ビートルズ解散50年、ジョンの死から40年 日本人で初めて取材した「星加ルミ子」インタビュー

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ロンドンに来て2週間が経っていた

 そう言うブライアンに宿泊先だったロイヤルガーデンホテルの部屋番号のメモを渡し、メッセージは入っていないか一時間おきに毎日ホテルのフロントに電話を入れた。

 そして忘れもしない6月15日。ロンドンに来て2週間が経っていた。

 小雨模様の午後だった。星加はイギリスのスター歌手、クリフ・リチャードのインタビュー中だった。

「夕方4時半にロビーで待っていてください。迎えの車を寄越します B・E」

 B・Eとはブライアン・エプスタインのイニシャルである。

 和やかな取材だったのが急にワサワサし始めた星加たちの口から「ビートルズ」という言葉が聴こえたのか、クリフ・リチャードが笑って言った。

「僕のことはいいから、さぁ、行っておいで」

 ホテルに戻ると星加は大急ぎで着物に着がえ、カメラマンはありったけのカメラを抱え、通訳はファンへ渡すサイン用の色紙を何枚も持ってロビーで待機した。

「アビーロードスタジオは、ポツンと森の中にあって、おとぎ話に出てくるような一軒家でした」

 家の前にビートルマニアの女の子たちが20人ほど屯していて、星加たち一行に「このクルマはジョンで、これポールの」と教えてくれた。

 コンソールの前にプロデューサーのジョージ・マーティンが座っていた。スーツ姿で背が高く、クラッシックが似合いそうなイギリス紳士だった。

 振り向くとレコード会社や音楽出版社の重役連中が20人くらい。ニコニコしている。手にしているのがサイン色紙。きっと子供たちから頼まれたのだろう。

 向こうから音が聴こえ、星加は雲の上を歩いている気持ちになった。

 レコーディングが終わり、いつもならそこで解散なのだろうが、サブスタジオに見たこともない不思議な恰好の女の子がいるのにメンバーたちが気づく。
「おいでよ」。
スタジオからポール・マッカートニーが手招きし、階段を降りていくと、まずジョージ・ハリスンが飛びついてきた。

「この着ているものは何ていうの?」「このベルト(帯)はどうしてこんなに太いんだ?」「なんて長い袖なんだ(ロング・スリーブ)!」

 好奇心を押さえきれず、矢継ぎ早に質問を浴びせながらジョージが星加のあちこちを触りまくった。ポールとリンゴも興味深そうに星加のそばにやって来た。

「ジョンは? と思っていたらスタジオの向うに座り込んで、あらかじめ渡してあった『ミュージック・ライフ』をパラパラめくっていたんです。さもあんたには興味ないよって感じで。気難しそうだな、これから大切なインタビューなのに」

 ピアノを囲んでメンバーと話していると、いつ間にかそのジョンが立っていて、「僕の日本語、聴いてくれるかな?」と呟いた。

「あなた、日本語知っているの?」
「ああ、僕は何でも知っているんだ」

 ジョンはイントネーションだけの出鱈目な日本語を喋りだした。「ほら、僕の日本語は正しいだろ?」。星加は思わず吹き出した。

 取材時間は1時間。星加は読者からのメンバーそれぞれに対する質問カードを取り出した。愛想の良いポールからにしよう。するとポールがそのカードをさっと取り上げ「ルミ、君の英語だと朝までかかっちゃうよ」と笑いながら他の3人に配り、「みんな、このカードに答えを書いて」と仕切ってくれた。

 写真撮影の段になり、星加は朱塗りの器を取り出した。そこにミニチュアの兜が入っていた。4人は歓声を上げながら頭に載せ、その写真が1965年8月号の表紙を飾った。

「スーパースターなのに、ほんとに気さくで隣に住む幼なじみのようでした。年格好も同じだったからかな、ありのままをさらけ出し、こちらの質問には全て応えてくれました。きゃあきゃあ笑う楽しい男の子たちが目の前にいたんです。これが大マスコミの熟練のインタビュアーならこうはいかなったと。たどたどしい英語で、へんなものを着た女の子に予定の時間をはるかにオーバーして、結局3時間も付き合ってくれました」

(続く)

延江浩
1958年東京生。慶応義塾大学文学部卒。TOKYO FMゼネラルプロデューサー。作家。小説現代新人賞。主な著書に『アタシはジュース』(集英社文庫)、『いつか晴れるかな 大鹿村騒動記』(ポプラ文庫)、『愛国とノーサイド』(講談社)、企画・編纂として『井上陽水英訳詞集』(ロバート キャンベル著/講談社)。ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞。放送文化基金最優秀賞、日本民間放送連盟エンターテインメント部門最優秀賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年12月29日掲載

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