もし2020年に新型コロナが流行っていなかったら… 五輪が開催された日本をシミュレーション(古市憲寿)

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 2020年が終わった。

 2020年は何といってもオリンピックの年だった。多少の雨には見舞われたが、心配されたような猛暑にはならなかった。7月24日に開催された開会式では、途中から上がった雨が演出に一役買い、大きな評価を受けたことが記憶に新しい。まさか渦中の桜を使ってくるとは思わなかった。

 パラリンピック開催中の8月24日に、安倍首相は連続在任日数が歴代1位となった。アメリカではトランプ大統領が再選されたこともあり、2021年9月末の退任後には外務大臣として活躍するという噂もある。

 お祭りムードに支配されていた2020年だが、冷静に数字で振り返ると喜んでばかりもいられない。まず、あれだけ喧伝されたインバウンドの効果は限定的だった。

 航空会社が臨時便を飛ばさなかったことからもわかるように、劇的に訪日観光客が増加したわけではない。読者の中で、オリンピックに合わせて海外旅行に行ったことのある人は、どれだけいるだろう。多くないはずだ。世界の人々も同じである。

 言ってしまえば、オリンピックとは大きな運動会。準備期間を含めて学校の雰囲気は変わるかもしれないが、それが生徒の成績や学校のランクに大きな影響を及ぼすものではない。

 実際、この国では最大の問題である少子高齢化が止まる気配はない。改元時には「令和婚」が話題になったものの、出生数は変わらず減少傾向にある。

 一方で死亡数は戦後最多の140万人を記録しそうだ。高齢者の「分母」が増えているため、医療・介護体制を充実させたところで、どうしても死者数は増加の一途を辿る。高齢者が外出を控え、日本中が手洗いやマスクをすれば、多少は感染症で死亡する人が減るのかもしれない。

 社会保障費も増え続けている。日本は人口当たりの病院数や病床数が世界一であり、平均入院日数も長い。しかし医師の数はそれほどでもない。相対的に少ない医療従事者のハードワークが、世界一の病床数を支えているのだ。

 ビル・ゲイツなどが警告するように世界的なパンデミックはいつ発生してもおかしくない(しかもそれは1度とは限らない)。その日のために、日本でも病院の統合・再編成による効率化が必要なのだろう。

 祭りの後はもっと寂しくなるのだと思っていた。しかしオリンピック後も、日本経済にはドーピング剤が打たれ続けている。東京の開発は続くし、2025年には大阪万博が控えている。会場建設費は最大1850億円に上る計算だという。オリンピックと同じで、建設業など一部の産業だけが恩恵を受けるのではないかという批判は必至だ。

 将来、どのように2020年は回顧されるのだろう。本質的な問題から目を逸らして、祭りに浮かれていた年として? その指摘は2021年以降も当てはまりそうだ(というわけで新型コロナウイルスの流行がなかった世界として、2020年を振り返ってみた)。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2020年12月31日・2021年1月7日号掲載

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