「個人の能力を重視しない米軍」 元特殊部隊員が語る自衛隊の組織系統とマネジメント術

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「行かせた時点でおれの仕事は終わってる」

柳瀬 本の中でも合同訓練の描写がありましたね。

伊藤 陸自と一緒だとやりやすいんです。私の上で命令を出す人が陸自の思考だと非常に楽なんです。これが海自だと「状況知らせ」を始終求められます。報告させて、自分が判断して指示したいんです。陸自の人は何にも聞いてきません。一回も聞かれないので、ある時「何で報告を求めないんですか」と聞いてみたら、「(現場に)行かせた時点で俺の仕事は終わってるから。お前に現場での自由裁量の余地を少しでも多くして、好きなように動けるように環境を整えるのが俺の仕事だからな」と、天道さん(作中の陸自特殊作戦群長)のモデルになった人が、言っていました。

柳瀬 全然違いますね。
 
伊藤 派出する前に、上司は部下に自分の脳を「移植」し終わっているから、あとは好きにしろということです。

柳瀬 命令系統もそのベースとなる考え方も同じ自衛隊とはいえ、似て非なるものなんですね。ちなみに、空自(航空自衛隊)も乗り物文化ですよね。操縦士が航空機に乗るビークルコンバットではあります。ただ、陸自はもちろん海自ともカルチャーが違う気がしますが、どうなんですか。

伊藤 空自もネイビー(海自)文化だと聞きます。私は空自についてそこまで詳しく知りませんが、海自に似ていますよ。飛行機は通信を常時するので報告できますから。

柳瀬 そうか、リアルタイムで繋がっていると報告せざるを得ない。

伊藤 もちろん、戦闘が始まったら指示待ちでは間に合わないので、現場の判断になる側面も多いとは思いますが。

個人の能力を重視しない米軍

柳瀬 海外の特殊部隊との比較も少し伺わせてください。

 本の中で、「アメリカの特殊部隊から学ぶものはあまりない」といった、伊藤さんだと思われる主人公の台詞があります。米軍のネイビーシールズ(海軍特殊部隊)はたいして強くないということのようですが、日本人の多くはハリウッド映画で「アメリカの特殊部隊すごい! 最強!」とすり込まれてきたので、驚いた人もいると思うんです。実際のところはどうなんでしょうか。

伊藤 強い弱いを見るポイントが少し違うとも言えます。失礼を承知で言えば、個人レベルでは、アメリカの兵士はたいしたことがない傾向にはあるかもしれません。でも、米軍全体としてはとても強いんです。これは特殊部隊がたいしたことがないからでもあります。

柳瀬 特殊部隊が強くないから、全体では強いということですか。

伊藤 はい。特殊部隊の弱さと軍全体の強さは彼らの場合、表裏一体です。米軍は、個人の能力に戦略を託さないんです。個をそこまで、重視していない。むしろ、能力が高くない人間を集めてきて、組織をシステマチックに整えて、彼らの持っている全ての力を出させるのが非常に上手いんですね。

 誰かが怪我したらどんどん交代をさせますし、交代をするだけの余裕もあります。教育システムも、何年もかかる教育プログラムを組んでいないので、兵士を量産できます。これは、システムが優れているからだと思います。

柳瀬 なるほど、となると、少数精鋭の特殊作戦は最も苦手となるわけですね。個の能力が問われる戦いは、米軍のシステムとは最も対極にあるから。

伊藤 はい。彼らが得意なのはそこではないんですね。システマチックに人を使って、人数に見合った能力をしっかり発揮する。それが米軍が最も得意とすることだし、恐ろしいところです。これと対照的なのは日本で、個は優秀なのに、それを集めて大所帯になると、とたんにうまく機能しなくなる傾向があります。

柳瀬 なるほど。これは自衛隊や軍隊の話にとどまらず、日米の企業経営の差異にも大いに重なる話ですね。

2021年1月2日掲載

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