに彼には何の危機感もなかったようだ。
つきあって1年足らずで、彼はついに社内預金に手をつけた。その直後、世界はコロナに見まわれたが、彼の生活は特に変わらなかった。
「妻は怖がっていましたね。僕はほぼ毎日出社だったので、ウイルスを持ち帰るのではないかと。気をつけるけど、たまに会社で寝泊まりするよと言って彼女の部屋に泊まることもありました。僕、なぜか罪悪感がなかったんですよね。家庭が大事なのは変わってなかったし、家庭とヤヨイは比べる対象にならなかったのかもしれない」
だがこの秋、妻から「子どもたちが私立中学を受けたいと言っている」と相談された。そんなつもりはなかったのだが、塾に行かせていたら成績がいいので中学受験を勧められ、本人たちもその気になっているというのだ。
「なんだかハタと現実に舞い戻ったんですよね。子どもたちの教育費にと思っていた貯金に手をつけてしまったことも、とんでもないことをしたと気づいた」
考えてみたらヤヨイさんにまっとうな生活をさせようと思っていたのに、彼女はほとんど変わっていない。アパートの家賃はコウジさんの口座から引かれているのだ。
「ヤヨイとちゃんと話さなければと思ったけど、顔を見ると何も言えなくなってしまう。しなだれかかられると今も僕の中に強い欲望があって……」
どうしたらいいかわからない。別れたほうがいいのはわかっているのに、そして現実に目覚めたのに、それでもヤヨイさんから逃れられない気がすると彼は言う。このままいけば家庭は破滅するかもしれない。すでに妻の様子が少しおかしい。気づいているのかもしれない。
そう思いながらも、彼は今も週に1度はヤヨイさんの部屋に泊まっている。彼の人生が狂い始めている。早く行動を起こさなければ、なにもかも失ってしまうかもしれないのだ。
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