【特別対談】「アフター・トランプ」か「ウイズ・トランプ」か
米トランプ政権の4年間と新型コロナウイルスのパンデミックで、それ以前とはすっかり様相が変わってしまった国際情勢。何が変わり、これから世界はどう動いていくのか――。
新著『2021年以後の世界秩序 国際情勢を読む20のアングル』(新潮新書)を上梓した笹川平和財団上席研究員の渡部恒雄氏が、双日総合研究所チーフエコノミストの吉崎達彦氏とこれからの「世界の読み方」を語り合った。
アメリカ政治から世界を見る
吉崎達彦 今回のこの本は、最初はドナルド・トランプ大統領のアメリカのことをお書きになりたかったのだろうと思うんです。ただ、そのテーマを世界に拡大したというのは非常に良かった。トランプが当選した2016年の衝撃というのは、大変なものがありました。アメリカに関わる専門家たちが、トランプの当選でどんなに衝撃を受けたか。今まで自分たちがわかっていたつもりでいたものが、実はわかっていなかった、とバレてしまった。そこで、いろいろと試行錯誤しながら迎えたのが2020年の大統領選でした。そしてそうした衝撃はアメリカだけではなく、世界全体で起こっていたと思うのです。
渡部恒雄 最初はトランプ政権の締めくくりを書こうと思っていたんですが、『新潮新書』編集部からはむしろ世界の現象を書いてほしい、しかも過去ではなく、今とこの先のことを、と言われ、私もそれはとてもよいと思ったんです。というのも、私はシンクタンクの研究者としてアメリカだけを見ているのではなくて、トランプ大統領が中東に対して何をしているのか、ヨーロッパにはどういう姿勢で臨んでいるかなど、アメリカ政治を通して世界を見ているので、そういうつながりで世界を見るのは面白いと思ったわけです。
意外にアカデミズムの人というのは、こういう横断的なものは書かない。以前、米中関係の歴史についての本を書いたことがあって、その時ある大家から、「勇気あるね」って言われたんですけど、やはり米中それぞれの学会の壁というものがありますから。だから、そういう意味では、私のように大学に所属せず、民間シンクタンクにいる人間がこういう本を書くのは、ある意味、その役割と責任を果たすことかなとも思いました。しかも歴史の分野と比べると、国際関係の部分はそれほど垣根は高くない。リジョナリスト(地域研究家)の壁はありますけど、国際関係というか、国と国とのつながりということで言えば、同時代で、世界は全部つながっていますからね。
吉崎 シンクタンクの定義のひとつに「学際的」という言葉がありますけど、こういう本が書けるというのはシンクタンクのいいところですね。アカデミズムとは違う自由度をいただいていることを感じるのと、もう1つ思うのは、読者の側にはそういう学際的なものを求めるニーズがあるということです。世界の全体像をつかみたいと思っている読者にとっては、アメリカのことしか書いていないという本はもどかしいので、そこはアメリカのコンサルタントのイアン・ブレマーみたいに、「今年のトップ10リスク」のランキングを作ってくれると、需要ができると思うんです。今回の渡部さんの本は、そうしたアプローチに通じるものがありますね。
なぜトランプはコロナを軽視したのか
――さて、最後までもつれた米大統領選でしたが、トランプは新型コロナウイルスに負けたという見方もできます。
吉崎 なぜトランプがあれだけコロナの影響を過小評価してしまったのかというと、あの人はホテルとかゴルフ場とかいっぱい持っていて、ホテルやゴルフ場経営にとってコロナは最悪です。だから「夢のように消えてしまう」という発言なんかは、ご本人の立場を反映したものじゃないか。コロナを軽視する態度は、そういう単純な構図なのかもしれません。
渡部 アメリカのジャーナリスト、ボブ・ウッドワードの近著『RAGE 怒り』(日本経済新聞出版)で、トランプはコロナが実は非常に深刻だということをかなり早い段階で認識していたということを暴露されています。トランプはパニックをひき起こしたくなかったからと弁明してますが、米国経済にとって良くないから言わなかった、というのはある程度許されても、自分の経営についてマイナスになってしまうから言わなかったとすれば、深刻な問題です。そもそも大統領になる人は、自分の資産は有価証券なら全部国債に換え、あるいはマネージメントしなくてはならない資産があるならば、それを「ブラインドトラスト」という見ず知らずの第三者に託すなどして、利益相反を防がなければならないんですが、トランプはそれをやっていなかった。それがまず驚きです。
