「光免疫療法」保険適用で“がん撲滅”に光明 副作用がほぼゼロ、デメリットは?

ドクター新潮 医療 がん

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オン・オフのスイッチ

「今回適用が認められた『頭頸部がん』は、がん細胞の表面に『EGFR』が発現している割合も高くて、全体の80%以上に過剰に発現しています」

 つまり、80%には何らかの効果が期待できるということだが、残りの20%にはどう対応するのか。

「そのときは別の抗体の出番です。たとえばHER2(ハーツー)と呼ばれるがん抗原があります。これは一部の『乳がん』や『大腸がん』などに多く発現している抗原ですが、これに対応する抗体もすでに市販されています。ですから、そういった抗体と『IR700』の複合体を新たに作ってやればいい」

 新しい抗体を使った実験は、動物実験ではすでに有意な結果が出ているが、人間を対象にした治験はこれからである。このように、「IR700」と複合させる抗体を今後数年で増やしていく、というのが光免疫療法の目指す道筋である。

 では、従来の治療と比べて、光免疫療法は何が画期的なのか?

 患者として一番のメリットは、抗がん剤治療などに見られるような、全身に作用する副作用がほとんどないということだろう。

 現在、光免疫療法の治験で報告されている副作用としては、患部周辺のむくみや皮膚の炎症がある。

「治験の結果は今後も丁寧に見ていく必要はありますが、重篤な副作用にはつながりにくいと考えています」

 従来の抗がん剤治療や放射線治療が、通院治療でも患者の日常生活に支障を来すような重い副作用を引き起こすのは、がん細胞と同時に正常な細胞も傷つけてしまうことが原因だった。

 たとえば髪の毛などの脱毛は、細胞分裂を妨げる抗がん剤が分裂の盛んな毛母細胞も殺してしまうからであり、強烈な吐き気に襲われるのは、胃腸の粘膜細胞が抗がん剤の影響を受けるからである。

 従来のがん治療は、一部の分子標的薬を除いて、がん細胞と正常細胞とを正確に分けて対応することができていなかったのである。

「一方の光免疫療法は、抗体を使って狙う細胞をきっちりと選択した上で、医師が自分のタイミングで意図した範囲に光を当てることができるので、便利なオン・オフのスイッチを手にしたようなものです。この選択性の高さも従来のがん治療法にはなかった大きな特徴です」

効きすぎる

 以上が、光免疫療法の「攻撃」のシステムに当たる。そして先に述べたように、この療法は「防御」の機能も併せ持つ。

 すでに説明したように、光免疫療法はがん細胞の細胞膜だけを破壊する治療法だ。これが免疫の作用にも重要な意味をなしていると小林氏は言う。

「がん細胞の細胞膜が破れて壊れるというのは、がん細胞の“中身”がフレッシュな状態のまま外に出ることを意味しています。これは専門的には、『免疫原性細胞死』という特殊な死に方なのですが、がん細胞のさまざまな目印がほとんどそのままの状態で提示されて免疫細胞に伝わるのです」

 がん細胞の“中身”が晒されることがトリガーとなり、周辺の免疫細胞が活性化しはじめるのである。

「このとき、患者さんの体内でどういうことが起こっているかというと、提示されたがん細胞の“中身”を、周囲の免疫細胞がぱくぱく食べてるんですね。すると、どのがん細胞を攻撃すればいいかという情報がいろいろな免疫細胞に伝わって、免疫システムが一斉に起動するのです」

 つまり、光免疫療法は、近赤外線を使って直接がん細胞を攻撃した後に、免疫が活性化し、残ったがん細胞にも免疫細胞が攻撃を加えるという“二段構え”の治療法なのである。

「どのがん細胞を倒すべきかしっかり教育された免疫細胞は、ワクチン効果を有しているので、再発を防ぐ効果もあるという実験結果も出ています」

 さらに現在、小林氏が考えているのは、がん細胞を破壊するのと同じ考え方で、腫瘍周辺で免疫システムにブレーキをかけている「制御性T細胞」を「IR700」で破壊してやることだ。2016年に米医学誌に論文が発表され、大きな反響を呼んだ。

「これは言うなれば、免疫を局所的にブースト(後押し)する方法です。すでに動物実験では成果も出ていますが、これがうまくいけば、根治の期待値がぐんと上がるだけでなく、なかなか抗体が合わないがんに対しても有効だと考えられます」

 光免疫療法は、治療のために長期入院する必要もない。患者にとってはメリットばかりの治療法のようにも思えるが、果たしてデメリットはないのだろうか?

 あえて挙げるとすれば、効きすぎることだろう。たとえば、頸動脈などの大血管と癒着したがんに光を当てて1回で治そうとすれば、血管が破れて大量出血しかねない。

「大きながんは無理に1回で治そうとせず、患部周辺の正常細胞の再生を待ちながら、2回、3回と試していけばいいと考えています。光免疫療法は、抗体ががん細胞にくっつけば、効果を弱くしても必ず効きますから」

 最後に気になるのは薬価だ。近年は、「オプジーボ」に限らず、超高額な治療薬が増えており、一部の白血病などに有効とされる「キムリア」は1回の投与で3千万円を超える。財政が逼迫する一方、年々、膨張の一途を辿る医療費。この新しい治療法にも高額な値が付くのか。光免疫療法の薬価については、年内にも開かれる中央社会保険医療協議会の決定を待つしかないが、本当の意味で、私たちの身近な治療法になってくれることを期待したい。

芹澤健介(せりざわけんすけ)
ライター。1973年、沖縄県生まれ。横浜国立大学卒。編集者、構成作家として活動し、NHK国際放送の番組制作にも携わる。著書に『コンビニ外国人』、『血と水の一滴 沖縄に散った青年軍医』、『死後離婚』(共著)など。

2021年1月4日掲載

特集「ついに承認! 第五の選択肢『光免疫療法』でがん撲滅に光が見えた」より

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