コロナ「医療緊急事態」に「自衛隊」「ボランティア」の協力を仰げ 医療崩壊(45)

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 新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大が続いている。重症者の数が増え、医療体制は崩壊の瀬戸際にある。

 菅義偉首相は東京都、千葉・埼玉・神奈川1と3県を対象とした再びの緊急事態宣言を、早ければ1月8日にも発出すると見られている。

 12月21日、日本医師会や日本看護協会など9つの団体は、

「このままでは全国で必要なすべての医療提供が立ち行かなくなる」

 と「医療緊急事態宣言」を発表した。どうすればいいのだろうか。本稿では、この解決法について論じたい。

足りない「選択と集中」

 コロナ対策で最大の問題は、重症患者の治療だ。人工呼吸器や体外式膜型人工肺(ECMO)などを要するケースが多いため、感染症対策を熟知した集中治療の専門家が必要だ。

 対処できる専門家の数は限られている。特定の病院を強化し、集中的に医療資源を投資するしかない。世界中が、この戦略を採っている。

 中国の武漢を第1波が襲ったとき、中国政府はコロナ専門病院を建設し、全土から専門家を招聘した。やり方は違えど、米国も同様だ。第1波のある時点で、マサチューセッツ総合病院は121人のコロナ患者をICU(集中治療室)に、157人を一般病棟で受け入れていた。1月4日現在、東京都内で治療中の重症コロナ患者は108人だ。米国で1つの病院で受け入れている数以下だ。

 日本の感染症指定病院の、コロナ重症患者受け入れ数は5人程度だ。日本ではコロナ重症者を少数ずつ多くの病院に分散して受け入れている。これは非効率的だ。これが、人口当たりで米国の40分の1しか感染者がいないのに日本の医療が崩壊する理由だ(表1)。「選択と集中」が足りない。

 なぜ、こうなるのか。医療現場が厚生労働省の規制でがんじ搦めだからだ。厚労省が音頭を取らなければ何も進まない構造になっている。

 冬になれば重症病床が逼迫することは、第1波の段階でわかっていた。ところが、厚労省は海外から何も学ばなかった。今からでも遅くない。厚労省は重症者病床を増やし、集約化すべきだ。

当事者能力なき「厚労省」活躍した「自衛隊」

 では、その際、専門家のリクルートはどうしたらいいだろうか。どこかの医療機関をコロナ重症者センターに認定しても、以前からその医療機関に勤務している医師や看護師だけでは、とても数が足りない。外部から招聘しなければならない。

 そこで厄介なのは、コロナが危険な感染症であることだ。感染すれば重症化することがあるし、同居している家族にうつすかもしれない。また、「保育園に通う子どもが苛められた」、「地元のスーパーで買い物を断られた」などの偏見も存在する。コロナ病棟で働くには、高い技術だけでなく、相当な覚悟が必要だ。

 では、どうやって、そのようなスタッフを集めればいいだろうか。この問題を考える上で示唆に富むケースがある。それはクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」への対応だ。

 同船は2020年2月3日に横浜港に寄港した。実は、最初の段階で船内に複数の感染者がいたことがわかっている。2月5日に開催された首相官邸の第5回コロナ感染症対策本部会合で、加藤勝信厚労大臣(当時)は、

「船内において、発熱等の症状のある方、濃厚接触者の方など、合計273人分の検体を採取し、現在分析を行っています。そのうち31人分のウイルス検査の結果が判明し、10名の方から陽性反応が出ました」

 と報告している。

 ところが、厚労省の認識は甘かった。検疫法に則り、従来通り、

「乗客を船内の狭隘な個室で過ごさせ、発熱や咳などの症状がある人にしかPCR検査を実施しなかった」(厚労省関係者)

 その後感染者が急増し、9日には50代の検疫官も発熱した。厚労省は、15日になってようやく乗客全員のPCR検査の実施を決定した。その後の混乱は周知の通りだ。

 実は、その後の対応で主導的な役割を果たしたのは自衛隊だ。生物兵器対応部隊が投入され、

「厚労省とは別の自衛隊独自の基準で船内対応にあたった」(政府関係者)

 陽性者を医療機関に搬送する際にも、

「厚労省、国土交通省、消防庁が消極的で、結局、自衛隊が部隊を投入して遠方の病院に搬送した」(前出の政府関係者)

 こんなことなら、最初から自衛隊に協力を依頼すればよかった。2月23日の対策本部会合では、河野太郎防衛大臣(当時)が、

「本日時点で 724名の自衛隊員が新型コロナウイルス対応にあたっている」

 と報告し、厚労省の杜撰なやり方に対して、

「今後の検証が可能となるよう、関係するあらゆる情報をしっかりと残していただきたいと思います」

 とコメントしている。

 厚労省に当事者能力がないのは当初から明らかだったが、政府は傍観するだけで、自衛隊の実力部隊の投入は遅きに失した。このことは広く報じられることなく、教訓は共有されていない。