吉崎 『ニューヨーク・タイムズ』の報道によると、トランプの懐具合はかならずしも豊かじゃなくて、向こう4年以内に4億ドルの支払いの保証をしなければならないということです。だから、大統領選の裁判費用で寄付金を集めているというのも、彼にとっては重要なことで切実なんでしょう。
渡部 そう考えてみると、トランプの不思議な行動というのは結構、単純に説明できます。なぜ素直に負けを認めないのかと言えば、裁判費用などお金を集めなければならないからだし、コロナ対策を必死にやらなかったのは自分の資産とビジネスにマイナスだからとか、彼のやっていることは、かなり「素朴な、やっちゃいけないこと」に引っかかるんですよ。そして、本来は大統領になる前にそういう問題をクリアしておかなければならないはずなのに、準備なしに大統領になってしまった。ただ、そういうトランプを再び大統領にしたいという人が7400万人もいたというのが、さらに重い事実としてあるわけです。それは大きなテーマですね。
吉崎 でも、最後の最後にトランプにとどめを刺したのは、大統領選挙のシステムだったんです。このシステムは、どう見ても穴だらけで矛盾に満ちているんだけど、全部の州でルールが違うので、それぞれ訴訟を起こして全部勝たないとトランプに勝ち目はなかった。もしこれが、日本みたいに全国統一のルールがあって、中央集権のシステムであれば、それこそ最高裁の判決一発で全部ひっくり返ることがありえたわけです。
ところがアメリカの大統領選挙システム、連邦制が大事か州権が大事かという建国の時の矛盾をずっと引きずっていて、なおかつ憲法改正をまともにやっていなくて、付け足し付け足しでやってきた今さら変えられないこのシステムのおかげで実は安全が守られていた。だから、2世紀を超えているシステムというのは強靭なんですね。このレジリエンスを確認できたのは、2020年選挙の一番の教訓かなと思いますね。
渡部 おそらく合衆国憲法をつくった建国の父たちは、トランプみたいな人が出てくるのを、それなりに想定していたのでしょう。他人の忠告を聞かない我がままな「ワンマン」経営者は、どの国にも、どの時代にも、いますものね(笑)
2024年の再出馬はあるのか
――そのトランプの影響力は今後どうなるのでしょうか。
吉崎 11月の議会選挙では、下院では共和党が議席を減らすと思われていたのに、逆に10以上議席を伸ばしてしまった。共和党の大勝利だったわけで、これはトランプが掘り起こした票によるものですから、トランプの影響力は党内に残っています。お願いですから2年後もよろしくね、と思っている議員も多いということです。問題は2022年の中間選挙でトランプの影響力が残っているかということ。1月5日に行われるジョージア州の上院議員選挙決選投票については、トランプが応援に行ったにもかかわらず世論調査では民主党候補が優位になっている。この選挙の結果がどうなるかわかりませんが、2022年の選挙でトランプの応援が効かないということになれば、当然次の大統領選挙への出馬はなくなります。
渡部 トランプは「闇将軍」として今後も力をふるうのか、という問題ですね。日本の田中角栄元首相はかつて「ロッキード事件」で刑事被告人となり、メディアで徹底的に批判されても、それまで築き上げたネットワークにより、地元の熱狂的な支持者と「田中軍団」といわれる議員達から強固に支持され、「闇将軍」といわれるほど影響力を残しました。これと比較すると、トランプの政治的な強さというのはあくまでもツイッターを含むメディアを通じての影響力だけです。それが彼の強みでもあり、また弱点でもある。そういうメディア頼みの人気というのは、落ちるときは意外に早いものですから、今後どうなるかはわかりませんね。
――ただ、民主党がトランプ支持者たちの受け皿になるとも思えませんね。
吉崎 今の民主党はマイノリティ、ジェンダー、LGBTなど個人のアイデンティティを重視する傾向が強く、ブルーカラーの代表になりえていないというのは大きな問題です。
渡部 たとえばバイデン政権は気候変動対策をメインに据えてますが、トランプ支持者たちにすれば、そんなことよりもおれ達の仕事を何とかしろと考えているわけですが、民主党はそうした人たちへの対応力が弱く、頭でっかちになっている感は否めませんね。
