元記者は見た NHKのやりすぎ「選挙取材」と莫大な「選挙取材経費」
元NHK記者の告白(2/3)
大手新聞社から転職し、NHKへ私が入局したのは1997年だった。昨年の夏に辞職するまで23年間をNHKの人間として過ごしてきた私が、現場で見た「違和感」を紹介していきたい。今回取り上げるテーマは「選挙」と「過労死問題」である。
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「選挙のNHK」には疑問
NHKの報道を語る際、内部からはよく「災害のNHK」と「選挙のNHK」の2枚看板を自負する声が聞こえる。だが、新聞社の選挙報道も経験した身からすると、たしかに災害報道は他社の追随を許さないと言えるが、「選挙のNHK」には疑問を感じざるを得ない。
一言で言えば、NHKの選挙報道は「当選確実を早く伝える報道」である。この選挙で何が問われ、有権者に何を伝えるべきかという本質的な議論はほとんど行われず「誰が当選するか」に終始しているのが実態だ。
新聞社でも「当選確実」を伝える準備はするが、他社としのぎを削る勝負所は、むしろ紙面で展開する「選挙企画」だ。
私は新聞記者時代、山形県のとある選挙区で新人候補が立候補したとき、与野党の支持者や団体がどう動くか、地縁血縁も絡む人間模様を、シリーズ企画で取材したことがある。また1989年の消費税導入時や、女性スキャンダルが争点になった選挙では、有権者の意識がどう変わり、どう行動に移すかをテーマに取材に臨んだ。新聞社の会議では、「この選挙で何を伝えるべきか」の議論が徹底的に繰り広げられる。
一方、NHKの選挙会議は全く様相が異なる。各地方局の会議では、まず東京から来た選挙デスクが全国の情況を簡単に説明したあと、地元局の担当者が各政党や候補者の動きなどをまとめたメモを元に情勢を報告する。そこで最も重要視されるのが、「当確を打ち出す戦略」だ。市町村ごとに開票所のレイアウトのコピーが配られ、「投票用紙を選別する開披台は何台あるか」「投票用紙の計数機は何台あり、どこで100票、500票単位の束が結束されるか」「発表前に候補者ごとの得票をどう入手できるか」といった質疑応答が繰り広げられるのだ。
会議のクライマックスは、「裏票」といわれる、いわゆる発表前の得票状況をこっそり教えてくれる協力者の確保状況の報告だ。裏票は他社に先駆けて「当選確実」を打ち出すために欠かせない要素だ。
そして開票日当日、NHKに開票状況が送られてくる2つのルートが設けられる。1つは、すべての市町村の開票所に派遣して公式発表を送ってもらう「票送り要員」。もう1つは、勝負所となる開票所に送られる「特別チーム」だ。後者のチームは記者や学生バイトが大動員され、公式発表とは別に独自の情報入手に向けて動く。他の報道機関も似たような体制だが、NHKの場合は規模が違う。
「当選確実」を出すにあたって、選挙区は情勢によって大きく3つに分けられる。(1)圧倒的な大差となる選挙区、(2)ある程度優劣はあるが逆転もありうる選挙区、(3)大接戦の選挙区だ。
まず、安倍前首相の選挙区など、圧倒的な大差がつく(1)の場合は、開票作業は全く見ずに投票終了の午後8時に「20時当確」として、自動的に当選確実が決まる。
特別チームが活躍するのは、ある程度開票の流れを見極めて当選確実を打ち出さなければならない(2)と(3)のケースからだ。「大量サンプル」という手法がある。体育館などで行われる開票作業では、はじめに投票箱から広い台(開披台)の上に投票用紙がばらまかれ、職員が手作業で1枚ずつ仕分ける。この職員の手元を2階席などから高倍率の双眼鏡で覗き込み、候補者の名前を1票ずつ確認して記録していくのだ。
1つの開票所で、多いときは2000票から3000票もの「サンプル票」が集められる。この時点で優勢と見られる候補が抜け出していれば、当確を打つことになる。
最も判定が難しいのは当然ながら(3)だ。NHKの場合、当確判定で間違ったらクビが飛ぶと囁かれ、絶対に許されないという共通認識がある。こうした緊張感の中で当確の打ち出しが求められるため、特に激戦区では投票日直前まで「裏票」を取るルート作りが大切だ。
では「裏票」はどうやって入手するのか。よくあるのが、市町村長などに頼み込むケース。首長からの指示があれば開票所の職員も断れない。発表前の数字を現場から首長経由で伝えてもらうというわけだ。首長の協力が得られない場合は、副市長や総務課、広報課などの職員に頼み込む。私も、懇意にしていたある市長を通じ、現場の職員から100票のサンプル票をとって、その内訳をこっそり報告してもらったことがある。
ただ、こうした手法は行政との癒着につながりかねない危うさもある。選挙取材で秘密裏に協力してもらえば、不祥事などが生じた際、批判の筆が鈍りかねない。情報の見返りに、その地域のネタを放送する条件をちらつかせて交渉するケースもある。NHKが他の報道機関に比べて役所の不祥事への追及が甘いと思われがちなのは、こうした事情も背景にあるのではないかと見ている。
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