ヒトラーの後を追う文在寅 流行の「選挙を経た独裁」の典型に

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定番になった「ヒトラー型」への警告

――文在寅をヒトラーと同一視しましたね。

鈴置:デイリー新潮の「ついにヒトラーと言われ始めた文在寅 内部対立激化で『文禄・慶長』が再現」で指摘した通り、「文在寅はヒトラーだ」と評する韓国の保守が増えました。左派の陳重権氏までがそう決め付けたのには驚きましたが。

 もっとも、「選挙で選ばれた権力者が独裁政権に変身する」という新たな認識の広がりを考えると、その元祖たるヒトラーを持ち出すのは自然の成り行きなのでしょう。

――そんな認識が広がっているのですか?

鈴置:2018年に出版された『How Democracies Die』という本が「選出された権力の独裁化」を指摘して以降、世界の政治学者の共通認識になり始めたようです。

 日本のメディアでこの本の紹介を見ることはあまりないのですが、韓国メディアは時に引用します。身につまされるからでしょう。

 著者はS・レビツキー(Steven Levitsky)、D・ジブラット(Daniel Ziblatt)という2人のハーバード大学教授です。『民主主義の死に方』というタイトルの日本語版の21―22ページから引用します。

・今日の世界では、ファシズム、共産主義、あるいは軍事政権などによるあからさまな独裁はほぼ姿を消した。軍事クーデターやそのほかの暴力的な権力の奪取はきわめてまれであり、ほとんどの国では通常どおり選挙がおこなわれている。
・それでも、民主主義は別の過程を経て死んでいく。冷戦後の民主主義の崩壊のほとんどは、将軍や軍人ではなく、選挙で選ばれた政治家が率いる政権そのものによって惹き起こされてきた。
・ベネズエラのチャベスのように、選挙で選ばれた多くの指導者が民主主義の制度を壊してきた。ジョージア(旧グルジア)、ハンガリー、ニカラグア、ペルー、フィリピン、ポーランド、ロシア、スリランカ、トルコ、ウクライナ……。

扇動家は仲裁機関を抱き込み武器に

――韓国は入っていないのですか?

鈴置:まだ、入っていません。しかし改訂版が出れば、文在寅氏の名がチャベス氏と並ぶ可能性が大です。韓国はこの本が指摘する「民主主義崩壊」の典型的なパターンをたどっているからです。

「選出された政権の独裁化」という大枠だけではありません。意図も手口も細部に至るまで、この本の描く通りに韓国は独裁国家への道をひた走っているのです。

 2人の著者はまず、「民主主義の崩壊は言葉から始まる」と分析。そして「権力を握った側は司法など中立的な仲裁機関を手中に収める」と豊富な例をあげて説明します。第4章「民主主義を破壊する」を要約します。

・権力者を国家の敵と決め付け、選挙で勝とうとする扇動勢力が登場する。権力者が選挙に負け野に下ると身の危険を感じ、抗議集会やクーデターで新政権を倒そうとする。独裁者の卵はこうした攻撃を深刻な脅威と捉え、敵対心をさらに募らせる(103-104ページ)。
・扇動家出身の新たな権力者は議会や裁判所の牽制を受け入れることができない。そこで司法や法執行機関、諜報機関、税務機関、規制当局など中立的な仲裁機関を抱き込む。わが身を守るだけではない。政争相手に対する武器としても利用する(104-109ページ)。

選挙で選ばれた政権の独裁化

――まさに韓国ですね。

鈴置:左派の文在寅政権は保守全体を「積弊」と決め付け、2017年の大統領選挙で勝った。政権を握ると左派は保守政権時代の大統領2人と最高裁長官1人、将軍1人、官僚10人以上を取り調べ、多くを監獄に入れた。

 保守派は政権を倒そうと大衆集会を開いたが、政権側は新型コロナの流行を奇貨として集会を禁止。ただ、その抑圧をいつまでも続けられる見込みはなく、2022年5月投票の大統領選挙が迫ってきた。

 保守派の弾圧に使うために起用した左派の検事総長だが、次第に政権の不正まで捜査を拡大。そこで政権は「積弊」の一環と主張していた検察の改革に本腰を入れ、検事や裁判官を主に取り締まる公捜処を設置――。

 S・レビツキー教授らがここ5年間の韓国を見たら「選出された政権の独裁化」の絵に描いたような具体例が登場したと小躍りするかもしれません。

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