インドの存在感
――この本はアメリカを通して世界中を見ています。中国はもちろん、中南米、ロシア、中東……。インドにも『空気を読まない「インド」の存在感が高まる』として1章割かれています。
吉崎 経済的に言うと、日本から見るとインドとの貿易量はフィリピン以下で大したことないのですが、存在感はとても大きくなってきていて、「RCEP」(東アジア地域包括的経済連携)からインドが抜け落ちたのは、日本外交の失態である、という声まで上がっています。それは中国を牽制するという意味でも、インドは存在感が大きいし、やはり大国なんです。日本は大国として振るまうことに慣れていなくて、何かしようとするときはまず「周囲の諸情勢を参照して……」、というところから始まるのですが、インドは独自の論理で動く。この本に書いてある通りです。モディ政権を支える「インド人民党」(BJP)というのは中国共産党より党員が多い、世界最大の政党なんです。で、この人たちはヒンドゥー至上主義で反イスラム。そこで、「トランプは反イスラムだから結構じゃないか」ということになるわけです。
渡部 だからトランプとインドは合うんですよね。そして安保と経済を一体として動かしている中国に対抗する塊として、インドは期待されている。
吉崎 最近評価がうなぎのぼりなのが「クアッド」(QUAD)。日米豪インド4カ国による安全保障対話です。この評価が高いのは、幻想もあるんだけど、半分くらいはインドのおかげという気もします。たぶん日米豪だとあまり怖くないんですけど、インドが入るとガラッとイメージが変わるんですよ。三羽ガラスが四天王になると急に強く見えるというか。これ不思議な効果ですよね。
渡部 他の3カ国のように、お互いに行動が予想できる国とインドは違うんですよね。独自の論理で動くんだろうと、みんな思っているわけです。
吉崎 「インドは空気を読まない」というのは、この本の至言ですね。
渡部 本文には、私がアメリカのシンクタンク「CSIS」(戦略国際問題研究所)にいた時の上司の言葉「インドはインドのルールで試合をする」を小見出しにしています。当時、インドからワシントンにやってくる議員団との会議に出席した経験は衝撃的でした。唖然としたのは、当時の私は、会議の文脈に合わせて、きちんとした意味のある英語をしゃべらないといけないと思って日々格闘していたわけですよ。ところが、ほとんどのインド人が、長々と自分の言いたいことだけをひたすら言いまくる。文脈や相手の反応お構いなしです。アメリカ人もそういうものだと思ってきちんと対応している。そういうインド人たちを見て、むしろ自分は臆病すぎた、これでいいんだ、と反省したものです(笑)。もう全く空気なんか読みませんので。
「お金だけ」ではなくなった日本外交
――日本についてももちろん取り上げています。
渡部 『世界の力の均衡点はアジアにシフトする』という章の中では、安倍晋三前首相が「自由で開かれたインド太平洋」という考え方の嚆矢だということを書いています。そのアイデアにアメリカが乗ってきたというのは歴史的にも非常に重要なことです。
吉崎 昔は日本の外交って、「お金だけ出してください」と言われるだけの存在だったんですよ。湾岸戦争のときなんかはまさに小切手外交だったんですけど、それから30年たったら、日本がアイデアを出して、アメリカがそれに乗ってくるという時代になった。それはすごいことです。そういう形の貢献ができるようになった。逆にお金は昔ほどなくなったんですけど……(笑)
渡部 人間そんなものです(笑)
吉崎 でもどっちが外交として誇れるかと言ったら、たぶん今の方です。
――それは安倍前首相の力なのでしょうか、日本の外交全体の力なのでしょうか。
吉崎 「YA論文」という、日本の外交官が匿名で書いたと言われる、今年ちょっと物議をかもした論文によると、安倍・トランプ関係が良いだけではなくて、日米の事務方も最近は対等になってきたというんです。だから日米共同宣言も、昔はアメリカがこれでどうだというものを持ってきていたんだけれども、最近はちゃんと共同で書いているということです。現場を知る者でないと書けないことを書いているので、あれは相当信ぴょう性が高いなと思います。まあ、宮家邦彦さん(元外務官僚の外交評論家)はコテンパンに論破していますけど(笑)
