「個人の能力を重視しない米軍」 元特殊部隊員が語る自衛隊の組織系統とマネジメント術

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海自がトップダウン構造な理由

柳瀬 一方で特殊部隊は別にして、海自と陸自の一般的な部隊でのカルチャー、例えば、命令体系や隊員の考え方というのは、やはり違うわけですよね?
 
伊藤 全然違いますね。海自は、「ビークルコンバット」なんです。つまり、乗り物に乗って戦う組織なんです。

柳瀬 確かに、海だからって、実際に泳ぐことは特殊部隊を除けばほとんどないはずですよね。

伊藤 はい。ですから、発想としては、船というのが一つの「体」とするなら、艦長が「頭」で、他の人が体の「部品」なんです。「部品」は自分で勝手に判断しません。むしろ、してはいけない。指示を待つ必要があります。しかも、乗り物には大型の発電機を積載することが比較的簡単です。となると常時、長距離通信もできる。今ならば地球の裏側から状況を知らせる動画も簡単に送ることができます。結果として、現場での判断はほとんどありません。しなくてもすむわけです。極論を言えば、動画を送って、内閣総理大臣に判断を仰げるんですね。

柳瀬 海自という隊の性質と通信技術の発達が、トップの中のトップにリアルタイムで現場を報告して指示を待つことを可能にしているわけですね。

伊藤 はい。むしろ、いかに正しく報告するかが重要な任務なんです。報告を受けて上の人が判断し、上はその判断を正しく下に伝えて、現場が言われた通りに動く、そういう文化です。明確なトップダウンの構造があるわけです。

現場の判断に任せる陸自

柳瀬 一方、陸自の文化は?

伊藤 陸自については所属したわけではありませんが、かなりの長い時間を一緒に過ごしてきましたのでよくわかりますが、今でも歩いての移動が基本になるので大型の発電機を持てません。もちろん、今は小型の高効率の発電機もありますが、昔から根づく文化は大きくは変わりません。隊員が現場に行く前に、喩えて言えば、指揮官は自分の「脳」を分派する隊員に移植します。これを「任務分析」と呼び、現場の部下たちに、自分の考え方を学ばせて、目的と手段を考えてその場で判断できるようにしてから派出(仕事のために人を差し向けること)するんです。

柳瀬 指示待ち人間ではなく、現場で判断できるようにするということですね。

伊藤 はい。指揮官が自分の考え方を植え付けるイメージです。現場に行ってみたら状況が変わっていたときに、海自の文化だと、「想定していない事態なんですけれども、どうしましょう」と上に判断をあおぎます。対照的に、陸自の場合は通信が遮断された場合もありうるので、「もし、指揮官がここにいたら、どういうふうに作戦命令を変更するだろう」と現場の隊員が考えるように訓練しておく。

「箒を持ってこい」と言われたら

柳瀬 なるほど、任務分析に日々努力を傾注しているのが、陸自なのですね。だから指示待ちにならない。

伊藤 もちろん個人の能力は別にまたありますが、そうです。

 例えば「箒を持ってこい」と部下に伝えて、箒を部下が持ってきたとします。それで問題が無い場合もあれば、ちり取りが必要な時もあります。「箒を持ってこい」といって掃除機を持ってきたら「気が利くな」となる時もあれば、電源がないような場所に掃除機を持ち込んだら「何を考えているんだ」ともなりますよね。

 つまり、「箒を持ってこい」と言われたら、「この人は今、この状況でなぜ自分に箒を持ってこいと言ったのだろうか」と考えることが重要なんです。頼まれたからといって、箒だけをただ持っていくのでは100点満点ではないんです。指示を出した人が目指す最終目的を考えて、それに最も合致するものを探して持っていくのが「任務分析」です。任務の目的を状況や立場など環境も含めて考え抜いておくことです。

柳瀬 なるほど、箒を持ってこいという命令は手段の一つにしか過ぎないかもしれないから、目的は何かを考えてその先は選ばないといけない。

成毛 まさに、企業のマネジメントの話と重なりますね。僕が現役のころ「あのレポートを持ってきて」といったら、内容を読みも把握もしないで、本当にそのレポートのプリントを持ってくるだけの人っていましたから。

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