「日本はなぜそんなことに?」 元特殊部隊員が明かす「海外軍人の驚愕」
「何で上官の言うことを聞くの?」
柳瀬 そこで引いているのは、別に法律に詳しい軍人でなく、普通の軍人ですよね。
伊藤 そうです。
柳瀬 他の国では普通の軍人が、軍法というものが何であってそれがどういう存在かを、極めてリアルに理解しているわけですね。
伊藤 はい。私は自衛官を辞めた後にフィリピンのミンダナオ島に住みました。そこは世界でも有数の治安の悪いところで、反政府勢力が強い地域です。反政府勢力と聞くととんでもない無法者に思えますよね。でも、彼らにすら軍法はあるんですよ。軍隊を持つことと同義なんです。軍法に精通した弁護士もいれば、裁判官もいるし、検事もいます。
柳瀬 テロリストのように見えても、体系だって軍事行動している場合は軍法があるわけですね。それなのに、日本にはない。過去には日本にも軍法の体系がありましたが、1946年に撤廃されているんですね。
伊藤 反政府勢力はもちろん、ミンダナオ島の一般の人も、話を聞くと驚いていましたね。反政府勢力でさえ、軍法に反すれば軍法会議で罰せられるのに、日本にはその法律がないのかって。だから、「軍法がない」と言ったときに、海外の人はみんな同じことを言います。「え、じゃあ、何で上官の言うこと聞くの?」「撃てって言われて撃ったら殺人犯になるんだろう。なんで撃つんだ?」と不思議がられます。
成毛 それはそうですよね。わかりやすく言えば、非常事態だから戦車で道路を走った兵士が、道路交通法違反で捕まるというようなことですよね。
伊藤 そうです。私はタクシーの運転手によく例えるんですが、法定速度時速50キロだけど、お客さんに「時速200キロで走って」って言われて実際に走ったら、運転手が捕まるようなもんです。お客さんは言っているだけで無罪ですよね。
成毛 お客さんが上官で運転手が現場の自衛官だとして、敵だからと撃って殺した場合は、現場の自衛官が捕まるとうことですね。
伊藤 だから、海外の人にしてみれば信じられないわけです。
自分たちが「殺人犯」になりうるリスク
柳瀬 そうしたリスクや危うさは自衛隊の中で教えられるものなのでしょうか。
伊藤 いや、どちらかというと、そこには触れないという雰囲気です。私も海外の人たちの反応を見て、「あれ、そんなにまずいのか」と気付いたというのが現実です。
成毛 でも、これは確かに聞けば聞くほど怖いことですよね。例えば、特殊部隊となれば、人命救出でも命がけの仕事になる。そうすると、どこかで一般の法律を破った行為でも免責しなくてはいけないはずです。もちろん国が免責することになるわけですが、緊急時にその免責をいちいち国が「撃っていいよ」と個別に判断するわけにはいかないから、本来は「こういう場合はこうする」というルールを決めておかなければいけない。それが軍法の重要な役割のはずです。
柳瀬 それを決めるルールがないわけですね。むしろ凄いのは、軍法がなくてもこれまで何も問題にならなかったことですよね。警察予備隊(自衛隊の前身)ができたのは1950年なので、もう70年経っています。70年の間にこの問題が特に表面化せずに、自衛隊という組織がそれなりにちゃんと存在して機能してきた。これは、恐ろしくも凄くもありますよね。でも、なぜ日本の自衛隊は、いざというときに自分たちが殺人犯になってしまうかもしれないリスクを抱えながら、ここまでこれたんですかね。
伊藤 おそらく、他国を知る機会がなかったからです。海外に出て行くようになったのは最近ですし、国内にいるだけでは問題が起きることも想像しにくいですから。イラク派遣の時にやっと話題になったくらいでしょうか。
柳瀬 自衛隊は海外に派遣されても、イラクやカンボジアにしろ南スーダンにしろ、建前上は戦闘行為として行くわけではありませんでしたしね。
成毛 防衛的な敵地攻撃について議論するにしても、基本的にはミサイルの話で、相手を殺したり、捕虜になったりは想定しにくいですからね。
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