経験者が語る「森林を買ってキャンプ」の厄介さ 不法投棄、獣害、周辺住民とのトラブルも
日本の国土の7割を占める山林が、空前の“バブル”を迎えている。コロナで巣ごもりキャンプが大流行の中、気軽に「山を買う」人々が増えているのだ。日本で唯一の森林ジャーナリスト・田中淳夫氏が、実体験を基に目から鱗の「山を楽しむ」アドバイスを伝授する。(「週刊新潮」2020年12月24日号掲載の内容です)
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アウトドアブームと言われて久しいが、ここ数年、既成のキャンプ場を利用するのではなく、土地そのものを自分で所有して、プライベートキャンプ場づくりに挑む人が増えてきた。おかげで森林の購入まで大流行している。
だが、山(日本では森と山はほぼ同義)を所有すると何が起きるか、何を覚悟すべきか。おそらくほとんどの都市住民にとって未知の世界だろうから、是非ともそれを知ってほしい。なぜなら、私自身も山を持つ経験者だからだ。
まず「森を買いたい人」は、どれほど増えているのだろうか。
「購入目的がキャンプという人が増えたのは、ここ2年ぐらいです」
そう話すのは、17年前から森林売買を手がけ始めて、現在はネットで全国の森林を扱う「山林バンク」の辰己昌樹さんだ。
「それまでは、林業のほか田舎暮らしをするためとか、近年はメガソーラー建設などが主でした。ところが昨年初頭に初めてキャンプという言葉が登場しました。今年に入りコロナ禍が広がってからは、問い合わせの7割が『キャンプのできる山はありませんか』になりました。2年弱の間に5千件以上、月に500件以上の状態が続き、返信メールを書くのに寝る間もないほどです」
キャンプ人気は静かに広がっていたが、森林を購入して自分だけのキャンプ場を建設するという発想は、つい最近のことなのだ。
火付け役は、なんといっても芸人のヒロシだろう。ユーチューバーとしてもソロキャンプの様子をアップして人気を博しているが、昨年9月に「山林を買った」と公表した。すると「その方法があったか」と気づく人が現れた。特にコロナ禍で他人との接触を避けるようになったことで、プライベートキャンプ場のための森林購入に火がついたようだ。
これまでのキャンプは、どちらかといえば「大人数でバーベキューをやってワイワイ騒ぐ」のが主流だった。最近は「グランピング」と呼ぶ、準備も片づけも他人任せの豪華キャンプが人気となる。しかし賑やかなのは苦手な人もいるのだ。
自然の中で静かに過ごすつもりだったのに、シーズン中のキャンプ場は満員で隣の人に気を遣いながらテントを張らねばならない。あげくに深夜まで騒ぐ声に悩まされる。水を使うのも洗い場に並ばないといけないし、焚き火禁止など厳しいルールを設けるキャンプ場も少なくない。
それならいっそ、自分の森を持てば、他人に悩まされないキャンプ場をつくれる……。そう思う人が増えたのである。
予算は200万円
実際に彼らが購入するのはどんな森が人気なのか。
再び辰己さんに尋ねると、
「車が入れる道があって、首都圏なら自宅から2~3時間まで。広さは500坪以上でないとキャンプ場に向きません。沢のある森を希望する人が多いですね。価格は都心からの距離とか地形などに左右されるので、必ずしも面積と相関しませんが、用意している金額は200万円まで。ただ現地を見ると予算を増額する人もいます。なお購入希望者に多い質問は、電気は引けるのか、トイレは作れるのかといったことです。キャンプに慣れている人ばかりではなく、まったくの素人も増えています」
希望者は、一度現地を見たら、すぐ結論を出す傾向があり、そのうち約5割は即OKを出すという。十分に土地を吟味したのかどうかちょっと怪しい。
それだけに森林のことを一から教えないといけないそうだ。市街化調整区域では建築など開発規制が厳しいし、保安林指定を受けていたら、樹木を勝手に伐採できない。宅地感覚で見ると森林はべらぼうに安いと感じて気軽に手を出しがちだが、必ずしも自由に使えるとは限らないし、リスクもトラブルもある。そこを理解してほしいと辰己さんは力説する。
では、実際に森林を所有する私のケースを紹介しよう。場所は奈良県の自宅に近い里山だ。購入したのではなく親戚から譲られたもので、さして広くないが、二十数年前から自分だけの森遊びの場としてきた。だからヒロシよりも早くからやっていた、と自負する(笑)。
ただし森林の維持が、いかに大変かということを痛感している。そこで私が経験した森の「苦労」の一端をお伝えしたい。
私が森林を手に入れて、最初に行ったのは「探検」だ。千坪に満たない面積だが、びっしり雑木雑草が茂っていたから、中の状態はよくわからない。まずは藪をかき分けて歩き、地形と植生を知ることから始めた。そして“お隣さん”との境界線を確認する。山の土地は隣接地との境界があやふやなことが多い。地籍調査が済んでいる土地ならよいのだが、私の場合はそうでなかった。
境界線は山に詳しい地元の人に教えてもらうしかない。私は土地を一緒に歩いて、教わった境界に仮杭を打った。本当は隣接地の所有者にも立ち会ってもらって了解を得ないと確定にはならないが、それは将来の課題だ。
次にうっそうと茂ったブッシュ状態の森を明るくするため、部分的に木々を伐採して草刈りもした。ある程度、不自由なく歩けるようにしてから、森遊びの基地として、傾斜の緩い場所にデッキを築き、石を積んで焚き火場をつくった。またコナラの巨木に登れるようにして、そこに見晴らし台を設置する。急斜面には階段もつくる。きつかったが、それも森遊びの醍醐味である。
ただ完成したら次から楽かといえばそうではない。切り開いたところも、しばらくすると草木が伸びる。周辺の木々も明るくした空間に枝を伸ばす。そのせいですぐ薄暗くなった。植物の成長力恐るべし、なのだ。
そのうえ木のデッキはすぐ腐る。防腐剤は塗布したが、1年もすれば禿げるからだ。塗り直したり板を張り直したり、繰り返し手入れが必要だ。また真夏は、あまりの虫の多さにめげて長時間の滞在は諦めた。
さらに恐いことが起きる。昔は棚田だった土地の一部を開墾してサツマイモ畑をつくったら、収穫直前に荒らされた。耕運機を入れたのかと思うほど土がひっくり返されている。悪意ある人間の仕業かと疑ったが、よく観察するとイノシシの足跡を発見したのだ。
地元の農家の方曰く、
「イノシシは夜になると、農地を走り回っている」
とのこと。体長1・5メ―トルを超える大物もいるというから出会(でくわ)すと恐い。
「本気で獣害から作物を守りたかったら、畑の周りに柵を築かないとダメ。できれば電流で動物にショックを与える電気柵にすべきだ。金網ぐらいの柵だとすぐに破られる」(同)
イモだけではなかった。春はタケノコ掘りを楽しんでいたが、ある年から人より早くイノシシに掘られるようになった。しかも穂先だけかじって捨てる贅沢な食い方をする。また植樹した際に鶏糞など有機肥料を撒いたら掘り返された。キャンプ後に残飯を土中に埋めても同じ。臭いでかぎつけるようだ。
糞もよく見かける。イノシシだけでなく、イタチやタヌキ、ウサギの糞も見つかる。幸いクマはいないが、野生動物が増えていることを実感する。動物の痕跡を観察するのも森の楽しみだが、あまり多いとエエ加減にしてくれ、とも思う。
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