渡部 私もこの論文については批判もしましたけど、すごいのは、この論文の主張「スーザン・ライス(元国連大使)のような対中宥和派を国務長官にしたら、アジアの同盟国は嫌がる」というメッセージは、着実にアメリカに伝わっているということです。
吉崎 おそらくアメリカの民主党系のアジア専門家は、あれを読んで相当激怒したと思うんですが、でもここで言っていることも当たっているなと。それであのYA論文がすごいのは、台湾、フィリピン、ベトナム、インドなどの外交官もそう言っているぜ、と書いているんです。あの一言は効いていますよね。
渡部 だから私は、今回、スーザン・ライスが国務長官に指名されなかった1番目の理由は、大統領選挙と同じ時期に行われた議会選挙で民主党が勝てなかったことですが、2番目か3番目には、意外にYA論文のメッセージが効いたのではないかとも思っています。
吉崎 面白いのは、YA論文もそれに対する宮家さんの論文も、どちらも英語で書かれているので、意外と日本国内では知られていないということ。私の出しているニュースレター『溜池通信』では両方取り上げていますけど。
渡部 つまり大事なのは、日本からいろいろな意見が英語で発信され、それがアメリカに伝わるような時代になってきたということなんです。向こうもそれを読んでいるんです。だから英語での発信は大事です。昔はああいうことを外務省の役人が書けるような雰囲気じゃなかったんですよ。まず国会で野党が追及しますしね。ですからこの論文の登場というのは、日本社会の幅が広がったことを示してもいるんです。
で、話を戻しますと、安倍さんが言い出した「自由で開かれたインド太平洋」というメッセージが伝わったのは、安倍さんの長期政権があったことが大前提ですが、それをサポートした官僚側もその理屈をきちんと共有していたということもあるんです。さらに官邸と外務省は予算を確保して、そういうメッセージを世界に伝える場も作っていますからね。
吉崎 日本の情報を世界に発信する事業についても最近はちゃんと外務省の予算がつくようになりました。それは非常に値打ちのあることだと思います。
渡部 『ディプロマット』という有名な英語の外交専門のウェブジャーナルがあって、日本にエディターが住んでいたりして、内容もアジア中心に書かれています。やはり世界は、中国を中心に、アジアがどうなるかに関心があるんです。そこに私も何本か寄稿していますが、日本政府が後押しをしてくれている。ありがたいことに、日本語で書いてもよくて、翻訳費用は日本政府が出しているようです。効果的な広報外交ですね。
パンドラの箱
――中国の存在感の大きさもあって、世界の中心軸がアジアへシフトする中、日本の発信機会も増えているということですね。
渡部 本の中では、中国については2つのことを書いています。1つは、国際機関の支配が着々と進んでいるという話、もう1つは、米中は共和党、民主党、どちらの政権になってもこれから対立の方向に行くという話です。
吉崎 米中対立は、構造的なものになってしまっていると思います。ただ、中国の方はいろいろな問題が習近平(共産党総書記、国家主席)個人にかかっていて、問題は2022年の党大会で3選に成功するかどうか。そのためには2021年の中国共産党結党100周年をうまく乗り切らなければならないんですが、1921年に第1回の共産党大会が開かれた初日の7月23日が、よりによって東京五輪の開会式に重なってしまっている。中国にとっては迷惑もいいところなんですが、これもコロナの影響なので、日本に責任はない。中国は7月1日に色々な行事をまとめてやることにするようですが。
渡部 とにかくトランプ時代を経て、世界中が、「自国ファーストで何をやってもいいんだ」と思い始めてしまった。中東において、かつての「アラブの大義」を信奉する国家が、パレスチナ問題の解決なしにイスラエルと国交を結ぶなんて考えられないことだったのに、すでに4カ国が国交を結んでしまった。そして、そこには確固とした行動原理はなく、経済利益を見据えて、誰もが勝手にやりだしたという面が強いのです。それはアメリカがバイデン政権になっても変わりません。私たちはトランプが開けたパンドラの箱から飛び出したナショナリズムとポピュリズムに満ちた、波乱の世界で生きていかなければならなくなったということです。