 コロナ対応のように高度の技量と相当な覚悟が必要なケースでは、投入する人材は厳選しなければならない。このような場合、軍人は極めて有用な人材である。実は、このことは日本に限った話ではない。

 2014年、西アフリカでエボラ出血熱のパンデミックが発生したとき、米国は約3000人の米軍兵士を派遣し、封じ込めにあたっている。この中には微生物兵器を研究し、その対応に熟練した人たちが含まれている。このあたりの状況はダイヤモンド・プリンセス号の時と全く同じだ。

 落ち着いて考えれば、これは当たり前だ。感染症の専門家の多くは院内感染の専門家ではあるが、未知のウイルスによるパンデミック対応を専門としているわけではないからだ。未知のウイルスへの対応の専門家は一般の医療機関ではなく、自衛隊の中にいる。協力を求めるべきだろう。このあたり、冷静な議論が必要だ。

自己責任で動けるボランティア

 このような場所で活躍する集団は、軍人以外にも存在する。それはボランティアだ。

 エボラ出血熱のパンデミックの時に米軍と並んで活躍したのはボランティアだった。

 その代表が「国境なき医師団」だ。

 2014年11月7日時点で、6カ所のエボラ出血熱治療施設に合計251人の「海外スタッフ」を派遣し、3503人の感染者を治療した。

 エボラ出血熱の診療に従事した医療関係者の中には、感染により死亡した者もいる。2014年7月時点で、医療関係者約100人が感染し、半数が死亡したという。

「国境なき医師団」とは、1968~70年にかけて赤十字の医療支援活動のために、ナイジェリア内戦中のビアフラに派遣されたフランス人の医師たちが、71年に設立したものだ。各国政府、および赤十字の煮え切らない態度に限界を感じたのが、設立の動機だという。

 彼らの特徴は、自己責任で行動することだ。だからこそ意思決定も早く、小回りも効く。官僚機構である軍隊の手が届きにくいところを補完することができる。

 このような動きは、通常の企業、役所、大学などはやりにくい。危険な地域で働くように「業務命令」を下す必要があるからだ。部下の身を気遣うと共に、万が一の事態を考えれば、自らの「責任回避」のためにも、そんな命令は出さないだろう。これが日米を問わず、普通の管理職の判断だ。

南相馬での経験を生かせ

 これは、何もエボラ出血熱に限った話ではない。実は、我々も同じような経験をしている。それは、東日本大震災後の南相馬市立総合病院の経験だ。

 この病院は、原発から23キロに位置する災害拠点病院だ。原発事故後、政府は全面的に支援したと思われる方が多いだろう。

 ところが、実態は違った。

 たとえば、原発事故が起こると、厚労省から派遣された災害派遣医療チーム(DMAT)は引き上げ、それ以降、厚労省・日本医師会・日本看護協会は支援に及び腰だった。放射性物質によって汚染された可能性が高く、派遣する職員の安全が保証できないからだ。

 また、南相馬市立総合病院には、政府や福島県からは何の連絡も指示もなかった。原発の爆発などの情報はテレビのニュースを見て知ったという。

 このような状況で、南相馬市立総合病院では、事務や清掃などに従事する派遣職員は全員が避難し、医師・看護師などの病院職員も約3分の2が避難した。当時、現場を仕切った及川友好副院長(現院長)は、

「病院は孤立した船だった」

 と、当時の孤立無援の状況を振り返る。ちなみに、同様のことは、米スリーマイル島原発事故(1979年3月発生)でも報告されている。

 南相馬市では、この「孤立した船」に患者が押し寄せた。エボラ出血熱が流行した西アフリカ同様、多くの開業医・勤務医が避難したため、南相馬市立総合病院が、彼らにとっての最後の砦となったためである。

 では、誰が対応したのだろう。実は、当時この地域を支援したのは、各地から自らの意思で駆け付けた専門家たちだった。この中に、当時、東京大学医科学研究所に在籍していた我々のチームも含まれる。

 もちろん、自衛隊も活躍した。

 たとえば、南相馬市立総合病院に、震災後最初の支援に入ってきたのは自衛隊だった。3月17日のことだ。そして、重症患者の搬送を一手に担った。

 福島で活躍したのは、ボランティア、自衛隊だけではない。あまり知られていないが、消防隊の活躍も大きかった。152名の職員が誰も避難せず、救急搬送は通常通り行われた。全員が男性で、平素から消火活動など生命の危険と隣り合わせの任務を遂行しているため、一般人とは「覚悟」が違うのだろう。

 緊急事態での人々の振る舞いは、職業規範や組織の都合が影響する。国や都道府県などの公的組織や大企業、さらに日本医師会などの業界団体は従来の規則があり、調整に手間どるため、いざという時に十分な役割を果たせないことが多い。

 コロナ重症の専門病院を立ち上げても、必要とされる医師や看護師の数は100人に満たないだろう。ところが、東京都や大阪府は、この程度の医師や看護師すら確保できていない。小池百合子都知事、吉村洋文大阪府知事は、「自衛隊」と「ボランティア」に協力を呼びかけたらどうだろうか。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresight 2021年1月7日掲載

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